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白物魔家電 楓(しろものまかでん かえで)  作者: 菅康
第三章 楓湖城の探険
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楓湖城の探検064

 どうやら時間をかけすぎてしまった。

 濃密な蒸気は、高温の白いカーテンとなって天井に達する。それは形を変えながら揺らめき、前方を覆い尽くす。


 今の位置からでは、装置どころか周りの黒騎士がどうなったのかも把握できない。

 

「くそっ! 中はどうなっているんだ?」


 蒸気の内側を把握できるのは楓だけ。

 そう考えて問いかける。だが、返ってきたのは絶望的な現実だった。


「……すでに制御装置の内部は暴走寸前なの、です。あの蒸気は膨大な熱量を引き受ける代償として発生し、かろうじて融解を防いでいるの、です」


 間に合わなかったのか……


「このままだと、どうなるか教えてくれ」


「はい、です。制御装置内側の動力源を冷ましている冷却水が減った後は、超高温の溶融体になると予想する、です。それは隙間から漏れ出して、周りに溜まった水の中に細かい粒となって流れ込むの、ですよぉ」


 楓の話を聞いて、俺は入れ物に満載したパチンコ玉をひっくり返したようなイメージを想像する。


 思ったほど深刻な状況ではない気がしてきた……


「そういえば大まかな話を聞いていた気がする……けど、高温の玉が水に触れると、冷めて固まるんじゃないのか?」


「違うの、です。流れ出した比重の大きい粒子に蒸気の膜ができる、です。それは、フライパンの上で水滴がなかなか蒸発せずに踊るのと同じ現象で、それを水中で起こすの、です……」


「へぇ、それでどうなるんだ?」


 危険だとわかるのだが、いまいちピンと来ない。

 怪訝な顔をしていると、楓は俯き気味になり説明を続けた。


「……その蒸気膜が断熱材の役割を担うの、です。超高温の粒子は、熱量を保持したままで幅広く水中に広がり続けて、きっかけひとつで衝撃波を伴って弾ける、です。それが連鎖的に一気に起こるの、です」


「ふーん。小さな泡が弾けるんだろ、その程度で……」


 俺の安易な呟きを遮るように、楓は顔を上げ声を荒げる。

 そして、衝撃的なこれから起こるであろう事実を叫ぶ。


「違うの、です! 数えきれない程の超高温粒子が弾けながら、更に細かくなり水中に拡散するの、です。むき出しになった粒子は周囲の水を全て一瞬で気化させる、です」


 ……え……?


「水は蒸発すると、体積が千七百倍程に膨れ上がるの、です。こんな岩盤の密閉空間で爆発的な膨張が起これば、内部は全てが吹き飛ぶの、です……」



 それを聞いて俺は言葉を失う。

 視線は蒸気の中心に向かう。だが、霞む奥は見えなかった。



 もうこれ以上は聞きたくない。

 ……しかし、楓の話は続く。


「それと、ここまで悪化してるとは思わなかった、です。だから……」


「………まだ……なにかあるのか?」


 なんとか口を開いて、楓に問う。


()()()制御装置の周りには、溢れだした水が大量に溜まっている、です。前はそのほとんどが排水されて、ここまでの状態じゃなかった、です」


「それがなんだって言うんだ?」


 周囲の水に問題があるのか?


「実は溢れた水が、水蒸気爆発の規模を格段に強める結果に繋がるの、です。それによって、予想以上に地下空間の大崩壊が起こり、結果ほぼ全域が厚さ数十メートルの岩盤によって完全に埋まると想像ができるの、です」


 ……えっ?


「ちょっと待て。岩盤に影響があるとは聞いていたけど、ここ全域が埋まるなんて……」


 聞いてない……ぞ……


「……状況が変わったの、です。旅館までを含めた巨大な岩盤に取り返しのつかない亀裂が入れば、上部ダム湖に貯まった水の重量に耐えられなくなる、です」


 ……なんだって。じゃあ、白楓はどうなるんだ?

