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ソウル・サヴァイヴァー  作者: おたふく
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A Few Days Later

 わたしはどうして……生きているんだろう?

 やわらかな陽光の射しこむ室内で、意識をとりもどしたわたしは、白い天井を見上げながら、自問していた。

 ここが死後の世界でないことは、ベッド上でかすかにでも体を動かすと、激痛がはしることからそれとさっせられていた。

 包帯のまかれた左腕、右足のふともも、いずれも痛みはするものの、とくに支障なく動かすことができる。

 そして、するどい鉄製の破片のようなもの……車のドアの一部だろう、によって貫かれていた、おなかもすでに傷はふさがっているようだ。

 あれから何日たったかわからないが……おどろくほどの回復力だ。といってもこれはめずらしいことではなかた。

 ものごころついたときから、病気とは無縁で、風邪ひとつひいたこともなく、ころんでできた擦り傷なども、すぐになおってしまったものだ。

 回復力が通常よりはるかにすぐれている。そういえば、あの男は言っていた。

 わたしの頭に直接語りかけてきた、あの男。彼がここへわたしを運び、治療をほどこしてくれたのだろうか。

 そして……そうだ。忘れてはいけない。

 七海透。

 彼はどこだろう? 彼もまた、この病院で治療をうけているのだろうか?

 ……。

 まさか……そんなはずはない。彼は生きている。生きているはず。

 たしかめなくては。

 腕にささった点滴の針をぬきさり、ベッドから立ち上がる。直後、貧血をおこしたように、気がとおくなるものの、もちこたえて、歩き出す。

 一歩踏み出すごとに、全身には電流がはしったように痛みがはしる。さすがにまだ、快癒とまではいかないようだ。しかしそれにかまってはいられない。

 ドアに鍵はかかっていなかった。部屋の外は冷たい印象の廊下がのびており、両壁に点々と、ドアがならんでいる。

 そのひとつひとつを、ノックして、返事もまたずにひらいて。しかしいずれも部屋の中は空、もしくはロックされていた。

 ふらつき、痛みに体をこわばらせながらも、捜索をやmることができない。七海の生存をたしかめるまでは、やめるわけにはいかない。

 しかし……。わたしは知っていた。ただ真実を直視したくなかっただけなのだ。

 そう。七海透はすでに、死んでいる。そして彼を殺したのは、ほかでもないわたしなのだ。

 あのとき……頭のなかで……男は言った。生きのびたければ、七海の命を食え、と。

 他人の命をとりこむことで、それを自らのエネルギーとする。超人類とはそうした能力をもつ種であるらしい。

 瀕死の状態にあったわたしが、唯一たすかるには、彼を殺すしかなかったのだ。

 しかし、わたしはそれを拒否した。他人を犠牲にして生きのびるくらいなら、自ら死をえらぶ、と本気であのとき、そう思った。

 そしてわたしの意識が死の闇の奥へと落ちていく、その瞬間、すべての思考、思想、概念、信念。そうしたすべてがとりはらわれた頭の中に、最後にのこったのは……。

 生への執着だった。

 生きたい。生き残りたい。ほかのすべてを押しのけてでも、ただ自分がだけが生きのびたい!

 おぼえている。空想のなかで、天にむかって手をのばし、ただそれだけを願っていたことを。

 しかし、願いはかなわずに、そのまま死んだ、はずだった。

 それなのに、今、わたしは生きている。なぜなのか。そう。わたしは今際の際に、まったく意識がないまま、手をのばしていたのだ。天ではなく、となりにたおれた、七海にむかって。

