楓湖城の探検063
小尾蘆岐の持つピンクの替えシャツを白楓に着せる。小さな体躯に少し大き目の衣類は、まるでポンチョを被せているような感じになった。
よし、これでいいか……
「じゃあ、俺達はもう行かなくちゃいけない。ここは危ないから、離れた場所で元気に暮らせよ」
そっと銀髪に近い頭髪を撫でながら話す。
……実にさらさらだ。
「千丈……この子を独りぼっちで、こんなところに置いていくのにぃ?」
「……ん、まあ……」
もし、全身真っ白の赤い目をした幼女を連れて歩く場合を想定してみる。当然、白楓について色々聞かれるだろう。
その時、俺はどう答えるべきだろうか?
兄妹と答える。
……相手を納得させる自信など当然ない。
従妹と返答する。
……どんないとこだよ。人種も説明が出来ねぇ!
たとえ外国人だと言い張ったところで、外人すら珍しい俺の街では、この容姿は注目の的になる。
道を歩けばきっと警察官にパスポートとか、身分証明の書類を提示するように求められるだろう。
もちろんそんな物があるわけがない。
外国人身分証明書の不携帯。いや在留資格カードかな?
……細かい事はどうでもいいいけど、これだけは確実だ。
国家権威からの職務質問を受ける。
そして、連行されるだろう……
……色々考えたが、白楓は連れていけないと、俺は結論付けた。
「ここで別れるのがお互いの為だよ。それとも何か良い方法でもあるのか?」
「……そんなの僕にはわかんないにぃ。でも、ここは……寂しい場所だにぃ」
そりゃ、ごもっともだ。でも、
「寂しいとは限らないだろう。黒い動物もいる。他にもなんだかよくわからんモノが大量に溢れるワンダーランドだぜ。千葉県にあるのに、東京の名を冠するテーマパークを越えてるぜ」
夢の国ならぬ、悪夢の地下空間だけど……
「それ本気で言ってるのかにぃ?」
意外と本気だったりする。ちなみにリピーターになるつもりはない。一見客で十分満足だ。
顧客満足度が高すぎて敬遠したい。
「とりあえず、この世界は俺らの常識と大きく違う。こいつもここで生まれた以上は、何らかの理由があるんじゃないのかな? えっと、黒騎士を統括するお役目があるとか……」
たぶんな……
「そうなのかにぃ?」
知るわけないじゃん。
……あぁ、もう面倒だな。
「それよりも、だいぶ時間が経過しちまった。白い化け物が何処に行ったのか不明だし、制御装置の現状をさっさと確認をしないとまずい。……そんな所に、こいつを連れていけないだろう?」
「……確かに、こんな小さな子を危ない場所に連れてはいけないだにぃ」
小尾蘆岐は納得したようだった。
その声を聞いて、視線を制御装置の方角に向ける。
段斜面の影響で直接目視ができないが、先にそれはある。目的地に足を進め……って。なんだよ!
「うあぁあ……」
白楓が裾を掴んで離さない。
驚くほどの握力で握られていて、無理に振りほどくと服が千切れそうだった。
「ほら、もうお前は自由だぞ。離してくれよ。……力もある程度、満ちただろう?」
白楓の視線は必死そのもの。
まるで俺と小尾蘆岐の会話を理解して、引き止めようとしているようだった。
対処に悩んでいると、楓が口を挟んでくる。
「やっぱりぶちのめして捨てて来ましょう、です。鬱陶しい、ですよぉ!」
「お前、なんだかずいぶん辛辣だな?」
「なんかムカつく顔してるん、ですよぉ。メスの匂いがプンプンするの、です。ご主人に近づくための魂胆が伺えるの、ですぅぅ……ムキィィィ……」
うっさい奴だな。
たぶんイラつくのは、お前の顔そっくりだからだろう……
俺から見ると、楓の方が悪巧みしているように感じる。むしろ白楓の方が素直そうだけど……
しかし、いつまでもこうしている訳にいかない。
俺は屈んで、白楓の瞳を真っ直ぐ見つめる。
「わりぃ。俺達はこれから、ちょっと危ない所に行かなくちゃいけないんだ。だからお前を連れてはいけない。わかってくれないか?」
「うぅ、いあぁぁあぁ……」
白楓は首を左右に降って嫌々を行う。
やはり知性が芽生え始めている。俺の話を理解しているようにしか見えない。だが、これならいけるか……
俺は大きく息を吸い込んだ。
「だからぁっ! ダメだっていってんだろうがぁぁぁぁ! さっさとどっかに行けって。ほらぁ、あっちだって!」
俺は声を荒らげて叫ぶ。
その豹変ぶりに白楓は小さく震えて、半歩分の距離を開ける。
「ふぁ、ぁ、ぁぁぁ……」
限界までその紅い瞳を見開く。
口は空いたり閉じたりを繰り返す。……だがそれ以上離れようとしない。
「おらぁ! さっさとあっちに行けぇっ!」
硬直する白楓に向けて、旅館の方向を指差しながら更なる大声を張り上げる。そして、
「ふえぇ……えぇぇん……」
「うぐぅ。にぃぃ……ぐぅぅっ……」
「ひぃぃいぃぃぃ! でづぅぅ……」
二度の怒声に当てられた白楓は、涙を溢れさせながら背を向け駆け始めた。
ついでに頭上と背後からも、泣き声が聞こえる……って、なんでだ?
「……なあ? なぜお前らが泣くんだよ……おっと! 楓あそこに打ち込め」
距離の空いた白楓に向けて砲撃を指示する。
もちろん直撃させるつもりはない。狙っているのは足元だ。
楓は慌てながら手近な煉瓦を掴んだ。そのまま、アンダースローの投球フォームで投げる。
放たれた石は高音を発し、狙った場所に着弾。盛大な土砂を巻き上げた。
その影に隠れて、白楓は見えなくなる。
「よし、行くぞ!」
「うぅっ、うんにぃ……怖かったにぃ」
「そんなに怖かったのか?」
俺の問いかけに、小尾蘆岐は全力で頷いている感覚が伝わっる。ふと横を見ると、楓も同じようにしながら並走していた。
ちっ! こいつらは……本当にムカつくな。
……しかし、これでよかったんだよな。
もし制御装置が崩壊しても、ここが完全に崩壊するとは思えない。きっと離れていれば助かる……そう考えた。
ほんの少しの時間しか関わってないのに、こう……感じてしまうのは実に不思議な感覚だ。
元気で過ごして欲しいな……
俺は後ろを振り返ることなく、制御装置に向けて駆け続けた。
小尾蘆岐は名残惜しそうに背後を振り向いているが、白楓の姿は見つけられなかった。
……かなり驚かせたから。もう戻って来ないだろう……
そんなことを考えながら移動する。
無言で進むと、前方に違和感を感じた。
「なんだあれ、湯気かな?」
「……うげぇ! ご主人ぃ、あっちにはいかないで、迂回をお薦めするの、です」
急に慌て始めた楓は、俺の腕を掴んで進行方向を無理やり変えさせた。
そこは濃密な蒸気のようなものが立ち込めている。
……どうやら、そこへ行かせたくないようだった。
「どうしたんだよ急に、あの湯気がなんだっていうんだよ?」
「あれに触れると、ただじゃ済まないの、です。前方に見えるのは飽和蒸気の層で温度は百度以下。その奥は過熱蒸気で百度以上になってるの、です」
さっきはこんな状態ではなかった。
明らかに制御装置に異常が発生している。蒸気までまだかなりの距離があるにも関わらず、伝わってくる熱気に目を細めた。