南国のパラダイスタイム2
フリルフールのアイリスが住むお城の窓をくちばしでコツコツと叩く小鳥がいた。
「あれは……カンナの」
カンナの手元から飛び立ったインコのフィルは無事にアイリスの元へ辿り着くと状況を説明した。アイリスは両手のひらにフィルを包むように大切そうに乗せ、柔らかな翼に頬を擦り合わせる。
「フィル……カンナに逢いたい……」
アイリスの長い睫毛がフィルにあたる。
フィルは大人しくじっとしていた。
室内庭園には柔らかな午後の木漏れ日が差し込んでいる。いつか二人でお茶会をした思い出がすごく遠い日のように感じられる。
カンナがいつでも来てもいいように机に置かれたティーカップ。
彼女のために用意した紅茶のオリジナルフレーバー。
しかし、いくら待っても彼女はこない……。
彼女は凄く遠い場所へ行ってしまったのだから……。
長い睫毛に滴る水滴は頬を伝って空のティーカップの中にポタリと落ちた。
室内庭園の外で樹木が枝を擦り合わせざわざわと騒いでいる。町の方から竜巻のような突風が吹き、風に当たった芝生が刈り取られ舞い上がる。
アイリスは鎌鼬にあったような、肌が擦りきれる感触を抱き、鳥肌が立つ。身の危険を知らせるかのように。
「アイリス……やっと見つけた……!」
突風の中から現れたのはアイリスと同色の金髪の髪の青年。
長い前髪の隙間から見える七色のの瞳は彼を捕らえて逃さない。
アイリスは「まずい」と思い、指を唇にあて呪文を唱えようとした。
しかし、男はその指を押さえ、上から新たな呪文を唱えた。
「アイリス……いや、花紡ぎの魔法使い。家族を捨て自ら逃亡した我ら種族の大切な後継者。もう逃がしはしないぞ。」
男に呪文を唱えられる寸前でアイリスはフィルをジャケットのうちポケットに忍ばせる。
意識を失いソファーにもたれ掛かるアイリス。
不適な笑みを浮かべる男だが、そのおももくも叶わず「限られた時間」が来てしまう。
「……ちっ、せっかくアイリスと一緒に帰れると思ったのに……しかたない……一時退散しよう」
男がアイリスの心臓の部分に手をあて、呪文を唱えると、指先から薔薇の蔓がするすると伸び、全身を巻き付けた。
蔓は瞬く間に室内庭園の床をつたい、窓から天井に伸び、それはお城全体を包み込んだ。お城は全体を鋭い薔薇の棘で覆われ誰も侵入することが出来なくなった。
男がいなくなったのを見計らって、フィルがアイリスのジャケットから出てきた。
「アイリス、アイリス起きて?」
フィルが小さい体でアイリスを起こそうとするがピクリともしない。それどころか、彼の呼吸は止まってしまって、胸元に咲いた大きな「薔薇」が彼の全身の血を吸ったように真っ赤に染まっていた。
「早く誰かに知らせないと……カンナ、こんなときにカンナがいないなんて……!」
***
「あの……アスター様?」
「ん?」
「私はいつになったらフリルフローラに戻れるのでしょうか……?」
この宮殿の主、アスターはカンナに答えた。
「カンナ……ずっとフリルフローラに留まるつもりはないか……?」
「ずっと……?」
「なにせ、あちらの気候は虚弱なカンナの体には合わない。カンナさえよければ……」
「へ……?」
「ずっと俺のそばにいて欲しい……」
「ええっ……!」
壁一枚向こうにメイドたちが聞き耳を立てている。
「まさか、アスター様カンナ様に求婚ですの!?」
メイドたちが黄色い声で「きゃあああ」と盛り上がる中、腕を組み一人黙り混む人がいた。
「……私は認めないからな……!」
声の主、アルメリアは不機嫌になり一人部屋から出ていった。
「アルメリアさん……? まさか……!」
ますます、メイドたちは盛り上がる。
みんなが寝静まった真夜中、メイドたちはエプロンを外し、自室に集まった。テーブルに置いた蝋燭の灯りがゆらゆらと辺りを照らす。他の誰にもばれぬようひそひそ声でメイドたちは話始めた。
「だから……」
「え、でも、もし、アルメリアさんにバレてしまったら、私たちが怒られてしまいますわ」
「バレなきゃいいのよ」
「うむう……これもお二人のため……ですものね」
「それじゃあ……作戦決行よ……!」
メイドたちは手を握りあい約束を誓った。