カンナの秘密
「フリルフール」。一つの大きな大陸は東西南北四つの都市に分かれており、フリルフールは北の大陸に位置する。春夏秋冬が均一に訪れる他の国よりもフリルフールは冬の時期がとても長く「極寒の地」として有名である。
主な食料は暖かい時期に大量に育てた穀物と魚料理だ。家畜として飼っている肉もたまには食べるが、その量は少ない。
市場では、干された魚や肉の燻製、缶や瓶に詰められた長期保存しておける物がずらりと並んでいた。
そこで一際目立つ存在が置かれていた。寒いこの町には滅多に咲くことがない「花」だ。
「珍しく花が置いてあるぞ」
「どうやら、別の町からやって来た旅人が置いていったらしい」
「加工もされてない生花など、すぐに枯れてしまうのに……」
町の住民は珍しい花を見て噂話をしていたが、カンナは見知らぬ振りをして一目散に家に帰る。
「カンナ? カンナ? どうしたの?」
フィルが一人黙々と歩くカンナの背中を追いかける。
「……なんでもないわ……」
町の市場を通り抜け、人里離れた草原の隅っこにカンナの住む家はある。
「ただいま戻りました」
出迎えてくれたのは大好きな姉や、まだ小さな弟たち。
そして、美味しくて暖かな料理を作ってくれる母親が待っていた。父親は家族を故郷に残して、稼ぎのよい他の町の炭鉱で出稼ぎに行っている。
「カンナ、お帰り!」
「カンナちゃ~ん」
「お帰り、カンナ……」
カンナの家で働いているのは父親のみだ。元々母親も働いていたのだが、足を悪くして以来、家に籠りっきりだった。姉は母親に付き添い、まだ小さい弟たちの世話をしながら、家で出来る仕事をしている。貧しいけれども、常に食べられるだけの食料と生活出来るだけの蓄えはある。
「今日はどうだった? カンナ!」
赤毛の髪の背の高いがっしりとした体つきの姉カリンは、カンナのすっかり空になった篭を見て、ニッと笑った。
「さすが、自慢の妹だよっ! 無事に王子様に受け取って貰えたんだね!」
テーブルにカリンとカンナが腰をかけると、母親が出来たばかりの暖かなスープを運んできてくれた。
「お母さん、無理しないで? 後は私がやっとくから! カンナも帰ってきたことだし、ゆっくり休んでてな!」
カリンは弟たちの世話をしながら、母親を奥の部屋へと連れていく。
「……ごめんね、カンナ。私が足が悪いばかりに、大変な仕事を押し付けてしまって」
「いいのよ、お母さん。それに、この役目は私にしか出来ないもの」
母親の口癖は「いつもすまない」だった。
それに対してカンナは「いいの、いいの」と母を大切に心配そうに見つめていた。
母親をベッドに寝かせると姉は弟たちのお風呂の準備をする。
カンナはフィルと一緒に二階の自分の部屋へと戻った。
「カンナーカンナ、もう寝るの?」
一階から姉がカンナを心配そうに呼び掛ける。
「ごめん、疲れたから少しだけ横になるね……」
二階の階段からカンナは姉に答えた。
「りょーかいっ……!」
カリンは風呂の用意が終わると、弟たちが仲良くお風呂に入っている間、日中に外に干しておいた、乾いた大量の洗濯物が入った篭を二階のそれぞれの部屋に運ぶ。
「お姉ちゃん……?」
「ん?」
カンナは洗濯物を畳むカリンの背中を見ながら、ドアの先でもじもじと何かを言いたそうにしていた。
「あのね……王子様のお花がおうちに届いたら、花びらの欠片だけでもいいから、貰うことは出来ないかな?」
「構わないけど……?」
「……加工の最中に失敗した欠片一枚でいいの……」
「いいよ!」
姉の了解を得ると、カンナの顔からは笑みが戻った。
自身の部屋のドアを閉め、エプロンとワンピースを脱ぎ捨てると、キャミソール一枚で洗い立てのシーツが敷かれたふかふかのベッドに横になる。
ベッドの下からごそごそと木箱を取り出すと、箱を開けた。
そこには、色とりどりの凍りつけの花びらが小さな小瓶に入れられて閉まってあった。
「サクラ、ガーベラ、タンポポ、スミレ……」
小瓶には忘れないようにと花の名前が印してある。
「フィル……先程の腕いっぱいに咲いていた花はどんな花の名前だったのかしら?」
凍りつけされた花は一年、いや大切に扱えば氷が割れない限り枯れることはない。それもあの氷は花の魔法使いであるアイリスが作ったもの。温度が上がれば溶けてしまう普通の氷とは違う。
それを手先の器用な姉が様々な工夫をして町の市場に出荷する。送られた花を売ってしまうなど心苦しい話なのだが、家族を養う為にはいたしかなかった。
それに、姉のカリンはカンナには正確な値段は伝えないでおいたが、花が咲かないと言われる町フリルフールでは「永久的に咲いている花」はとても高額な値段で売買されたのだ。
「いつか、アイリス様にも本当のことを伝えなくてはね……だって、アイリス様は私のことを……お城にくる本当のお菓子売りだと思って対価を払って下さっているのですもの……」
ベッドの上にハンカチを乗せる。フィルは大きなあくびをすると、足を折り畳み、羽を休めた。
そしてもう一つカンナには誰にも言えない秘密があった。
「こんな私にも優しくしてくださる人は、アイリス様しかおりません……」
絶対に好きになってはいけないお方だとわかってはいるのだが、会うたびに惹かれ心を奪われる。
相手は手の届かない王子様。
自分は王子様の優しい心につけこんだ小娘。
「アイリス様……」
カンナは花びらの入った宝箱を握りしめ、深い眠りに落ちた。