 わたしは偽善者だ。どんなきれいごとをいっても、最後にわたしがしたことは……。

 ちがう。ちがう。ちがう。それでも、まだみとめたくなかった。

 どこかで七海は生きている。そう信じていたかった。でないと、わたしは頭がおかしくなってしまう。

 ドアをあけ、また別のドアをあけ。

 目の前がまっしろになる。窓から射す太陽の光を直視して、何も見えない。気がとおくなる。

 ふらふらとよろめき、たおれ、冷たい廊下の感触をほおに感じながら、わたしは気をうしなった。


 ※

「超人類。私たちの仲間をさがすために、このおもてむきに特別教育プログラムとしょうしているプログラムは、数十年前からおこなわれてきたんだよ。 

「超人類はね、特殊な力、超能力をもっている場合がほとんどだ。だからわれわれは綿密な調査をおこなって、その兆候がある者のみを選びだし、最終的に一箇所にあつめる。

「その場所こそがあの洋館で、そこで私が、テレパシー能力をつかい、ひとりひとりの内面をみていくんだよ。最終試験とはつまりそういうことだったのだ」

 西行はさらに続けて言う。

「でもね、超能力があるからといって、そのひとが超人類であるとはかぎらない。それとこれとは別問題なのだ。

「七海、杏、桑原、カナ。それぞれと超能力を持ってはいたが、しょせん中身は凡人、旧人類にすぎなかった。だが君だけは違った。白河玲子。君は超人類だったんだ」

 ここで目覚めてから、ちょうど一週間たっていた。

 訪ねてきた西行はわたしにあの洋館でおこなわれていたことを教えてくれた。

「もうすっかり元気そうだな。顔色もいい。あの事故から二週間たらずで完治してしまうとは。ふつうならばどんなに早くても半年、最悪の場合、生涯にわたって後遺症になやまされても不思議じゃないほどの怪我だったのに。やはり思ったとおり、君は特別につよいちからの持ち主らしい」

「化け物、というわけですね」

「化け物か。くっくっくっ。そんなにみずからを卑下するようないいかたをするもんじゃない。いずれにしても、こんなに美しい化け物などほかにいないだろうがね」

 そうしてひとしきりわらったあと、一転、西行は真剣な顔つきになった。

「自分に誇りをもつんだ。きみはえらばれた、特別な存在なんだから。いいさ、その力をつかって、旧人類をいくらでもおそれさせればいい。そして服従させるんだ。その権利を君はもっている。その能力をたのしむんだ」

 西行とむきあい、落ちついたようすで、すわっている玲子。

 以前の彼女を知っているものが見たら、その変わりにようにおどろくにちがいない。その表情からは、つねにつきまとっていた暗い影がきえ、弱々しさがみじんもなくなっていた。

 代わりにそこにあるのは、自信。良いことも悪いことも、すべて受けいれたものだけがもつ、ゆるぎない自信だった。

「一週間、わたしは考えました」

 一語、一語、かみしめるように玲子は口をひらく。

「これから自分がどう生きていくべきか。普通とはあまりにちがう、この特別な能力を自覚してしまったからには、もうこれまでの暮らしにはもどれない。ふつうのひとのなかにまぎれ、生きていくことはできないと悟ったんです。わたしがいるべき場所。受けいれてくれるのは、同じ能力をもつ、仲間のところ。できることがあるのなら、そこでいかすべきだと思ったんです。あなたからいただいたお話。引き受けようと思います。西行さん、あなたのファミリーの一員にむかえいれてください」

