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ソウル・サヴァイヴァー  作者: おたふく
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Day2

 Day2

 朝食はこれまたバイキング方式で、七時から八時半のあいだ、各自自由にとっていいということだった。

 七時ぴったりに杏が食堂にはいると、他に人はいなかった。一番乗りだ。

 すでにそろっている料理の中から、パン、サラダ、ハムエッグ、オレンジジュースと適当に、プレート皿に盛ると、他の生徒がこないうちに、急いで食べはじめる。

 できれば顔を合わさずにすませたい。とりあえず昨晩、会話もして、七海という少年とは仲よくなったけれど。正直、本当に親しくなりたいか、といえば、そうでもなかった。彼もまた裏に何かかくしているような、そんな陰湿さがあって、ふかく関わりあいにならない方がいい気がしたのだ。

 関わり合いにならないほうがいいといえば、あの白河玲子。漆黒のオーラをもつ彼女のことが、昨日からずっと、ひっかかって、今でも脳裏から消えてくれない。

 昨晩、遊技場でピンポンをしているときも、彼女が部屋にはいってきたとたん、具合がわるくなった。彼女から発散される気にのまれ、力をうばわれていくような感じがしたのだ。

 実際、たしかに、一緒にいると疲れてしまうタイプの人間というのはいる。オーラが視える杏にはそれがよくわかる。

 本人は自覚のないまま、人の精気を吸い取って、それを自らの養分としてしまう。まわりの人にすれば迷惑なことこの上ない、そうした人間は本当にいるのだ。白河玲子は、その力がけたはずれに強いのかもしれない。

 食事をおえて、本日のプログラムが始まるまで、いったん自室に帰ろうと、立ち上がりかけた時、食堂に誰かがやってきた。玲子だった。

「おはよう」

「おはよう」

 何気ない笑顔をうかべ、あいさつをかわすも内心は動揺していた。

 一緒の部屋に二人きりでいるなんて、とてもたえられない。早くここから出なきゃ。プレートをかたづけて、食堂を出ようとしかけ、ふと思いとどまる

 唐突に好奇心がわきあがったのだ。それはこわいもの見たさというやつだろうか、漆黒のオーラをまとう、その人間がどういった内面をかかえているのか、ふと、それを知りたいと思ってしまったのだ。

 それと将来、占い師をやっていくときに役にたつだろうという考えもあって、杏は思いきって声をかけてみた。

「ちょっと、話をしない?」

 一瞬、とまどいの表情をうかべ、玲子は杏の前のいすについた。

 間近で見る、玲子の顔。ととのった顔立ち。雪のように白い肌。しかしその表情には消しようのない暗い影がうかんでいる。

「わたし、手相の占いの勉強をしているの。よかったら見てあげる」

 適当な会話のあと、そう言った。といっても手相の本はたった一冊、ながし読みしただけだった。

 将来は漠然と占い師にでもなろうと考えている杏だったが、それも結局みずからのオーラが視える能力だのみで、そのための勉強などはとくにしていない。

 実際、さしだされた玲子の手のひらを見ても、いたって普通な手相だと思うくらいで、言うべきことも思いつかない。

 しかし、彼女の顔を見たときの直感を信じて、言ってみる。

「玲子さん。あなた……さみしいんじゃない? 孤独でまわりに信頼できる人もいないとか」

 その指摘はずばり当たっていたようだ。玲子の瞳が動揺し、かすかに揺れるのを杏は見のがさなかった。

「友達、両親、ともにうまくいってないみたいね」

 今度ははっきりと玲子はおどろきの表情をうかべた。

 なるほど。そうか。玲子の漆黒のオーラの原因は、彼女のかかえている深い孤独感が生みだしたものなのかもしれない。そうとわかれば、それほど怖がることもないのだ。

「心配しないで。思春期にはよくあることよ。そうね、アドバイスしてあげられるとすれば……」

 近づいて、さらによく確かめようと玲子の手をとって、その時、杏の体に異変がおこった。

 スッと血の気がひいて、意識が吸い込まれてしまうような感覚におそわれたのだ。思わず気をうしないそうになり、手をひっこめる。

「今、何をしたの?」

 杏はわれしらず、するどい調子で詰問していた。

 いっぽうの玲子のほうは何がおこっているのか、まるでわかっていないらしい。キョトンとした表情をうかべているだけだ。 

 過去に数度、貧血をおこしたことがある。学校の朝礼中のことだった。足元から力がぬけて、意識がうすれて、力なくたおれてしまった。あの時の感じとそれはにていた。けれど、それともまた違うもののような気がする。とにかく玲子にふれた瞬間に、異変はおきたのだ。

「どうかしたの?」

「なんでもないの。……ち、ちかよらないで!」

 心配して近づこうとする玲子から、杏は思わず身をひいた。わからない。けれど、玲子にふれてはいけない。それだけははっきりしていた。

「落ちつけば、治ると思うから」

 そう言って、杏は逃げるように食堂から出ていった。

 玲子の近くにいてはいけない。今、頭にあるのは、ただそれだけだった。


 ※

 突然、顔色がわるくなり、杏は出ていってしまった。

 どうしたんだろう?

