王子様の嘘
夜空に浮かぶ大きな満月の前を一羽の鳥が通り抜ける。
柔らかな一本の羽根がふわりと舞い上がるとヒラヒラと地上に落ちる。
それと同時に真っ赤な薔薇の花びらは散り「彼」は静かに目を覚ました。
瞼を開けたガッチリとした彼の大きな手のひらが側に落ちていた短剣を拾い、蠢く太い蔓を意図も簡単に引き裂いた。
「……命拾いしたな……」
最悪の状況を予想して、目を瞑ってしまったカンナだったが、低く安定感のある落ち着いた声に気が付き、再び目を開けるとそこに立っていたのは……アスターだったー……。
「アスター様……!!」
先程の戦いで傷を受けた背中の傷は、来ていた洋服は血で滲んでいたが、もうすでに血は固まっていた。普通の人なら慌てる所だが、この程度の傷は日頃鍛えていた彼には気にすることでもなかった。
「ああ、カンナちゃん……こんなかすり傷たいしたことない……それよりも……」
薔薇の蔓の隙間を潜り抜けカンナの相棒のインコのフィルは、割れた温室のガラスの隙間から羽を大きく羽ばたかせ町へと向かう。
町の人々を救う方法を知ったフィルは、町に着くと次々と眠っている人々の胸元に咲いた薔薇の花びらにそっと触れる。
……すると眠っていた人々はゆっくりと瞼を開けた。
しかし、起こされた人々は町の変わり果てた光景に愕然とする。薔薇の蔓が地面が見えなくなるほど張り巡らされ、太い蔓は城へと繋がっている。
災いの源が「お城」だと分かると町人は顔色を変え、激怒した。
「……こんな話を聞いたことがある」
「我々が王子だと思っていた方はまさか……」
「魔法使い……!?」
***
「どういうことか説明してもらおう」
カンナに言い寄るシオンにじりじりと攻寄るアスター。
アスターが目を覚ました後、カンナはアイリスの胸元に咲く真っ赤な薔薇に触れた。
しかし、薔薇の花びらが散ってもアイリスが目を開くことはなかったのだ。
「アイリスが目を覚まさないの……!」
それどころではない。
アイリスの綺麗な金色の髪色は色素が抜けて、根本から徐々にくすんだ生成り色に変わっていった。
「やはり、魔力が全然足りないのだ」
「どうすれば、アイリスは目を覚ますの?」
「一旦、魔法使いがいる町に連れて帰るしか方法はない。……いや、アイリス、アイリスはここでどうやって魔力を保っていたんだ……?」
だがカンナに聞いても、カンナ自身アイリスの魔法が回復する方法がわからずにいた。
「この枯れた花たち、アイリスをどうするおつもりですか?花紡ぎの魔法使いであろうお方が自分の私利私欲の為だけに花の命を奪うだなんて……酷いわ……」
「酷い」という言葉がやたらと胸に突き刺さった。
一時的に命の時間を止めていた花が落ちても、大切な人は一向に目を覚まさない。
そして二人の大切な温室は建物が廃墟のように劣化し、暖かい場所でしか生きられない花たちはすべて枯れてしまった。
変わり果ててしまった思い出の場所を見て、カンナの瞳からはポロリと涙が溢れて、乾ききった地面に水滴が染み込んだ……。




