カンナの秘密の告白
「ちょっとカンナ、どこに行く気!?」
「あ……ちょっと街に」
カンナは部屋の前でもたもたしていると、異変に気づきすっ飛んできた姉に呼び止められた。
「ちょっと……っていう格好じゃないわよ!!!」
カンナはサロペットにボーダーのトップスにパーカーをかぶり、長い髪は二つに結び、顔が見えぬよう深く帽子を被っていた。
手に持っている皮の鞄を開けてみると、中には姉が作った花の装飾品が綺麗に並べられていた。
「……まさか……あんた……」
姉の手が感情を抑えきれずぷるぷると震えている。
「カンナ……まさか、一人で行こうとしてたの?
行くなら声をかけてよ、水くさいなぁ……!
カンナ、一緒に町に売りに行くわよ……!!」
「はい、お姉ちゃん」
***
「いらっしゃいませ、どうぞお気軽に見て下さい」
通りすがりの町人に気軽に声をかけるカンナ。
商店街から少しだけ離れた野原の上に、シートを敷き、鞄から装飾品を広げる。
すると物珍しさに歩いていた女性が立ち止まった。
「これは生花ですか?」
「はい、フリルフールで咲いていたサクラの花びらから作っています」
「こんな寒いフリルフールで?」
「ええ、何せ、アイリス様の……もごっ」
カンナが「王子の城で咲いた花」と言う前に、隣で座っていた姉が口をふさいだ。
「おひとつ下さいな」
「ありがとうございます……!!」
女性は余程気に入ったのか買ったばかりの花びらのネックレスをすぐ首につけた。それを見た町の人が「それはどこで?」と女性に訪ね、お客さんがどんどん増えていく。
「ありがとうございます」
カンナは一つ一つ可愛くラッピングをして、丁寧に渡した。姉のカリンは加工は出来るがカンナのように笑顔で接客をすることは出来ない。カリンは体育座りをし、下を向きながら隣でじっと固まっていた。カリンは家族以外の他人が苦手なのだ。
「おねぇちゃん……?」
「……え?」
「……お姉さんがこれをつくったの?」
目の前に5歳くらいの女の子が立っていた。
「ママー! これ買ってぇ~」
姉は照れ臭くなって、そっぽを向く。
女の子のお母さんがすぐそばに来て、まだ小さいのにじっくりと品定めをしている女の子に微笑んでいる。
「あなたにはまだネックレスは大きすぎるんじゃない? また、今度にしよう?」
「え~やだぁ、わたしもほしい……」
「……」
カリンはポケットから工具を取り出すと、女の子の持っていたネックレスを指差し、ぶっきらぼうに訪ねる。
「この花のペンダントがいいの?」
「うん……!!」
カリンは女の子からネックレスを受けとると、ためらわずに金具の部分を一分破壊し、チェーンを女の子の背丈に合わせて短く調整した。
「どうぞ」
「わぁ……!」
女の子の首にネックレスをかけてあげると、胸元に咲いたタンポポの花を見つめて女の子は笑顔になった。
「ありがとう……!」
女の子の母親は財布から硬貨を取りだし、姉に渡す。
「……こんなにいただけません」
「いえ……でも、本当に……」
母親は通常の金額の三倍の硬貨をお礼として渡した。しかし、カリンは受け取らなかった。
「……私たちは生きていける分のお金でいいのです。
それ以上はいただけません……」
女の子の母親は姉の真面目な表情を見て、少し沈黙する。
しばらくすると、通常のお金を払い軽く会釈をして帰って行った。
「自分の作った物で、誰かが喜んでくれると嬉しいね……」
照れ臭そうに姉は答える。
カンナのおかげで姉が作った装飾品は、日が暮れる前にほとんど売り切れてしまった。
「……そろそろ、うちに帰ろうか」
「うん……!」
二人は早々に店終いをしようとする。
「……終わり?」
「あ、はい、もう終わりにしようかと……」
二人の目の前には麻で出来たストールで顔を隠した怪しい男が突っ立っていた。
深くフードを被っているが、ストールの隙間から七色に光る瞳がじっとこちらを見つめていた。カンナは一目でその者の正体にに気づいたー……。
なにも知らぬカリンは気に止めることもなく、せっせと後片付けをする。
カンナはビックリして言葉に詰まっていると、いきなり腕を捕まれ、人気が少ない場所に連れていかれた。
怪しい男は家と家のわずかな隙間にカンナを連れ込むと、黙り混んでいたカンナは彼の「名前」を呼んだ。男はカンナにだけ顔が見えるようにストールを外して表情を見せる。
「……アイリス様……どうしてここに……?」
他の町人に見られないように壁に片手をつけ、カンナに耳打ちをする。場所が場所で状況からなのか、今日はやたらと顔が近い。
「カンナ……よく、私だと気づいたね」
アイリスはカンナの首元にぶら下がっているネックレスを見つける。
「あ……これは……」
カンナは不味いと思い、条件反射でネックレスを隠す。
「……どうして隠すの? ……見せて?」
「……」
「カンナ……私に見られては不味いものなの?」
カンナは顔を真っ赤にして、じっとアイリスの瞳を見つめる。潤んだ瞳はキョロキョロと宙をあおぐがどうしょうもない状況に、隠したネックレスを恐る恐るアイリスに見せた。
「これは……?」
「これは……アイリス様にいただいた花で作ったネックレスです……」
アイリスは思いがけないカンナの告白に目を丸くする。
「わ、私は……」
言葉を少しずつ話すだけで、自分の愚かさに、カンナの瞳からは大きな雨粒がぽろぽろと溢れてきた。
「……私は、アイリス様をずっと騙していました」
「私を?」
「……私はお菓子売りとしてアイリス様に近づき、ご褒美としていただいたお花を売って生活の為のお金にしていたのです……」
「……!」
すると、姉が二人の横を通りすぎる。
「カンナーー? どこーー?」
カンナがいきなり消えたので、姉は辺りを探していた。
「お姉ちゃんが探している。もう戻らないと……」
「カンナ……」
「……え?」
カンナの小さな唇に何か柔らかいものがそっと触れ重なる。一瞬で目の前が薔薇の香りに包まれ、もう一度目を開けると、アイリスのスッと伸びた鼻筋が自分の鼻先にぶつかっていた。
アイリスはカンナの視線に気がつくと、ニコッと笑い、名残惜しそうにもう一度行為を改めようとする。
しかし、全ての行為を見ているカンナに細く長い指先で彼女の下唇をそっと撫でおしまいにする。
それだけで頭の中が真っ白になり、自分の置かれている状況が把握出来ずにいた。
「私が、そんなことで傷つくと……思っていた……?」
「え……いや……あ……」
そのまま壁にもたれかかるように、アイリスはカンナに攻め寄る。首筋に顔を埋め、しばらく彼女の甘い香りを堪能すると彼女を解放した。
「……カンナ、またお城においで。
分からない悪い子にはお仕置きをしてあげる……」
魔力が戻ったアイリスは指を鳴らすと、薔薇の花びらに包まれ風のようにその場から姿を消した。
「カンナーー? ここにいたの?」
すぐに姉がやってきて、腰を抜かしているカンナの腕を取る。
「何してるの? 日が暮れる前におうちに戻るよ!」
アイリス様……
また、おいでって……どういう意味ですか……?
私の罪を許してくれるのですか……?