意地悪なレシピ
「この城の花の手入れをしていたのはお前か?」
「いいえ、アイリス様ですわ」
「アイリス自身がだと?」
「アイリスが家を出てから随分時間が過ぎている。血縁者なしで生きていたのも不思議なのに花紡ぎの魔法使いが魔法を使えるはずがないのだ」
「……どういうこと?」
「アイリスが今まで立っていたのも不思議なくらいだと言っている。花紡ぎの魔法使いは血縁者の体に触れることで魔力が保たれる。優しさや愛情をお互いに交じりあうことで新たな力が湧いてくるのだ」
「魔法」だとか「血縁者」だとか、そもそも魔力を持たない普通の人間のカンナには、いまいちシオンの言っている意味が理解出来ずにいた。
カンナがアイリスの「魔法」を見ても驚かなかったのは、彼の魔法は人が呼吸するかのように「自然」だったからだ。
彼は「魔法使い」と言っても私たちと何も変わらない。童話で読んだような箒で空を飛ぶ訳でもないし、天と地がひっくり返るような巨大な雷を落とす訳でもない。
アイリスがカンナに見せた「魔法」というのは手品のような見る人をあっと驚かせ心が暖かくなるような「優しい」魔法だった。
……その他は、普通の人と変わりないアイリス様が「魔力を欲していた」だなんて考えもしなかった。
「調べさせてもらった所、この街には他の魔法使いはいなかった。……だとすると……」
シオンはカンナのブラウンの瞳を左右交互にじっとみつめる。
「……おい、小娘。お前まさか、魔法使いなのか……?」
思いもしない男の問いかけにカンナは驚いた。
「ち、違います……! 私は普通の平凡などこにでもいる女の子です……!」
カンナは顔の前に両手を広げ、シオンの視線を妨げた。
すると、シオンはカンナの甘い香りに気が付いた。
「小娘……ちょうど俺も長旅で疲れていてな……。魔力がもう少しで消えそうなのだよ。……どうだ?俺と取引をしないか……?」
シオンはマスクで隠している自分の口元に指先をあて、その言葉の意味を説明する。
「俺にキスしてくれたら、アイリスを開放しよう……」
(な、な、なんですって……!? さっき血縁者でしか魔力を回復出来ないって言ってたばかりじゃない!?)
シオンはゆっくりと椅子から立ち上がり、上に羽織っていたローブを脱ぎ捨てると口元を隠していた灰色のマスクを外す。全身を隠していたローブを脱ぐと、思っていたよりも細くスラッとした美しい体系が現れる。夜空にゆったりと浮かぶ月に金色の髪が照らされ、髪全体が淡いミルクティーのような髪に染まる。
男はゆっくりと慎重に葉先に止まった蝶に触れるかのように目の前の少女に近づく。
視線を交わす先には愛しい恋人と同色の虹色の瞳が彼女を捕らえてた。
「……アイリスの為だよ……」
愛する恋人とは全くの別人なのに、彼の視線から目が離せない。全身が蜘蛛の巣に引っ掛かり身動きが取れずにいると、蜘蛛は彼女の生命の息を吸うように首に噛みつこうとした。
唇が彼女の清らかな肌に触れた瞬間、今まで静かだった薔薇の蔓が主の意思とは関係なく突如暴れだす。
まるで彼女に近づく者を追い払うかのように、辺りを暴れまわる。制御不能になった蔓は主であるシオンの心臓めがけてドリルのように真っ直ぐに突き刺そうとしたー……。
「だ……だめ……!!!」