 言い終えて、玲子は頭を下げた。

「いい選択だ。じつにいい選択だよ。もちろん。喜んで私とファミリーは君を家族としてむかえよう」

 玲子の言葉をうけ、西行は無邪気にほほえみ、よろこびをあらわにした。

「そうときまれば、さっそくファミリーに君を紹介しなくては」

 西行が声をかけると、部屋の外に待機していた教授が、包装された箱をもってきた。

「君がそういうだろうと思ってね。あらかじめ用意してあったのだ。すぐにこれに着替えたまえ。出かけよう」

「どこへ?」

「決まっているだろう。君の歓迎会だ。お嬢さん、いそぎなさい。もうすぐパーティーがはじまる時刻だ」


 ※

 エレガントでチャーミングな白いドレスを身にまとう、鏡台にうつるじぶんのすがたに思わずみとれた。

 自画自賛。

 他人が見たらあきれるだろうか。

 しかし、どう客観的にみても、今のわたしは美しく輝いていた。

 思えばずっと、目立ちたくないと、しずんだ色合いの、地味な服ばかり着てきた。個性を殺し、身をちぢこませるようにして生きてきた。

 けれど、もうそんなことをきにする必要はない。これからはわたしらしく、ありのままの姿でいてかまわないのだ。

 そのよろこびがきっと、自然に顔にあらわれ出ているのだろう。輝いているのはそのせいにちがいない。


「すばらしい。これほど美しい貴婦人に変身するとは。たしかに君は化け物、モンスターだよ」

 おおげさなジェスチャーで両手をひろげ、西行会長は、部屋から出てきたわたしを褒めそやした。

 そういう彼もまた、フォーマルスーツに着替え、シルクハットとステッキをもって立つ姿は、英国貴族のようにきまっている。

 それにしても八十をゆうにこえる年齢だという事実が、いまだ信じられない。

 超人類は普通の人の、およそ二、三倍は長い寿命をもっているそうで、なかでも特別に強い力をもつ会長のような人ともなると、外見をこのように、若いままでたもつことも可能であるというのだ。

 それからわたしと会長は、長さ四、五メートルはあるリムジンに乗り、都内にある会場へと急いだ。

 夕暮れに赤くそまる東京の街なみ。住みなれた街であるはずなのに、リムジンの窓からながめるその景色は、はじめて見るように新鮮だ。

 ここはわたしの知っている東京だろうか?

 高架下を流れさってゆく、あざやかな色彩。ネオン、ライト、電光掲示板、ヘッドライト、窓灯り。架空の未来都市にまぎれこんでしまったよう。立場が変わると、こんなにも世界は違って見えるものなのか。

 しかも混雑している時間帯であるはずなのに、渋滞に一度もつかまることもなく、快適な速度をたもったまま、車は走行をつづけて、ベイサイドにたつ、宮殿のようなホテルへと、たどりついた。

 高い天井、厚い絨毯、聖堂をおもわせるホールを、従業員らが頭を下げる中央をとおって、エレベータに乗り込んだ。

 車から降りて、ここまで、他の客の姿はいっさい見かけなかった。まるで自分たちだけのために用意された舞台のようだ。

 最上階で降りると、廊下にはカーペットが奥の扉までのびている。

「むこうにたくさんのファミリーが待っている。さ、いこう」

 そう言って、たくましい腕をわたしにむかって会長は差し出した。

「え」

 とまどうわたしにほほえみかけて。

「心配いらない。同種族のあいだでは、触れあっても何も起こらない」

 おずおずと腕をからませる。

 人と触れあう温もり。その安心感につつまれ、うっとりと酔ったような気持ちになりながら、わたしは歩く。

 扉のむこうから、ざわめきが耳にとどいた。

 ふたりで一緒に両開きの扉をおすと、はなやかな空気がながれこんでくる。

 無数の人々が広いホールをいっぱいを満たしていた。いずれもが、品格をそなえ、知性にあふれた美しい男女たち。

 そこに浮かぶ表情は、誰もが優しくほほえんで、私を心から歓迎しているのがわかった。かれらの仲間をむかえる、親愛の気持ちがつたわってくる。

 こんなあたたかい気持ちになるのははじめてだ。体じゅうが愛によって満たされていく……。

 あたらしい家族に乾杯!

 だれかがそう声をあげた。

 長い、長いあいだ、ひとりぼっちで淋しさに震えながら、ひたすら望みつづけていたものが、今、ここにあった。

 そう。わたしはついに見つけたのだ。

 友人を、仲間を、家族とよべる人たちを。

 さがしていた、居場所は今、ここにあった!

 ありがとう。

 ありがとう。

 その時、生まれてはじめて、わたしは知った。

 涙が悲しみだけではない、喜びでできているということを。


  end


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