楓湖城の探検060
「うわぁあぁぁあぁあぁあぁぁぁぁあぁぁん……!」
白楓は大号泣をかましながら追いかけてくる。
「ぎゃぁぁぁあっぁぁぁあぁっぁぁぁぁっぁぁぁぁぁあぁぁあ゛……」
「ひゃぁぁぁだぁにぃぃぃぃぃぃぃいいぃぃ……」
全力の叫び声を上げながら逃げまどう俺達。
……なぜこうなった?
楓の放った砲撃は、確かに白楓の胸部中央付近に命中した。
そして吹き飛んだ。そう、まさに大きな弧を描くように飛んでいったのだ。
そこまでは良かった。
確認をして、その場を離れる……
そして、鼻を啜るような音が聞こえる。
その後だった。軽快な足音を響かせながら、泣き声が迫ってくるのに気がついた。
うっかり振り返った俺は、赤い瞳に涙をいっぱい溜めて号泣する白楓と目を合わせてしまう。
次の瞬間、両手を前に伸ばし更なる全力疾走を始めやがった。
迫りくる恐怖感で、アドレナリンが脳内を駆け巡る。全身の毛穴が全開となった。
マジでやばすぎるぅぅぅ……っ!
「こっ、コオロギぃぃぃ! 砲撃を指示しろぉぉおぉ。あの白いのを止めるんだぁあぁぁぁぁぁ!」
「ひぃぃぃいいぃぃ。嫌だぁぁにぃ! あんな小さい子にそんなことぉ出来ないだにぃぃ。やるなら千丈がやれぇ!」
……こんの偽善者が! くそぉおぉぉ!
精度は落ちるけど止むを得ない。前を向いたまま目見当で背後を指差す。多少の誤差修正は楓がしてくれるだろうと踏んでいた。指示に基づく攻撃はすぐに始まる。
「ぶち当たれえぇぇぇぇぇぃぃ!」
狙い通り複数の砲撃が白楓に迫る。
頭上を通過して後方に向かう攻撃に頼もしさを感じた。だが、それが命中する重い衝撃音は聞こえなかった。
届くのは弾かれる音。そして、時間差を経て遥か遠くに着弾する衝撃音だった。
……何が起きたんだ?
「うぁあ! ……あっちの楓ちゃんは、手で砲撃を弾いてるだにぃぃ……」
「え゛……マジで?」
手で弾く……?
そんなに弱い衝撃では断じてない。
あんな幼児の細い腕だと、触れただけで吹き飛ぶ筈だ。
……こうなったら。
「うぅぅ、くそぉぉ。これで、どうだぁ!」
全力疾走中に腰を落とし飛び跳ねた。
空中で反転し、真正面から向き合う体勢に変える。
そして叫びながら攻撃を指示。
「おらぁ! これでも喰らえぇ!」
砲撃の着弾確認を自身の目で確認。対処の道筋を探る。
放たれた砲弾は、真っ直ぐに白楓へと突き進む。やがて小柄な身体に衝突……その寸前で、眼光を一際赤々と輝かせた。次の瞬間に両手が霞んだように見えた。
……そこで軽い音と共に攻撃は弾かれる。砲弾は進行方向を変えて遥か彼方へと消えていく。
その様を見続ける……
「マジかよ! ちきしょう」
「ほぉらぁぁ、僕の言った通りだにぃぃ」
「じゃかあしいわぁぁ。それより早く何とかしないと捕まるぞ!」
「どうしようもないだにぃよ……ひたすら逃げるしかないだにぃ。あんな子に暴力はいけないにぃ……」
くそぉ。今はまだ不味い!
「今度はこれだぁ!」
白楓の方向に両手を向ける。
指差すのはお互いの間で何もない空間。そこに攻撃が交差するように指定する。
飛来する砲弾同士は中間地点で接触。空中で分裂して無数の破片と化す。数えきれないほどの散弾が、白楓に襲い掛かった。
……どうだ、これなら弾くのは不可能だろう。
白楓は両腕で顔を守る体勢を取る。
前方に飛び込むようにして、散弾に触れる表面積を最低限に抑えた。
高速で飛ぶ破片は腕に、肩口へと突き刺さる。無数の穴を開けた。だが、速度は保たれたまま。
しかし、
俺の目的は視界を覆う体勢を取らせる事だった……
こいつは、手で石の砲撃を弾くような化け物。
散弾のように小さくなった石は、あいつにとって小蠅の群れのようなもの。これぐらいで倒せるとは考えてない。
だから、本命は……
「あぁっ、危ないだにぃぃ!」
「んなっ……なんですとぉ!」
小尾蘆岐が叫び声を上げる。
その声に反応した白楓は、空中で前転を行う。対軸を変え、姿勢を強制的に切り替えた。
時間差で放った砲撃は、背中を掠めて地面に炸裂する。
「お前ぇぇぇ。なっ、何してくれてんだよぉ!」
「だってだにぃ。あんなのが当たったら可哀想だにぃ!」
「だからぁ、当てようとしてんだろうが。くそぉ!」
散弾の目くらましを行い、その隙に次弾を仕込む。
最大級の砲撃を命中させるための手段だった。
白楓が目で視てから、行動の判断しているのは、先ほど弾いた瞬間に確認している。だから、散弾の手段を講じて視界を塞ぐ。次の攻撃で、確実に捉える筈だった。
そんな目論見も心優しいのか、アホなのかわからん偽善者によって妨害された。
……くっそぉ。絶対に捉えて、これで足止するつもりだったのに。
「……くっ。駆けるぞ!」
長かった滞空時間も終わりを告げる。
地に足を着けると同時に、全力で駆け始めた。ただ、逃げ切れるとは思えなかった。
速度は明らかに白楓の方が上。
これだけ小回りが効く相手との戦闘はしたことはない。それに、どんな攻撃手段を持つのかも不明。
ただ、あの細腕に捕まれば終わりだ。
……体に突き刺さって身体を突き抜けるイメージが、ありありと脳内に浮かぶ。……さて、こうなったら仕方がない。
「小尾蘆岐……小さい子は好きかな?」
「すきだにぃ。それがどうかしたのかにぃ?」
「イヤァ~べつにぃ。ちょっと聞いてみただけだよ」
「……ねぇ。僕を囮にして、どっかに行くなんて言わないだにぃよね?」
「…………ッ!」
……なんでわかったんだ。こいつはエスパーか?
「おいぃっ! 答えるだぁにぃぃ」
うっせえな!
大事なのは、小尾蘆岐がどれだけ時間を稼いでくれるかだ。
よし、実行あるのみだ。
「では、答えてやろう。さらばだ小尾蘆岐!」
きっと、こいつは大丈夫。
根拠はないけど、気を引く役目ぐらいは果たせる。
そう考えて脚に手をかけて引きはがそうとし……あれれ?
「絶対にぃぃ。は・な・れ・な・いだにぃ!」
「てんめぇぇぇ。俺の腕に何しやがった!」
力が入りません。くそぉ……なら。
「こらぁ! 後頭部で腹をどつくなだにぃ。痛いにぃぃ」
こうして背後に迫る、小さく白い存在を無視し、無益な争いを俺達は続けたのだった……