南国のパラダイスタイム3
フリルフローラの宮殿の前には大勢の人が集まり賑わっていた。太陽が照らす中湖畔には踊り子の衣装を着たメイドたちが片手に鈴を持ち舞い踊る。
鈴の音がシャンシャンと鳴り響き、鈴の音に合わせてメイドたちは宙を舞ったり、仲間と手を組んで高いところから落ち、回転着地を繰り返したりと古くから伝わる伝統芸を披露する。
なにやら外が騒がしいのでアスターは宮殿の窓から外を見るとメイドたちが湖畔の前で演舞を披露しているではないか。アスターはすぐにアルメリアを呼び「危ないからやめなさい」と指示をしようとした。……しかし、いくら宮殿を探してもアルメリアの姿は見えない。
「アスター様、どうされたのですか?」
寝巻き姿のままのカンナが足音に気づき後ろから声をかける。
「アルメリアの姿が見えない」
「アルメリアさんが……?」
「それに……アルメリアの荷物がないんだ……!」
カンナは驚き部屋を見渡すとアルメリアの私物が全てなくなっていた。二人は慌ててメイドたちのいる湖畔に走った。
「アスター様、危ないってどういうことですか……?」
アスターは息を切らしながら答える。
「宮殿の周りを大きな湖畔で囲んでいるのは、鑑賞の為だけではない。不審者から身を守るためだ」
「身を守る為?」
アスターは門の前に行き門番に問いかけようとした。しかし、随時見守っているはずの門番の姿が見えない。
その時だった。メイドたちの悲鳴が聞こえる。
「きゃあああああああ……!!」
水面には大蛇のような不気味な影が鬱蒼と姿を現し、巨大なドラゴンが水飛沫を浴びせ湖畔から首を出す。
ドラゴンは口を大きく開け、水物とも飲み込む。そして、近くにいたメイドたちに牙を向き襲いかかってきた。
「あ、危ないっ……!」
ドラゴンの大きな口に最年少のメイドが引きずり込まれる。
アスターはメイドを助けようと身を決して水の中に入る。
彼の背中をぱっくりと大きな口を開けたドラゴンが食べようと迫っていた。
「アスター様……後ろ……!」
何処からか投げられた一本のサーベルがドラゴンの上顎と下顎の間に挟まり固定され、ドラゴンはあんぐりと口を開ける。
「ア、アルメリアさんっ……!」
しかめっ面のアルメリアは怒りを露にしながらツカツカと歩いてくる。ドラゴンとメイドたちの間に入ると彼女らをいきなり叱りつけた。
「誰がここで自由に遊んで良いと言った……!?」
普段の冷静沈着なアルメリアからは想像が出来ない。メイドたちを一括すると、観客は去り、その場はシンと静まり返った。
アルメリアはドラゴンの鼻先を撫で、怒りを押さえようとする。ギョロリとした大きな瞳を見つめるとドラゴンの口に自らの腕を入れ、サーベルを抜き取る。
アルメリアにすれば一匹の巨大なドラゴンもまるで飼い猫のようだった。
ずぶ濡れのアスターは先に湖畔の水面から出ると、アルメリアの側まで近寄った。
「アルメリア……」
だが、アルメリアは主であるアスターを見て見ぬふりをした。
「アスター様……私は……」
「どうした、アルメリア?」
アルメリアはうつ向く。
「これはメイド長である私の責任。
……私はメイド長を辞めようかと思います」
「アルメリアさん……?」
黙って聞いていたメイドたちが慌ててアルメリアの前に駆け寄る。
「勝手なことをしてごめんなさい。私たちがアルメリアさんには内緒で勝手にやってたことなの。アルメリアさんは悪くない……悪くないの……!」
アルメリアは皆に表情を見せまいとうつむいたまま、目をつぶる。
「違うんだ……!私がこんなあやふやな気持ちなままではみんなのこともアスター様のことも守れない」
「アルメリア……」
アスターはただのか弱い女性となったアルメリアを湖畔の中へ突き落とした。予想もしない展開に全員が二人に注目する。
「……どのような面をしてそれを言う。そなたはもう10年も前に俺に買われたことを忘れたのか?」
「……いいえ、決して忘れてはおりません……」
アスターは視線を合わせようとしないアルメリアに近づき、腰を下ろすとさらに突き放したように言い放った。
