空腹な魔法使いとチョコレートの宅配便
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カンナからの連絡が途絶えてから二ヶ月が経つ。
最後に彼女を見送ったあの日から、いくら手紙を出しても、彼女はお城に姿を見せることはなかった。
自分が食べたいと思えばいくらでも一般の人間が美味しいと思える料理は真似て作ることが出来る。しかし、アイリスはカンナが持ってきた物以外を口にすることはなかった。魔法使いは人間と同じように味覚を楽しむことは出来るのだが、栄養は他の物で補充していたので、「食事」は特に重要ではなかった。アイリスの場合、「甘いもの」を補充していれば魔力は保たれお腹は空かないのだ。
しかし、その「甘いもの」は限定されている。
見知らぬ誰かが大量に作った物では一時的に魔力を補充することは出来ても長続きしない。体の水分と一緒に外に流れてしまう。体の栄養になり、魔力を温存しておける物は「カンナの料理」でしかなかった。
そう、彼はお腹を空かせ無償に「甘いもの」を欲している。
「どうにかしないと……」
極寒の地、フリルフールの冷たい風が、魔法で一定の温度に保たれていたお城の気温を一気に下げる。
お城に咲いている沢山の花たちは根本から凍り始め、葉が息を吸うことを止めてしまう。根は腐れ徐々に枯れ始めていた。
「非常にまずい……」
その時、遠くから一匹の鳥がくちばしに小包をぶら下げて飛んで来た。
「あれは、カンナの……」
鳥は薔薇のアーチを潜り抜け、噴水の前を通りすぎ、アイリスの目の前で翼をパタパタと動かし、何かを言いたそうにしていた。
アイリスはカンナの鳥のくちばしから小包を受けとる。手のひらサイズの小さな箱はピンク色のリボンが巻かれ、箱の間にメッセージカードが挟まれていた。
「アイリス様へ」
カンナの可愛らしい丸文字の小さな字だ。
箱に添えられていたメッセージカードを読む。
「アイリス様、お元気ですか?
おうちのお仕事が忙しく、お城に行くことが出来ない事をお許し下さい。
お側に行くことは出来ませんが、アイリス様の為に「チョコレート」を作りました。
どうぞお召し上がり下さい。カンナ」
箱を開けると様々な形のチョコレートが入っていた。
甘さを抑えたビターチョコレート。ミルクのコクが味わい深いホワイトチョコレート。チョコの中にラズベリーがムースと混ぜ合わせられている、ラズベリートリュフ……。
他にもナッツやドライフルーツ、オレンジピールがのせられたチョコレートがある。
アイリスは箱から一粒取りだし、口へと運ぶ。口の中でカカオの風味とまろやかな甘味が溶け合って舌がとろけそうだった。
「カンナ……」
枯れていた花たちが徐々に元の状態に戻っていく。
「カンナ……チョコの甘さで誤魔化せている間に早く来てくれ……私は……君がいないと……」
手のひらを握りしめ、再度開くと、一輪の花が手の上で咲いていた。
しかし、その花は冷たい冷気を浴びてすぐに凍ってしまう。
アイリスは温室に非難して、じっと身を堪え体が回復するのを待つ。魔力が全然足りないのだ。
「……カンナ……」
***
小さい頃から使っているカップに
姉が入れてくれたホットミルク
6月の雨は細く虚弱な体を槍のように突き刺す
カンナは暖かな毛布で自分の体を包み込むと窓から遠い空を見上げていた。
連日覆われていた雨雲。
遠くの空が少しずつ光が指しているのが分かる。
「フィル無事に届けてくれたみたいね……」
少しずつ暖かくなる気温と戻り行く体温。
カンナはベッドに横になり、また深い眠りについた。
「もう少し、もう少しの辛抱よ」
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