 俺はあいつにここで……


「……俺は間違えた……のか」


 制御装置から離れれば、なにが安全だ。

 暴走が起きても、ここは広いから平気だと考えた……だが、そんな事はなかった。


 想像を超える規模だと、今更ながら理解する。

 途方もない事実と現実がのし掛かってきて、絶望感に包まれた……


 楓の話をもっとちゃんと聞いていれば、安易な考えなどしなかっただろう。そう、悪いのは俺だと、後悔の念が沸き起こる。


 

 楓はそっと横に並んで、顔を覗き込む。

 その表情にいつもの軽薄な調子はなく、俺の様子を伺いながら丁寧に話し始めた。


「ご主人……ですから……聞いて欲しいの、です……」


「……なんだ?」


「……もうご主人は充分にがんばったの、です。早くここから退散するべき、です。時間は……あまりないの、です。……お願い、です……」


 現状を一番把握しているのが楓だろう。それは間違いない。


 もちろんわかっている。いまからでも避難する選択が正しい事を。だが、その前にどうしても気になっていた事を確認する。


「……白い化け物はどうした。あそこにいるのか?」


 それは、消えた白い化け物の行方。


「あれは……制御装置の壁を……喰ってやがるのです。そのせいで中から急激に水量が減少しているの、です。周りに()()()()()()()()()()()の、です」


 くそっ、ちゃんと手前で食い止めていれば……

 あの時もっと早めに倒していれば。……悔やんでも悔やみきれない。


「あと、どのくらい時間が残されているんだ」


「ちょっと待って欲しいの、です」


 楓は目の上に手をかざし、蒸気の内部をじっと眺める。目を凝らした。


「……おそらく、あと一時間ぐらいは、()()()()()なら耐えられると思う、です。ただ……先ほども言いましたけど、白い奴が壁を壊し続けているので、早まる可能性が高い、です」


 一時間だと! そんな……



「何とかならないかにぃ? 今からでも白いあいつを倒して、制御装置の補修が出来れば……まだ、食い止め……」


 ずっと黙っていた小尾蘆岐から声があがる。

 それは訴えるように切実だった。だが、ここで楓の感情が爆発した。

 

「いい加減にしろ、です! このチビがぁ。これ以上、ご主人にどうしろと言うの、ですか? 何をさせるつもりなん、ですかぁ? 危険に引き込んだのは、お前なの、ですよぉ……」


 それは、今までになかった非難を含んだ言葉となり、小尾蘆岐に突き刺さる。


「うぅ……ごめんだにぃ……」


「……謝ってどうにかなるの、ですか? ずっとご主人は……」


 楓の怒りに当てられて、小尾蘆岐は項垂(うなだ)れてしまう。

 ……だけど、違うんだ。危険に巻き込んでしまったのは……

 

「止めてくれ楓。ここに来る()()をしたのは俺だ。だから小尾蘆岐を責めないで欲しい」

 

「千丈……」


「ごっ、ご主人……」


 旅館に溢れる黒騎士を見て、発生を止めるため中に入る選択をしたのは、他ならぬ俺自身。

 逃げ道をここ制御装置に求めたのもそうだった。

 非難を受けるべき対象は……俺だ。


 だが楓と小尾蘆岐は、ひと言だけ俺の名前を呼んだ後に何も言わなかった。

 責められた方が、気持ちは軽くなるのにそうはならない。


 数々の問題が脳裏に浮かぶ。

 制御装置崩壊の事実。地下空間崩落の危機。追い払ってしまった白楓の事。岩盤の影響で起こるダムの崩壊。流出した洪水で起こる下流域の被害。

 そして、小尾蘆岐の父親が浮かんでは消えていく……


 本当に偶然の積み重ねで、ここに導かれている気がする。


 いったい、なんのために俺はここにいるんだ?

 ただ黙って、最後まで結末を見続けろとでもいうのだろうか……



 肩に乗る小尾蘆岐の脚が震えていた。

 相変わらず小さい魔女は臆病だけど、騒ぎ出すことがない。取り乱すことはなかった。

 ただ黙って、声を押し殺して泣いていると思った……


 俺は視線を上げて、その表情を見る。

 小尾蘆岐は黙って蒸気の中心を見つめ続けていた。

 その表情に諦めている感情(いろ)はない。それに泣いてなどいなかった。

 続けて顔を横に向けると、楓も黙ってこちらを見続けている。


 ……諦めているのは、俺だけだった。

 だめだな、これじゃいけない。


 気持ちを切り替える。俺達に出来る事を考える。取れる手段を行使する。

 それしかないし、そうしてきた。

 そのために……冷静な状況分析を今、始めよう。

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