「宮殿を出たところで、もうお前が戻る場所などどこにもないぞ。」
「……知っております。ですが、私はもう家族の借金返済分の働きは終わっております。」
「ああ……そうだな、疾うに終わっているな」
追い込まれたアルメリアは涙を見せない変わりに口からどんどんと言葉が出だ。
「だったらもう私は自由……ここに縛られる意味はないのです。これからは私の稼いだお金で一人自由に生きます。」
「そうか……」
「……アスター様、最後にひとつだけ。」
「なんだ?」
「私が借金返済が終わっているのを知っていても、そばに置いた理由はなんですか?」
「……」
「……安価なボディーガードが欲しかったからですか?」
「違う」
「……アルメリア、お前だったからだ。」
「……?」
「時には母親のように厳しく周りを躾、姉のようにメイドたちの相談にのる。俺はこの宮殿に一人で住むようになってから10年間一番信頼出来る人を側に置いた。アルメリア……お前だからだよ。それは契約が終わってからも変わらない。……しかし、残念だ。アルメリアの変わりはここには誰もいないからな。明日から誰が俺の歯磨きを手伝ってくれると言うのだ。タオルの置き場ですら、わからんぞ。……ああ、残念だ」
「……カンナ様がいるではないですか?」
アスターはその言葉に思わず口元が緩んだ。
アルメリアは焼きもちを焼いていることがここにいるみんなに丸わかりだったからだ。
「……カンナは別だ。妹のように思っている。それともなんだ……?」
アスターは責めても折れない相手に賭けをしてみた。
「カンナちゃん……すまない……」
アスターはアルメリアの目の前で、彼女に見せつけるようにわざとカンナを抱き締めると首もとにキスをするフリをした。
「ア、アスター……さまっ……!?」
その唇は少しずつ口元に近づく。
お互いの唇が触れるか触れないか僅かな隙間を開けて、アスターはしっかりと行為を見るアルメリアに問いかけた。
「そうだな。明日からは俺のことは全てカンナにやってもらおうとするか。俺がどれくらい寝癖が悪いかアルメリアなら分かるだろう……?」
渇となったアルメリアは思わず口が滑ってしまう。
「困る」……と。
アスターはその一言を逃さない。
カンナからそっと離れるとじりじりとアルメリアに近づき確実に確実に息の根を仕留めた。
「何が困るのだ、アルメリア?
これからは10年間お前の仕事だった、朝の歯磨きのコップを持つ役目も、出掛け先で食事に苦手なものが出てきたらさっと俺の変わりに食べる役目も、俺が夜寝付けない間一緒にベッドに入って、俺が眠るまでずっと抱き締め続ける役目も、全てカンナの役目になるのだぞ? ……俺から解放されたお前はさぞかし晴々しい気持ちではないのか?」
メイドたちはまさかそんな恋人みたいなやりとりが二人の間にあったなんて知るよしもせず、ただただ、話を聞いて顔が真っ赤になった。
「なんだ、あの二人……私たちがなにもしなくても……」
カンナはメイドたちに連れられて宮殿に戻った。
「……私が10年間ずっとみんなには秘密でやって来たことをそのままカンナ様にするのだけはやめてください」
「どうしてだ?だってもう、アルメリアはいなくなるのだから、カンナがするしかないだろう……!」
ついにアスターは逃げるアルメリアの肩を抱くと、自分の胸元に抱き締めた。
「……勘違いするな。俺が好きなのはお前だ、アルメリア。お前がいなきゃ俺は何も出来ない……どこかへ行くなんて言わないでくれ……!」
その言葉を聞いたアルメリアは全身から力が抜けた。
「アスター様……私もです。貴方ほど守りがいがあるお方は他にはおりませんわ……」
宮殿に戻ったメイドたちはカンナを混ぜてお茶会を始める。
「まったくですわ」
「そう、まったくですわ!」
メイドたちは準備をしながら口を揃えて「まったく」「まったく」と呆れたように呟いていた。
「わざわざ私たちが何かするものでもありませんでしたの」
「へ……?」
「だって、あのお二人は最初から
恋人同士だったんですもの……!」