楓湖城の探検061
どうやら俺は、せっかく考えた手段を妨害されて、頭にきていたようだ。
いつもなら怒るけども、八つ当たりなんてしない……と思う。
下らない言い争いをしている場合じゃない。忘れていた。
直面する現実に、嫌が応でも気がつく事になった。
「いい加減に諦めて、あいつと遊んでこいぃ」
「ふざけるなにぃ! そんな事ができるかぁ。それに、あんなちっちゃな子に砲撃をする方がおかしいだにぃぃ」
「だから、それには……」
「……えっ、えぐぅ……」
その音は、すぐ背後から聞こえた。
まるで幼児が嗚咽しているかのような声が、現実を伝える。
……争っている場合じゃなかった。
全力で駆けながら気配を探ると、それは背後に居る。
小刻みな足音は、約二メートル程の距離を保ち追走をしていた。だが、それ以上は近づいてこない。
理解したのはそれだけ。そして、頭上の小尾蘆岐が、状況を伝えてくる。
「……ねぇ千丈。なんだか悲しそうについてくるだにぃ……」
「悲しそう……だと?」
その姿を確認する為、俺はゆっくりと振り返った。
背後の白楓と目が合う。視線が交差すると表情は一変。感情が爆発する。
「えぐぅ……うわぁぁあぁん!」
白楓は大きな瞳を更に大きく広げる。全開に見開いた。
湛えていた涙は溢れだして流れ落ちる。感極まった大声を上げ、泣きじゃくって声を荒げながら飛びかかってきた。
もはや避ける事など出来ない距離。
小さな体躯が跳ね上がり、両手を突き出して迫って来る。
外見に重量感を感じないが、放つ迫力は大きな白い化け物に匹敵する。
……あぁ、終わった。間に合わなかったか……
そう思った時、空気を引き裂く轟音が轟いた。
その音が耳に届くが、白楓の視線は俺から動かない。
そこに至るまでの時間は、まるでスローモーションのように感じた。
指示などしていなかった砲撃は、俺達をその射線に捉えながら白楓に向かっている。
「小尾蘆岐ぃ。頭を低くするんだ!」
「ひぃぃぃいぃ……」
砲撃の通過地点に小尾蘆岐の頭部があった。俺は慌てて屈む。高速の弾丸を避けようとした。
「うあぁぁ……ぐうぅぅ……」
頭上ギリギリを通過する砲撃が、唸る白楓に迫る。
楓との距離は縮まり、砲弾速度は遥かに跳ね上がっていた。
いきなり目の前に現れた砲弾に驚いた白楓は、弾くことは出来ないと判断し、腕を交差させて防御体勢を取った。
そして腕の中心に炸裂。吹き飛ばした。
目前で起こる衝撃波は凄まじい勢いで迫る。瞬間的な圧力で俺達も吹き飛ばされた。
舞い上がる粉塵の中。
頭上の存在を心配した俺は、転がりながら声を上げる。
「……ごほっ。おいっ小尾蘆岐ぃ。平気かぁ?」
「頭はちゃんと付いているにぃ。無事だにぃ!」
どうやら小尾蘆岐に被害はないようだった。
そうだ、白楓はどうなった……?
立ち込める粉塵が視界を覆う。
徐々に薄まり始めると、そこに立つ人影を浮かび上がらせる。それは……
「お前はなん、ですかぁ? チビすけが増えているの、です」
耳に届くのは楓の声だった。
どうやら、砲撃と同時に移動をしてきたようだ。
そして、塵の幕が晴れて視界に入るのは、白楓を足蹴にして踏みつけている光景。
「……楓、いつの間に……」
「迎えにきたの、ですよぉ。でぇ、こいつはどうしてくれよう、ですかねぇ?」
「どうするって……」
楓は己に酷似した存在を見下す。
それは、いつでもお前を殺せると眼で訴える。その圧力を前に、俺はどう答えていいのか逡巡する。
空白の時間を衝いて、白楓は暴れ始めた。
「……う、むがぁぁあぁぁぁぁっぁあぁぁぁ!」
楓の脚を殴る。引っ掻く。全身を動かして、楓の拘束を逃れようともがき続ける。
腕は受けた砲撃により皮膚表面が吹き飛び、細く白い骨が剥き出しになっていた。周りの肉からは真紅の血液が迸り、楓の衣類に飛び散って赤い斑模様へと変える。
踏みつけたままの楓は動かない。どんなに暴れても微動だにせず、無表情で足元の存在を見つめ続けた。
「うぐぅ……これはちょっとにぃ……」
小尾蘆岐は直視に耐えられないと視線を反らす。
さすがに俺もこの光景を見て辛く感じる。……だが、目を背ける事などできない。
こうなったのは予想外だが、こうするのが俺の狙いだった。
「……なあ、楓。こいつはどうしたいんだと思う?」
俺の問いかけに楓は答える。現実的な答えを。
「わからないの、です。踏み潰せと指示をもらえれば、すぐにでもそうするの、です」
ああ、そうだな。
俺の指示ひとつで、この白楓を殺すことが出来る。
だけど、もう充分だ。これなら……
「……千丈にぃ?」
俺はそっと楓の足元にしゃがむ。
じっと白楓の真紅の眼を見つめた。すると暴れるのを急に止めた。……やはりな。
「う……あぁぁ」
「なあ、わかるか?」
今度は白楓に俺は問いかけた。それは確認の意味だった。
少し罪悪感があるけど、これも仕方がなかった。人外の存在が、元気なままで飛びかかってくれば。白楓に悪気が無くても、俺は死んでしまう……