 占いなんてこれまで信じたことなかったけれど、わたしの抱える孤独を言い当てられて、おどろいた。この人なら、わたしのことをわかってもられるかも。そう心をゆるしかけた、その時に、杏の態度は豹変した。

「近づないで!」

 突然のはげしい拒絶反応。その時の表情は、まるで化け物でも見るようだった。

 わたしが何をしたというの?

 思えば……そう。物心ついた時から、そうした体験は何度もある。わたしの体にふれると、何かを感じとるのか、だれもが反射的に身をひいて、今の杏のように怖ろしいものでも見るような目をして逃げていくのだ。

 理由はわからない。ともあれそうした結果、まわりから人が消えていくのだ。クラスメイト、先生、そして家族までもが。考えてみれば、両親と手をつないだり、抱きかかえられたりといったスキンシップの思い出さえもない。

 自分の手を見つめ、ため息をつく。何がそんなに嫌悪をいだかせるのか。ただ途方にくれるしかなかった。


 ※

 体力測定がおこなわれている中、カナの視線はずっと玲子に向けられていた。

 下着姿の玲子。顔だけでなく、しなやかに伸びた腕や足、首筋から背中にかけてのライン、なめらかな白い肌、と玲子はその全身も美しかった。いつまで見ていても、飽きるということがない。

 カナは昔から美しいものが好きだった。その対象が人であろうが、動、植物であろうが、芸術作品であろうが、もしくは無機物であろうが、関係なく。

 そんなカナの審美眼に玲子の容姿はまさにぴったりとはまった。理想におもいえがく女性の姿そのものだったのだ。

 彼女と会えた。ただその一点だけで、ここへ来てよかったと今は、思っているほどだ。

 しかし、何故だろう。と同時に、そばにいると、どこか不安な気持ちにもなるのだ。話してみれば、その内面はいたって平凡で、どこにでもいるような女の子にすぎないというのに。

 玲子のもつ何がそうさせるのか。おそらく、玲子自身も知らない、裏にあるもの。内にかくれた何かが、人を不安にさせるのだろう。とカナは勝手に推測しているのだが。

 しかしそうしたあやしさがまた、よりカナを魅力的にしているのも事実だった。

 いつからだろう。自分が同性にしか興味がないと気づいたのは。思いおこせばいつも、カナの目は美しい同性の少女を追っていた。

 最初はあこがれから近づき、友人となり、しだいにもっと深く知り合いたいと思うようになって、はじめて恋人と呼び合える関係をきずいたのは、中学二年生の時。

 今思えば、相手の子にとっては、異性と恋愛する前段階の練習のようなものだったのだろう。結局、本気で愛をもとめるカナの様子に怖れをいだいて、はなれていった。

 数ヶ月後、同じクラスの男子と街でデートしている姿を見た時の、ショックは今も忘れられない。

 そんなふうに何度も傷つき、時に涙をながしながらも、今も女性が好きなのに変わりはなかった。

 ?

 その瞬間。電流につらぬかれたように、ジーンと全身がしびれた。カナは時折、何の前触れもなく、こうした状態におちいる。そんな時には決まって、映像が頭に浮かぶのだ。

 今、脳裏に浮かんだ映像には玲子が。半裸の状態で部屋の真ん中に立ち、絶叫している玲子のすがたが映っていた。


 ※

 午前の体力測定と検査を終えて、午後からは面談がおこなわれた。

 どんな質問をされるのだろう。そんな不安をもってのぞんだ面談ではあったが、いたって普通な内容で、七海は拍子抜けせざるを得なかった。

 相手をしてくれたのは、例のふたり。麻木教授と准教授。相変わらず何を考えているのかわからない、無表情な顔で、どんな質問をしてくるかと思えば、その内容は、生い立ち、学校について、将来の展望などといったありきたりなものばかり。

 こんな質問をしたところで、何がわかるというんだろう。最終試験の意図とやらがいまだにつかめない。

 ならば逆にこの二人の内面をのぞいてやろうと、力をつかってみるものの、最初の時と同じく、考えを読みとることはできなかった。というより、二人の心は何もない、空白だったのだ。

