楓湖城の探検058
「さっさと回復しないと骨になるぜ」
……俺の腕がだけどね。
あと、お前マジで早くしないと禿げるぞ。
「うぅ、いたぁぃにぃ。すぐにするだにぃ……」
腹這いの姿勢から立ち上がる。
白い肉と血飛沫が付いた腕も、一振りで肉片は飛び散る。
血液もすぐ蒸発して消滅。
腕には火傷のような痕。それが痛々しく残る。
だが、それも小尾蘆岐の力で徐々に修復が始まった。
相変わらず、この感覚に違和感を感じる。
自分の意思と無関係に皮膚が蠢くのは、正直に言って気持ち悪い。
そんな事を考えながら化け物を見据える。
楓の攻撃で与えたダメージも、すでに周りの白い肉が塞いでいた。
化け物は何事も無かったかのように身体を起こし、大きな口を開ける。
息を大きく吸い込んで、再び狂声の暴力を……
「きぃぃ……」
「うっるせぇぇぇ!」
化け物に負けじと大声で叫ぶ。
同時に真っ赤な口腔内を両腕で指し示す。
次の瞬間には大量の砲撃が炸裂する。
「うぼぁぁぁぁあぁ」
……ちっ。ここでもない。
眼を凝らすも、ここに狙った物はなかった。
あり得ないほどに首を反らして呻き声を漏らす。
それは攻撃の叫びではなく苦悶の悲鳴を。だが俯くと、次の瞬間に飛びかかってくる。
間接的な攻撃手段を棄てた化け物は、直接の対峙を狙う。突撃に移る。
捕まっただけで俺たちは終わる。けど……
すでに、その動きを予見して充分な距離を取っている。
……そう簡単にいくわけねぇだろうが。さて、次はどこだ。
「おぉぉ。おぼあぁぁ……」
与えた傷により、口からはくぐもった音が漏れる。
奇声を発しながら化け物は諦めずに向かい続けた。
大きな体躯が動く振動を背後から感じつつも、先行して駆ける。それを追う化け物が続く。
振り返らずに走る俺に、背後を警戒する小尾蘆岐が声を上げた。
「だいぶ顔が崩れているだにぃ」
顔はどうでもいいや……で、
「腕の方はどうだ?」
「見た感じは治っているにぃ。でも、ちょっと動きがぎこちないから、影響があるみたいだにぃ!」
腕に与えた損傷は、周りの肉で覆い隠されているが、全くの無傷ではないようだ。
肩の一部と、顔付近に弱点は見つけられなかった……
それは、
楓の行う砲撃で肉を抉らせて内部を見通すのが目的。
弱点である光る塊を破壊するための行動。
黒騎士など、ほかの存在に共通する弱点を探す。
事実小柄な化け物は、これを破壊することで倒している。ただ、ここにいる巨体は別格だった。
分厚く白い肉に覆われていて、塊は見えなかった。
このままでは、対処方法もなくただ遠くから見守る……
過ぎ去るまでの間。隠れている以外の対処方法はなかった。
そんな防御壁を崩す糸口を掴んだ。
楓が砲撃を行った際。腕の肉壁を大きく窪ませた。
それが攻略に繋がるのではないだろうか……そう、考えた。
けど、凹みも一瞬。
すぐに回りの肉に覆われてしまう。
当然近くで見極める必要があり、危険度は高い。だが、こうしなければ対処はできない。
駆け続けながら、この行動が間違っていないのか?
なんども反芻し続ける。
「あいつが、もう少し近づくと体を屈めるだろうから、そのタイミングで教えてくれ」
「かがめる……どういうことだにぃ?」
それは、兆候だ……
おそらくだが、体躯の差がある相手には飛びかかって獲物を抑え込もうとするだろう。当然動きが素早い相手なら尚更だ。
「せっ、千丈!」
「くっ、落ちるなよ」
急制動をかけて速度を落とす。
続いて体を反転させるのと、白い化け物が空中に飛び上がるのは、ほぼ同時だった。
地面を滑る俺のすぐ上を、化け物の白い体躯が通過する。
その巨体に目のような器官はないのだが、はっきりと視認されている感覚が伝わる。
ほんの鼻先に舞う巨体に目を向けて、次のめぼしい場所を探す。
近すぎてわからないし、当然見つけられない。
闇雲に攻撃するには、その巨体は大きすぎた。
過去の戦闘を思い出しながら考える。
どこにすればいいのか?
……ただ、簡単にわかる場所にないだろう。
人なら体の中心。心臓付近を基本的に守る。
戦闘時は必ず前傾姿勢になって両腕で保護をする。
さて、こいつはどこだろうな……
「わっかんねぇけど、とりあえず……ここだな」
俺は通り抜けた瞬間に、左右の膝関節それぞれを指差す。
直後に爆音が響いて、着弾音が轟いた。
地を滑り臥せながら振り返ると、横たわる巨躯が見える。
両足の関節を破壊された化け物は、起き上がることが出来ずもがく。
滑りながら身体を起こして、横手の小高い斜面を登る。
見下ろしながら次の手段に移った。
「これで、だいぶやりやすくなったぞ。次は……」
横たわる白い化け物の……
片端、上腕、脇窩、脇腹、腹、背、キ骨、十字部、坐骨端、太腿、小腿……
ありとあらゆる目につく部位を指差した。
その都度砲撃は炸裂し、白い化け物に損傷を与え続ける。
飛び散る肉片と、舞い上がる血飛沫は視界を覆いつくす。そして、出来上がる無数の小さい穴。
その中に目指す光点の塊は見つけられなかった……
「くそっ! どこにありやがる……」
「ねえ、千丈……なんだかあいつ、少しずつ小さくなっている気がするにぃ……」
「小さいのは、お前じゃないのか?」
「ちぃぃがうだにぃ! 千丈が目を凝らしているのは、ずっとピンポイントだにぃ。僕はやることがないからぼーっと全体を見ているだにぃ」
それで気が付いたと、小尾蘆岐は話す。
確かに俺は全体ではなく、かなり狭い視点で化け物を見続けている。
全体の大きさなんてまったく見ていなかった……で?
「そうか……それがどうかしたのか?」
「うぅ……別に気が付いただけだにぃ」
ふーん。まあこれだけ削れば目方も減るだろう。
良かった質量保存の法則は守られていて……
「しかし、視界がかなり悪くなったな。このまま倒せないかな?」
「そんな簡単にいくなら大歓迎だにぃ。僕も疲れないにぃ」
……だな。
だけど、そんな風に行かないだろうと想像している。
化け物が蠢き続けているのが、霞む視界の中でもはっきりとわかった……
闇雲に打ち続けるだけでも安心できるのだが、倒せない以上は楓の攻撃も無駄になる。
破壊力のある一撃が巨躯に炸裂しても、それは表面を凹ませるだけで、光の弱点を破壊する威力はきっと無い。
だけど……