甘い蜂蜜は時として毒になる
私がこのフリルフールに来た理由は「家族から解放されたかった」からだ。
花の魔法使いは本来は花が育ちやすい環境の暖かい気候の地域で一生を過ごす。なるべく人間に見られないように人さと離れた自然の中に血縁者同士で暮らし、後に血の少し離れた同じ種族の魔法使いと結婚し花の魔法使いとしての血を濃く繋いでいく。
しかし、父親の時代まで守られてきた花魔法使いの仕事は時代の変化と共に必要がない物となってきた。それもそのはず「花を咲かせる」「花を探す」「弱った花を回復させる」という魔法は科学技術が発達すると魔法を使わなくても人の力でどうにかなってしまうからだった。
それ故にアイリスは「血縁者同士の結婚」に疑問を抱き、成人する前には一人花の魔法使いが暮らすことは難しい場所、極寒の地フリルフールに身を隠した。
フリルフールに辿り着いた瞬間にその美貌から町の人達からは「王子様」と呼ばれ、見たこともない花を沢山育ててはお金に換えた。
お城に一人で籠り、長い実験の末、甘いものを常に接種すれば魔力は一時的に保たれ、死ぬことはないと分かってからは、砂糖を紅茶に混ぜて魔力を保っていた。
……そして、花の魔法使いにとっての「甘すぎる毒」が近寄ってくる。
最初に逢った時の彼女はとても小さく可愛らしく「自分のお役目」を持ってきた。
誰かがお城に送り込んだのか分からなかったが、彼女の持ち寄せる「甘いもの」が私にとっては中毒になるほど美味しかったのだ。
それは食べれば食べる度に、甘さの感覚が麻痺してしまい自然と「なくてはならないもの」になってしまう。
彼女がこなかった日々は私にとっては「水が飲めない状況」と同じくらい喉が乾き苦しかった。
「……許さないよ……カンナ……
私を裏切っていたこと。私を利用していたこと……」
カンナの足音が近づいてくるのが聞こえる。
普段は誰一人としてお城には入れない。
広い庭園も一人で手入れが出来るし、他の姉妹たちと結婚させられるくらいだったら長い時間の孤独も苦にはならない。
人間のようにお腹も空かないし、食べる必要もない。
しかし、一度甘さを覚えた舌は時おり喉を渇かせる。
「毒のような甘さ」を求めてしまう。
……もう少しだ、もう少し我慢すれば、ドアの隙間から美味しそうな「彼女」がやってくる。
今日はどこから「甘さ」を堪能しようかーーー……
***
体調がすっかり良くなったカンナは甘いものを篭に入れて、アイリスが住むお城へやって来た。
この前のこともあり、逢うのには少し抵抗があったが、相棒のインコのフィルがそばにいてずっと話しかけてくれたので長い道のりを気落ちせずに歩いてくることが出来た。
「アイリス様に怒られたらどうしょう……」
「そのときは一緒に謝ってあげる」
カンナは深呼吸するとドアをノックして恐る恐る部屋に入る。
「アイリス様、アイリス様はおりますか?……カンナです」
ゆっくりとドアが飽き、中から白いブラウス一枚に黒のパンツ姿のラフなアイリスが出迎える。
いつもはお庭と玄関と中に入ってもテーブルのある小部屋までなので、どんどん部屋の奥に案内されて怒られるのではないかと怖くてなかなか顔を上げれずにいた。
「カンナ……私が怖いの……?」
低音でゆっくりとカンナに問いかけるアイリス。
緊張しているカンナの頬に触ろうかと思っていたら彼女が予想以上に怖がっていたのでアイリスはそっと抱き締めた。
思わず手に持っていた篭が落ちる。
篭が急に落ちたので中で身を隠していたフィルがびっくりして、隙間からカンナを見つめる。
「カンナ……! ちょっと大丈……」
すると、アイリスがフィルだけにわかるように口元に人差し指をあて「静かに」と合図をした。
「ちょっとだけ二人になろう」
二人はそのまま、フィルが入っている篭を置いて奥の部屋に入ってしまう。
フィルは心の中で必死にカンナに叫んだ。
非常にまずいことになりましたーー!?!?