第二十話 『日常へ帰るために』
二日後。
昨日は出陣の準備や作戦会議だとかで、将兵は忙しく動き回っていた。
俺は軍属じゃないからフリータイムだった。ひかるが赤鬼のような顔で俺の襟首をねじり上げ、「昨日の夜のことは忘れて。思い出したら脳味噌えぐるから!」と迫ってきた以外は、平和に過ごすことができた。
戦を前にして、文武の高官たちが謁見の間に招集された。もちろん、祓魔姫や客将である俺もだ。
女王様の訓示を受ける。イマジナリアの勝利が人間界の安定につながり、それが巡ってイマジナリアの潤沢な環境になっていくということ、それと一人でも多くの生還を祈るという話だった。
城の外に出た俺たちは、将兵が城門へと向かう石畳から外れ、ピュリウェザーから集団戦闘のレクチャーを受けていた。
「いい? 私たちは元々妖精たちより戦闘力が圧倒的に高いの。だから、身の安全を最優先にして闘っても十分戦力として活躍できるわ。そしてフェアリーシールドを持っているから、生存率も高い。イマジナリアの勝利のために私たちがすべきは、帰ってくること。一に生還、二に生還。オーケイ?」
「やることがシンプルでいいわ」
「私を含めてみんなを守る」
ひかるも詩乃さんも、真剣にピュリウェザーの話を聞いている。
「じゃ、そろそろ行きましょ」
三人は頷き合い、それぞれの浄心器を取り出した。
呼吸を整え、三人が同時に息を吸う。
「サモン・ピュリンセスガーブ!」
そして、三人同時にキーワードを唱えた。
光の柱が三つ。
私服から一瞬で祓魔姫の衣装に変化した三人は、互いの巫装を見届けると、再度頷いた。
パワーアップしてもらったはずだが、ぱっと見にはどこも変化がないように見える。
「で、どうパワーアップしたんだ?」
「うーん」
ピュリメックは一瞬言葉を探すような表情をした。
「パワーっていうか、破壊力はさほど強くなってない」
「え?」
「ただ……ウィルを引き出す効率がハンパなく高まってる」
ああ、確かに具体的な説明が難しいパワーアップだ。どうパワーアップしたのか、さっぱりわからない。
「私の場合だと、呪符に念をこめるのがすごく楽になって、呪符の投げ放題☆」
ピュリルーンは力の向上を肌で感じているようだ。
「想像力を鍛えるより技を乱射できた方が、手っ取り早くパワーアップできるのよ」
なるほど。新しい技をゲットしたのではなく、使用回数が増えたっていう感じで理解すればいいかな。
「行こう」
ピュリウェザーが、二人の若い祓魔姫を将兵が待つ味方の陣地へと促す。
城門に向かって歩く三人は、北欧神話に出てくるヴァルキューレのようだ。
彼女たちの五歩ほど後ろを歩き、三人の後ろ姿を見つめながら、羽根のように軽いフェアリーシールド製マントの存在を確かめる。
終わりにしよう。
帰ろう……退屈だけど平和な、日常に。
テンション最高潮のイマジナリア軍は、城門前に布陣した。一部の近衛兵のみ城に待機し、その他は全軍出陣という大軍だ。中央、右、左に三つの軍を布陣する、オーソドックスな陣形をとっている。通称、真ん中を中軍、右を右翼、左を左翼と呼ぶそうだ。
層の厚い中軍はピュリルーンの支援を受けて戦力を強化させる。
右翼には機動力の高い妖精が配置され、ピュリメックの火力を多角的に運用する計画だ。
左翼は混成軍だが、戦慣れしたピュリウェザーが指揮を執る。
俺はピュリウェザーのサポートとして、左の集団に配属された。
全軍の整列が完了したのを見計らって、ラッパが鳴らされる。
進軍を命令するメロディだと、ピュリウェザーが教えてくれた。
「私の計算では、敵はウノシーとダリーの補充が完了していない。四分の一ほど突出して、包囲殲滅を狙う」
ピュリウェザーの指令は即座に伝令され、俺の周囲の移動速度が上がった。
「運動会で騎馬戦ってやったことある? あれだと思えばいいのよ。突撃して、帽子じゃなくて首を取るの」
ピュリウェザーは早足で進みながら、当然初陣である俺を気遣って話しかけてくれた。
暫くして、前方からもラッパの音が聞こえてきた。地鳴りのような鬨の声が聞こえてくる。
負けじと背後からもラッパの音が鳴り響く。いよいよ、といった雰囲気がビリビリと伝わってきた。
「突撃命令ね。行くわよ!」
「はい!」
走り出した集団に遅れまいと、俺も魂を発動させながら走った。
全力疾走する先陣が、ダリーの集団と激突する。妖精界の軍隊の特徴は、騎兵がいないことだ。馬が自ら騎兵槍を持って走るので、背中に別な妖精を乗せる必要がない。
円錐形の長大な騎兵槍が、敵陣に並べられていた縦長の大盾を、ダリーごと刺し貫いていく。
いいぞ!
