楓湖城の探検059<挿絵あり>
打ち込み続ける楓の砲撃は、止むことがない。
赤く立ち込める濃い血霧の中へと砲撃が吸い込まれては消えていく。
そして、続くのは着弾の重い響きだった。
これは、白い大型化け物の位置がわかるので、指示し続けている俺のせいだった……
無駄とわかっていても、優勢な状況は止められない。
……しかし、楓はどうやってこれを投げているのだろうか?
投げて、また拾ってを繰り返していたら、連発なんて絶対に無理だろう。
遠すぎるのでどうやっっているのかわからない。
けど、まあいいや……
「ねぇ千丈? あの中って、どうなっているのかにぃ?」
血霧内部の様子は、小尾蘆岐に全くわからないようだった。
「うーん、わからんなぁ。はっきりと見えないし……でも不思議とあいつの場所だけわかるんだなぁ、これが……」
一切の容赦をすることなく、機先を制するように打ち込み続ける。
右に、左と狙いながら動きを牽制。命中する度に、濃密な血煙が舞い上がる。
「言われてみると、確かに体躯は小さくなってきているようだな。狙うのも、だんだん難しくなってきた……」
「もう僕には全くわからないだにぃ。それよりこの血に強い腐食性があるだにぃ。ちりちりが凄いにぃ」
ちりちり? うーん付着した部分がやられていると言う事かな?
全く厄介な化け物だ。
触るのもダメだし、遠くから傷を負わせれば舞い散る体液で腐食させられる。
小尾蘆岐の回復力がなければ、俺はすでにボロボロだろう。
……よく見ると服の傷みが酷いな。小さな穴だらけになっている。
帰りの公共交通機関はどうしよう。乗車拒否をされないだろうか?
うん、ちょっと離れるか……
その時、血霧内部の違和感を感じ取る。
それは白い化け物が、動かなくなった事だった。
もちろん楓の攻撃はちゃんと命中し、一撃が炸裂する毎に反応はする。
だが、逃げようとも、向かってこようともしなくなった。
……ひょっとして、弱っているのか? だが、何かがおかしい……
その様子に嫌な予感を感じた。
背中を伝う汗が、俺にそう伝えてくれる……
「小尾蘆岐……ちゃんと掴まれよ。なんだか怪しい……」
距離を開けるため、砲撃を中断して斜面を反対に降リ始める。
「ふえぇ、今度はなんだにぃ?……っんなぁあぁ!」
小尾蘆岐が疑問を呟く……次の瞬間それは悲鳴に変わる。
動かなくなった白い化け物は……突如として爆ぜた。
爆発によって爆風が発生。それは周囲を覆っている血霧を吹き飛ばす。
一面に撒き散らされるのは、血と肉片の雨。それらが全方位に降り注いだ。
……あっ危なぁ! 離れて良かった。
近くにいたら体液と肉片の直撃を浴びてしまう所だった。
直感はすごく大事だなと改めて認識した。
だが……ついに白い化け物を倒せた。長い戦いにも終止符が打たれ……
「やっただにぃ……か?」
「わからん。けど、これで制御装置に……ん?」
辺り一面に焦げた臭いが充満し、降り注ぐ赤い雨は頭部を、皮膚を、衣類を腐蝕させる……
そんな中。
……前方には、俺達の視線を釘付けにさせるなにかがある……
終わったと思っていた……
だけど、違った。
俺は大きな勘違いをしていた。
何が光る輝点だ。弱点だ……
明らかに違う存在だったじゃねぇか。
この白い化け物は、黒騎士を捕食して大きくなったとばかり思っていた。
ただ、成長の一因はそれもあるだろうけど……そうじゃない。
これは最初っから大きかったじゃねぇか。
なんでだろう?
……そう、内側に何かがあったからじゃないのか?
答えの出なかった疑問が、今ここに具現化する。
先ほどまで血の霧に覆われていた場所に立つのは……
白い女が独りだった。
いや、女性なのかどうかも正直怪しい。
その形態がそうだった……そう見える造形をしている。
白い肢体に、長い白髪。小柄な幼女だ。
その……
ささやかな胸の膨らみは、あいず先生のストライクゾーンだろう。ロリコンの好む要素が満点だ。
じっとこちらを見つめる大きな瞳には、俺達が映り込んでいる。それは十メートル以上の距離があってもわかった。
真っ白な全身に、瞳の光彩だけが紅く輝やく。
うつろな瞳が向けられるのは俺達……いや、俺か?
「楓ちゃん?」
「いいや、違う。楓の筈が……ない」
そう、見た目は楓に瓜二つだった。
それは色素が完全に抜け落ちた、幼女の楓……そんな姿をしている。
「なんでだにぃ? あんな化け物がこんな姿になるなんて、これを攻撃するのかにぃ……うぅ……」
小尾蘆岐が迷う気持ちは、何となくだが理解は出来る。
異形の生物群は、攻撃になんの躊躇も起こさせない。そう、知性を感じさせないモノが相手ならだ。
だが、目の前にいるモノは違った。
俺を認識すると首をほんの少し傾ける。不思議そうにこちらを伺う仕草に変わった。
やがて視線の焦点が定まると、その瞳を大きく見開く。その表情に敵意は皆無。
驚きから喜悦が混じったような不思議な表情に変貌した。
……うん、ちょっと生々しすぎる。だが……
「外見に騙されるなよ。元が何だったか思い出せ。あれは化け物だ!」
「そ、そりゃ、そうだにぃ……だけどにぃ……」
「このまま動かないなら放置してもいいんだが、とてもそんな感じでは済まなそうだ……」
白い楓は足を前に出す。一歩を踏み出した。
衣類を全く着用していない姿は、大理石の彫像が動いているようだった。
そうだ。生まれたばかりのこいつには、白楓と名前を付けよう。
……楓と区別がつかねぇぇぇ! そう8先生に怒られたくない。
あの人、拗らせた楓マニアだから……
「向かってくるだにぃ……ううぅ、どう……」
「ああ、どうするもない。こうするのが一番最適だろうな」
俺は白楓の腹部中央を指差す。
……殺れ楓オリジナルよ! さようなら白楓。
「よし、逃げるぞ!」
「へっ? うえぇぇぇぇえっぇっぇぇにぃぃ?」
遥か彼方から空気を引き裂く轟音が轟く。
それに向かって駆け始める。顔の横を突き抜ける砲撃は白楓に一直線に向かって突き進む。
横目で確認すると、白楓は避ける挙動を示すことがなかった。
やがて狙い通りに命中した……
「おぶぅ!ぅぅぅうぅぅぅぅぅうぅ……」
ずいぶんと想像した着弾音と違う……なぁ……
まあ、ちゃんと命中したので良しとしよう。
……しかし、あれは、なんだったのだろうか?