桜餅と柏餅 魔法使いとお花見2
「カンナ、よく来てくれたね」
「アイリス様、お招きありがとうございます」
二人はお城のお庭に咲いている、大きな桜の木の下に二人が足を広げて丁度座れるくらいのシートを敷いてその上に腰を降ろした。
カンナはお餅の入った風呂敷を「どうぞ」と両手でアイリスに渡した。
風呂敷など見たことのないアイリスはたどたどしい手つきで風呂敷の紐を解く。風呂敷の中から木目調の木箱が出てきたので、恐る恐る蓋を開けた。
蓋を開けた瞬間、春の風のような、ふわっとした甘い葉っぱの香りが広がる。
木箱の中身は二種類のお餅が入っていた。
右には桜貝のような淡いピンク色のお餅が、左には葉っぱに包まれた真っ白な雪のようなお餅が左右に分かれ6個づつ入っている。
お餅など見たこともないアイリスはきょとんと目を丸くする。
「これはなんというお菓子だ?」
「これは右が桜餅、左が柏餅という和菓子です」
「和菓子?」
「はい」
そよそよと春の暖かな風が二人を包み込む。
風が吹く度に満開の桜の花びらが一枚一枚舞い落ちる。
「暖かで、いいお天気ですね」
「そうだな……」
アイリスは丸い桜餅を片手で持つと、ぷにぷにとした柔らかな食べ物に一気にかぶりついた。
するとそれは思いの他もちもちとしていて、焼いたチーズのようによく伸びる。
「中に入っているのは砂糖か?」
「小豆で出来た餡です」
「アン?」
語尾を上げて発音するアイリスに対し、丁寧な口調でカンナは訂正する。
「餡です」
聞きなれない言葉に二人はつい可笑しくなって思わず笑ってしまう。
桜餅は中の餡の甘味が外側に包まれている桜の葉が塩漬けされたした塩味が合わさってより甘さを引き立てている。
「こちらはなんの葉なんだ?」
「柏の葉です」
桜餅をペロリと食べ終えたアイリスは、木箱から真っ白なお餅を取り出す。ペリっと柏の葉からお餅を少しだけ剥がす。桜餅の葉に比べるとこちらはパリッとしていて固い。食用というよりは葉の風味漬けの為だけの物のようだ。
「甘いものばかり食べていて、少し喉が乾いたな……」
アイリスが呟く。それでも用意していたいつもの「紅茶」は似合わない。少し苦味のあるで喉がスッとするような……。
然り気無くフィルがくちばしでトントンと風呂敷の上から突っつき合図をする。
「そうだ! 忘れてました!」
「ん?」
カンナは風呂敷の中から慌ててあるものを取り出す。商人から小豆を購入した時に、友人からいただいた物だが自分には使う道がないからと渡された。
使い振るされた陶器はヒビや欠け一つない。元の持ち主が大切に長年愛用していた証拠だ。
「こちらにチャノ木はありませんか?」
「チャノキ……?」
「ツバキ科の……」
「ああ、待て、私もこの庭に咲いている花は全部把握出来ていないのだ。魔法で呼び寄せよう」
アイリスは親指と人差し指で輪を作り、指先を自分の唇にあて、少し口に含む。
軽く息を吸い指の隙間から風を起こした。
ピュィーー! という音が空高く鳴り響き、それを聞いた木々たちが自身の枝をさわさわと揺らす。とある木の枝から葉が散り、それは微風に揺られ、アイリスのもう片方の手の中に集まってきた。
仕事が早い。見た目は「王子様」だが、
さすが「花紡ぎの魔法使い」だったー……。
アイリスは集まってきたチャノキの葉をぎゅっと手のひらで握りしめる。ゆっくりと小指から徐々に開くとそれは加熱され乾燥された葉へと変化していた。
チャノキの葉を先ほどの急須に入れ、お湯を注ぐ。
湯飲みに注がれたそれは茶の深い葉の香りをたて、心が軽くなるような味わいだった。
「ほのかな苦味が甘いものによくあうな……」
「はい!」
カンナはアイリスの側に座りながら、にっこりと微笑んだ。
「カンナ?」
「はい?」
フィルは二人のいつもとは違う雰囲気を察して、少し離れた桜の木に飛び移る。
アイリスはカンナの瞳を見つめ、柔らかなブラウンの髪の毛に触れる。二三度、愛猫でも撫でるかのように愛おしく頭を撫でる。
何度か頭を撫でたあと、手は離され人差し指がカンナの頬にあたる。
するともう片方の手でそっとカンナの桃のような頬全体を包み込み、顎を少し上に傾ける。彼の唇が「目をつむって?」とささやいたかと思うとカンナは思わず顔を反らしてしまった。
「チャノキの葉がついていたよ」
カンナが目を開けるとアイリスは、髪についていたチャノキの葉を見せる。
「ありがとうございます……」
どこまでも澄み渡る青空。
どこか悪戯っぽく微笑むアイリス。
春の穏やかな風に乗って、花のほのかに甘い香り、青々とした草の香りは二人を包み込む。
「アイリス様、今日のお菓子は満足出来ましたでしょうか?」
アイリスはやわらかな春の風景に優しく微笑む彼女をぼうっと見つめていた。
「……アイリス様?」
再び名前を呼ばれてアイリスは我に帰る。
「ああ……満足したよ。
褒美は何の花が欲しい?」
カンナはどこか寂しそうにうつ向き頭を横に振る。
「……褒美だなんて……!
今日は私が……逢いたかったから……来ただけですから……!」
先程まで穏やかだったのだが、いきなり強い春の嵐が吹き言葉を吹き消す。長いブラウンの髪をかきあげて思わず口から出てしまった言葉に慌てて口を塞ぐ。
深々と頭を下げ、空になった篭とインコのフィルを抱き抱えて、バクバクと心臓がなる音を押さえながらカンナはお城を出た。
段々と離れていく彼女の後ろ姿が、選りすぐりの庭に咲いたお気に入りの花たちに隠され、小さくなるのをアイリスはじっと見つめていた。
アイリスは手に残った一枚のチャノキの葉に、そっとキスをしたーー……。
「またおいで、可愛らしい 私の花……」