先陣が討ち漏らしたダリーは、後方の兵士たちによってしっかり倒されていく。
ピュリウェザーは、自軍が押し返されてはいないことを確認して跳躍した。そのまま右腕を敵陣にかざす。
「ウェザー・プロミネンス!」
彼女の掌から吹き出る炎の鞭。それは振り払う腕に従って地面を撫でつけ、ダリーたちを焼き払った。
俺たちの正面にいた敵軍は、ほぼ壊滅状態だった。将兵は草でも刈るようにダリーたちを圧倒し、敵は敗走を始めていた。
「すごいですね!」
俺がピュリウェザーに目を向けると、彼女の表情に喜びはなく、何やら首をひねっていた。
「おかしい……脆すぎる」
ピュリウェザーがちらっと一瞥をくれると、そこにいた鳶妖精がほぼ垂直に飛翔し、高空を一周すると、ひどく慌てて着陸した。
「ピュリメック様の軍が崩れています! ウノシーが中軍よりも多く配置されており、一点突破でピュリメック様の陣を突き破る算段である模様!」
「来た」
ピュリウェザーが舌打ちした。
「このまま敵中軍の向こうを通過してピュリメックの支援に行ける?」
「敵中軍はまだ多数健在で、危険かと……」
「バックよ! 転進!」
ピュリウェザーが叫んだ。
「味方中軍の後ろから回りこんでピュリメックの軍を助けに行く。伝令!」
彼女の周辺にいた小鳥たちが一斉に飛び立ち、陣の四方に散った。伝令を受け取ったラッパが鳴らされ、総員が回れ右をして今しがた突撃した方向とは逆方向に移動を開始する。千人からの集団行動は、時間がひどくかかる。回れ右と駆け足行進だけなら、うちの中学の連中の方がよほど早い。
「また、俺だけ先行して敵軍を攻撃するってのは?」
焦れて、ピュリウェザーに進言する。しかし彼女は首を振った。
「まだ君の力は使わないで。君にはやることがあるでしょう」
「やること……?」
「私たちが敵と接触したら、その時こそ軍を離れて、ピュリメックを助けるの」
「助け……って」
俺は彼女の言葉に戦慄を覚えた。
「それって、ピュリメックが負け……」
「負けるわ。高い確率で」
ピュリウェザーは言い切った。
「私は技を放った時に中軍を見た。それよりも多いウノシーが敵になっているとしたら、百体はいる。その一割でもピュリメックに差し向けられれば……」
俺は中軍の後ろに向かって駆け足しながら、ゴールを失ったような失望感に包まれた。
「だから……」
ピュリメックが進行方向を見ながら話を続けた。表情を窺い知ることはできない。
「もし間に合ったら、その時こそ君の力を使って道を切り開き、ピュリメックを助け出すの」




