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嘘つきなお嬢様と花紡ぎの魔法使い  作者: mayme
1、甘いレシピ
2/23

カンナのお菓子売りのお仕事

 

「いいこと? カンナ!

 お城に住む王子様は甘いものがお好きですの」


「はい、お姉さま。それで、このカゴいっぱいのお菓子は……私のおやつですか?」


 木を編み込んで出来た篭には、焼きたてのお菓子がたくさん入っていた。お菓子が冷めないように花柄の可愛らしい布で包まれている。それを隠すように真っ白なシルクのハンカチが被さっていて、幼いカンナは目を輝かせながら篭の中を覗き込んだ。


「あなたは今日からお菓子売りです」


「ほえ?」


 童話の大きな文字をやっと読めるようになった、幼いカンナには言葉の意味が全く分からなく、ただ自分よりも年上の姉のカリンを見つめていた。


「いい? カンナ。このお菓子をお城にいる王子様へ売りに行くのよ?」


 素直なカンナは迷うことなくすんなりと受け止め「うんっ!」と返事をする。カリンはカンナが道に迷わないように、自宅で飼っていたインコのフィルを連れて行かせた。カンナは家のドアノブに手をかけた後、もう一度振り返り、カリンに「行ってきます」と声をかけて出掛けた。



 ーー優しい王子様にお菓子を売る、簡単なお使いだと信じて……ーー



「大丈夫、大丈夫よ。だって、もう8年も同じ仕事をしているのだもの。今日だって上手くいくはず……」



 お城の前には焼きたてのクッキーを手に持った、昨日16歳の誕生日を迎えたばかりの大分成長をしたカンナの姿があった。


 肩より長い少しブラウンの髪の毛に同一色の瞳。

 普段よりも少し着飾った長袖深緑色のクラシカルワンピースに、汚れてもいいようにと、メイドが着るような白いエプロンを羽織る。


 でも「王子様へのお使い」を信じていたあの頃とは心情が大分違う。

 カンナは自分の「本当の役目」を理解し、責任の重さに眠れぬ日々を過ごすほど悩んでいた。


「……ぷはぁ、甘い香りに包まれて窒息死するところだった……!」


 篭の中のハンカチの下から、もぞもぞと顔を出したのは、セキセイインコの「フィル」である。

 全身の毛がはちみつ色の珍しい色をしていて、毛はとうもろこしのヒゲのように一本一本柔らかかった。


「カンナ、早く王子様の所へ行って、とっとと仕事を終わらせてしまおう……! あれさえ、手に入れば、数ヵ月は充分な暮らしが出来るんだから……!これは、()()()()()だよ……!」


「そうね……()()()()()よね」



 恐る恐るカンナは門を開け、広いお城の庭に入って行った。綺麗に手入れをされた花のアーチを潜り抜けると、庭の中心には大きな噴水が建っていた。噴水を取り囲む芝生の上には様々な花で模様が描かれている。噴水よりもずっと向こうに見える大きな建物が王子様が住むお城だ。


「本当に広い敷地ね……」


「それに、ここは敷地のごく一部だというのに、見てよ、この花の数……王子様がお城の窓から見下ろすと眺めがいいように作り込まれているのだろうか……? まぁ、庶民の僕たちには関係のない話なのだけれど……」


 二人はお城に向かいながら、そよ風に運ばれてきた花の甘い香りを楽しむ。カンナは綺麗に咲いた一面の花をうっとりと見つめていたが、聞き慣れた足音に気づき顔を上げる。


 そこにはお城の入り口からカンナの姿を見て、無邪気に手を振る男がいた。


「カンナーー!」


 カンナはフィルを手に持っていたお菓子が入った篭の中に押し込める。


 全身を包む真っ白い衣装。

 太陽の光を吸収して輝きをさらに増す金色の髪の毛。

 カンナより大分年上の背の高い青年がカンナの元へと歩み寄る。


「カンナ! 良く来てくれましたね!」


「アイリス様……!?」


 彼こそがこの巨大な敷地にある花園の持ち主。

 カンナがお菓子を届けに来た相手「王子様」である。


 彼を迂闊に見つめてはいけない。

 その宝石よりも美しい、虹のような七色の瞳に吸い込まれて上手く言葉が話せなくなるからだ。


「今日は何を持ってきてくれたんだい?」


 アイリスはカンナに近づき()()()カンナの服についたクッキーの美味しそうな香りを堪能する。


「わ、私のエプロンの匂いを嗅いだって意味ないんだから!」


「どうして? だってカンナはいつも私のために朝から甘いお菓子を焼いてくれるじゃないか? エプロンについた香りを嗅げば何を作って来てくれたのかすぐにわかるよ? ……だって、私は」


 アイリスは言葉を話すことを途中でやめた。

 なぜならば、今日のおやつは、彼の大好きな「チョコチップクッキー」だったからだ。


 アイリスは、カンナの手を握りしめ、お城へと足先を向けた。


「おいで。いつカンナが来てもいいように、部屋に美味しそうな紅茶を用意してたんだ。これから、一緒にお茶にしよう!」


「え、あ、いや、私はーー……」


 カンナに拒まれ、アイリスは少しだけ顔をこわばらせる。


「……今日もすぐ帰るのかい?」


 その冷たい表情にカンナはすぐさま、首を左右に振った。

 先ほどまで生き生きと咲いていた花たちが、少しずつ、萎んでいくのが、()()()()感覚で分かった。


「……良かった」


 アイリスに笑顔が戻る。


「……カンナは一輪の花が欲しいだけなんですけどね」


 篭の中で暇をもて余したフィルがボソッと呟く。


「……ん? 何か言った?」


 カンナは慌てて「何でもないの」と嘘をつくと、片手に持っていた篭を抱き抱え、ハンカチの隙間からフィルをじっと睨む。



「アイリス様……! 私で宜しければ喜んで……!!」



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