 テレパス。自分がそうした力をもっていると、自覚したのは小さいころ。小学生にあがる前くらいだろうか。

 本を読んで知識があったせいだろう、七海はその能力を理解し、すぐに受け入れた。

 そして周囲の人にその力をひけらかすような真似は絶対にしなかった。誰にも内緒に、自分ひとりの秘密としたのだ。それがまわりに脅威をあたえ、ひいては迫害されかねないということが本能的にわかっていたから。

 ともあれその能力は、うまく利用すれば、役にたった。相手の心を読みとり、すばやく立ち回って、気の利くやつだと好意を得たり、逆に機嫌をそこねている相手から、一足早く逃げたり。テストの時は、優等生の頭の中を読んで、答えをカンニングしたりしたこともある。

 しかし反面、嫌な目にも多くあった。知りたくもない人の本音を前にして、幻滅したことは数限りない。

 親友だと思っていた相手が実は自分を嫌っていたり、好意をもっていた女子が裏では弱い者いじめをする意地の悪い面をもっているのを知ったり。厳格な先生が授業中、クラスの女子を裸にしていたずらする妄想を目の当たりにしたりした。そうした例がいくつもある。

 ひどい時は、勝手に次々と他人の意思が入り込んでパニックをおこしかけたこともあったが、今ではうまくコントロールする術を身につけて、それを遮断することも出来るようになった。

 ……。

 やはり……ここに自分が選ばれたのは、この特殊能力のせいかもしれない。

 杏、カナ、桑原、玲子。彼らをはじめて見た時に感じた、普通とちがう、何かをもっているという直感。その思いは、今、さらに強くなっていた。

 そう、彼らもまた、特殊能力をもっているのではないだろうか。だとすると。超能力者を集めて……世界的に影響力をもつ財団が、何かたくらんでいる? たとえば世界支配だとか何とか……。

 馬鹿らしい推測かもしれない。が、ありえなくはない。七海はそう思えてしかたがなかった。


 ※

 何事もなく個人面談はおわった。ありきたりな質問に、適当に答えて。それでおしまい。

 わざわざこんな遠くまでやってきて、最終試験とやらをするというからには、よほど、たちいった話になると、ある程度は覚悟していたのに、こんなんでいいのだろうか?

 まあ、いいんだろう。いずれにしてもどうでもいい。どうでもよかった。万が一最終試験に合格したところで、わたしはそれを辞退するつもりでいたのだから。VIPだろうが、エリートだろうが、そんなもの何の興味もない。

 夕食後、早々に自室へもどって、私はすることもなくベッドにねころんだ。相変わらず、誰かに見られているような感覚は続いている。朝から、晩まで、つきまとわれているようで、頭がおかしくなりそうだ。

 実際、私はすでにおかしくなっていて、たんにそういう妄想に取りつかれているだけなのかもしれない。そんなことさえ考えてしまう。

 …………。

 そしていつの間にか、眠ってしまっていた。

 …………。

 夢の中にいた。昨夜と同じ、薄暗いグレイの霧にみたされた何もない場所。

 視線を感じる。ここ、夢の中でさえも、わたしはその視線に監視されていた。

 誰が、何の目的で、どこから、わたしを見ているのか。その相手をさがして、わたしは空を駆けるように移動した。意識をとぎすまし、視線の感じが、より強くする方向へと進んでいく……。

 近づいている。それがわかる。あれは? 前方にたたずむ人影を見つけた。そのシルエットから察するに、年老いた、男の人のようだった。誰だろう?かなり高齢な、皺だらけの顔が見えた。白髪で、大きなスーツを着ている。

 あなたのなの? この館に来てからずっと、わたしを見ているのは?

 すると、その老人にある変化があらわれた。

 曲がっていた腰が伸びはじめ、白い髪が黒々とつやめきはじめて、肌からはシワが消え、なめらかな張りがもどっていくのだ。それはまるで逆回転のフィルムを見ているよう。老人は壮年、中年、へと瞬時に若返り、そして、いつのまにか、精気あふれる青年の姿になっていた。 

 鋭い目つき、太い眉、がっしりとした鼻に口元。日本人離れした、北欧貴族のような顔立ち。ギリシアの彫像のような、長身で筋骨たくましい、体つき。

 恐れ多くて、直視できない、そんな現実ばなれした威風を全身から発している。

 そう。彼なのだ。間違いない。わたしをずっと見ていたのは。

 あともう少しで、その男のもとに近づけると思った瞬間。ふいに接続が切れたかのように、ノイズが走り、全ては消えてしまった。何もないグレイの空間にただよう、わたしの意識。


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