花紡ぎの魔法使い2
絹糸のように細く滑らかな金髪に、見るもの全てを魅惑する虹色の瞳。
「アイリスは俺の弟だ」
……そう、アイリスはこの男に逃れる為に逃げていた。
花紡ぎの魔法使いである血が繋がった双子の兄弟の兄「シオン」だった。
灰色のマスクで口元を隠しているシオン。恋人のアイリスと同じ瞳なのにどこか儚げで脆さを感じる。 シオンに「お前も皆と同じように薔薇の苗床になりたいか?」と言われ、カンナは強引に腕を捕まれ脅迫される。
カンナは大人しい性格ゆえに足が震え言い返せずに沈黙したままだった。
心臓がバクバクと鳴り死の恐怖故顔からは大量の冷や汗が出る。
シオンはソファーに横たわって動かないアイリスの元へと近づく。
「アイリス様は……死んでしまったのですか?」
「死んだ? ……死んでなどおらぬ。胸元に真っ赤な薔薇が生き生きと咲いているであろう」
シオンは花紡ぎの魔法使いの中でも「上級魔法」を使いこなす。弟のアイリスは学業のさなか「花を守る魔法」を取得後、家を出てしまったので、直系の血縁者が代々受け継ぎ隠してきた本当に恐ろしい魔法は知らずにいた。
その本当に恐ろしい魔法の一つ「一時的に人の命を止めることが出来る」魔法をシオンはアイリスに使った。
アイリスが生きていることにほっと胸を撫で下ろすカンナ。
シオンは目を離した隙にまたアイリスがどこかへ逃げぬよう眠らせ命を一時的に止めた。また、蔓が町の全てを飲み込んだのは第三者に花を触らせぬようにだった。
「薔薇の花びらが落ちたらアイリスは目を覚ます。俺はアイリスは欲しいが彼には目を覚まして欲しくない」
真面目な顔で理不尽なことをいうシオンにカンナの頭の中でクエスチョンマークが浮かんだ。
「……なぁ、小娘。どうせお前もアイリスの大切な人なのだろう。……だったら、彼が目を覚ます前に、俺の小話に付き合ってくれないか?」
カンナは雨風の中で放置された椅子の汚れをハンカチで拭い、元の位置に置き直すとシオンを椅子に座らせる。ここはかつてアイリスとお茶会をしたカンナの大切な場所だった。
「……いいわ。話を聞きましょう」
時が止まった空間。
愛する人たちが息を止め静かに眠る場所。
目の前の気まぐれな魔法使いは「悪い人」ではない。
……だが、機嫌を損ねたら……
気を抜いた瞬間 言葉の欠片が
胸を突き刺す鋭いナイフになり
愛する人たちの花は乱暴に引き千切られそうだった。
……そんな危うさを感じられる人。
だから私は、なるべく刺激をしないように
完全に無知で虚弱な女の子のふりをして
しばらく話をただ頷いて聞いていた。
私は相手を騙す甘いお菓子も持ち合わせていないし、ここには作れる道具も材料もなかったから。
黙って話を聞くことしか出来ない無力な自分が悔しく、あまりの歯がゆさに下唇を強く噛み締める。
傍で眠る恋人の真紅の薔薇に触れれば彼は目を覚ます……。
……けど、もし、失敗したら。
私が薔薇に触れる前に目の前の男に悟られ
残された最後の一人である私さえもが
眠らされてしまったら……。
カンナは迂闊に行動が出来ずにいた。