最愛のキス
お城の門には長い眠りから目を覚ました町の人々が集まっていた。
片手にメラメラと燃える松明を持ち「王子様」の正体を暴こうとしていたのだ。
町から少し離れた森の一角にあるお城は明かり一つなく、松明の炎だけが不気味に辺りを照らす。太い薪から細い薪に次々と炎をくべらして町人は複数人で一斉に蔓に火を付ける。導火線と可した蔓は火だるまになりながら炎の勢いを増していく。
火の粉が風に煽られあたりを焼き尽くすと、焦げ臭い異様な臭いに三人は気づき温室から炎の先を見つめた。
「厄介なことになったぞ」
炎が温室の蔓にたどり着き、炎の渦は三人を取り囲んだ。
カンナは動かないアイリスを置いて逃げるわけにはいかないとなんとか目を覚まさせようとしていた。
「カンナ……! まずい……! 俺たちも避難しなくては……!」
「……どうか愛しい人。早く目を覚まして」
カンナは必死の思いで、最後の願いを込めて、アイリスの瞼にキスをするーー……。
……すると唇が触れた先から二人はまばゆい光に包まれる。
生成り色のアイリスの髪が段々と七色に輝き出す。
暖かな光が二人を包み込むと、眠っているはずのアイリスの指先が微かにピクリと動いたような気がした。
そして、花が開花するようにゆっくりと瞼が開くと、その愛らしい瞳は愛しい恋人のカンナを捉える。
「ア、アイリス様……!!」
「目を覚ました……だと……?」
浅く息を吸い少しずつ肺に酸素を取り入れ、ゆっくりと呼吸を整える。
手を開いたり握ったりして、指先の感覚が戻るとアイリスはソファーから起き上がり辺りを見渡し状況を把握した。
目の前には自分が逃げていた存在がいて、すぐ傍には目を赤らめたカンナ。
大切な花たちは枯れ果て、温室は炎に包まれているー……。
アイリスは全てを悟ると深く腰をかけたソファーから、足に力を込めて、立ち上がる。
そして、自分の大きな胸の中にカンナを包み込み、ぎゅっと抱き締めたーー……。
「カンナ、続きをしようか……?」
このどうしようもない状況でも彼は前を向き
逃げようとしなかった。
……なぜならば、彼は「魔法使い」だからだー……。
***
愛おしい人の両手を握りお互いの体温を確認する。
さくらの花びらのような小さな唇に重ねあわせると、微かに開けた瞼の隙間から氷菓子のような細かな氷の欠片が散らばる。
割れたガラスの隙間から注がれる眩くも神秘的な月光の光が二人を包み込み、幾度となく唇を重ねるにつれ氷の微粒子は結晶へと変化する。
アイリスはカンナの腰に片手をあて、ダンスをするかのようにもう片方の指を絡めあい、軽くタップを踏む。
氷の結晶が光の矢先となりいくつもの光を反射し、蔓にあたると結晶が割れ、魔力を含んだ水が炎を消化させる。
光の矢は蔓を引き裂き、全ての蔓を風化させたー……。
「……私の魔力を回復する方法?
私はカンナがいれば魔力はなくならない。
それどころか、ますます強くなるんだ。
だから……ずっと、そばに……
私のそばにいてくれないか……?」
「……はい。私は……
ずっと、アイリス様のお側におりますわ……!」
二人はお互いの瞳を見つめ「kiss」をする。
お城を包んでいた薔薇の蔓は溶け、徐々に元の綺麗なお城に戻る。
蔓が解放され、門をくぐり向けお城にやって来た町人たちは驚いた。
そこに立っているのは「どんなに邪悪な顔をした魔法使い」かと思っていたが、そこにいたのは……
可愛らしい女の子の手を握り、優しく微笑む
「優しい魔法使い」だったからだーー……。
「……なんだ、やはり王子様じゃないか」
「……誰だ? 魔法使いなどと嘘の噂を流したのは」
ーー……そう、王子様は魔法使いの姿に戻っても
たった一人の「王子様」でした。




