楓湖城の探検057
消えた小さな化け物の行方。大型な化け物の対処。制御装置の修復。ダム崩壊の危機……
外部からの助けなど全く見込めない八方塞がりの状況に、焦る気持ちだけが空回りを続けた。
……時間は圧倒的に足りない、どうするべきか迷う。
思考の許容量を越えた俺は、その場にただ立ち尽くす。
そんな時、
頭上の小尾蘆岐が行動を起こす。
「しっかりするだにぃ……千丈っ!」
それは、そっと頭部に抱きつく行為だった。
小尾蘆岐の体温は、周囲の気温よりも涼しく感じた。
熱気に包まれ、焦燥感に駆られる気持ちは、少し冷静になる。
そして、周りの状況を確認する余裕が生まれた。
……あぁ。ここの気温が高いのを忘れていた。
そんなことも、覚えられないほどに集中してたんだな。
「頼りにしているだにぃ……」
耳元で小尾蘆岐が囁く。
……それは、信頼の言葉。だが……
こんな問題をどうにか出来るだろうか?
強力な化け物を倒し、制御装置の崩壊を防ぐなど、できる訳がない。
……そんな後ろ向きの思考中に気がついた。
小尾蘆岐は小刻みに震えていた。
どうしようもなく怖いのだろう。だが、怯えてばかりの小さな魔女は諦めてない。
父親の命がけの行為を無駄にしないで欲しい。
そう俺に願う……
こいつは……
防衛装置をたった独りで修復した。
俺の身体を疲弊するまで治し続けた。それだけの勇気を振り絞ってここにいる。全力を尽くしてきた……
俺は……いったい何をした?
まだ、何もしてないだろう……力も能力も何もない……
だけど……
出来ないなんて、いつまでもそんなこと言ってらんねぇ。
いつだってそうだった。なんとかしてきた。だめならばそれまでだ。
そう、やってみて、考えればいいじゃねぇか!
俺を信頼し続ける小尾蘆岐がいる。
俺の指示を受け取って動いてくれる楓がいる。これ以上はないだろう。
……願いだと?……あぁ上等だ!
……危険?……知ったことか! 安全な場所なんて、どこにもないだろう。
小さい魔女の願いを叶えてやる……
「お前は、ほんっっっとうに我儘だな。ここに来た結果がこんなありさまだよ……」
「そうだにぃ。僕たち魔女はみんな我儘なのだにぃ。……だから、千丈に期待をし続ける、信頼を寄せるのだにぃ!」
「そんなに長い付き合いじゃないだろうが……だから、何とかしてやるよ……」
「せ……千丈ぅぅ……ありがとうだぁぁにぃ!」
それは、小尾蘆岐だけじゃない。
知り合いの魔女はもう一人いるのだが、同じだった。
そう我儘だ。諦めは悪いし、押しつけが強い。
ただ、俺も切り捨てられないのは事実。そして信頼されるのは悪い気がしなくなっている。
面倒事は大嫌いだが、答えたい気持ちが生まれる。
そんな風に変わりつつある……
「いいからもう泣くな。仕切り直しと行こうぜ……っ! うおぉっっ」
足元の廃屋に衝撃が走る。
大型な化け物の衝突で崩壊が始まり、建物に亀裂が縦横無尽に走った。
その隙間は崩れながら一気に広がり続ける。
足場が無くなる前に、隣の建造物に向かって飛び移った。
「油断してた。悪いな驚かせて」
「平気だにぃ!」
その返事は明るく元気。
……さっきまでこいつは怯えていたのに、もう立ち直りやがった。
くそっ! 俺も小尾蘆岐には負けてられない。
化け物から距離を取って状況の整理を始める。
その方法はなんとなくだが、すでに掴んでいる。
ただそれは小さい化け物より遥かに手間取るだろうし、危険度は段違いに高い。
だが……倒すのは可能だと思う。それは、ここに小さい化け物がいないことが大前提。
その小さい化け物の所在は不明。
おそらく制御装置に向かったと推測……いや、もはや確実に向かったと考えよう。だとしたら一刻も早く追いかける必要がある。
ただその前に、この大型は絶対に制御装置に近づけさせない。
「よし、この先で地上に降りる。楓に向かいながら制御装置に行くぞ」
「えっ。あいつはどうするだにぃ?」
「どうするって倒すんだろ……その後は、残った小さい化け物を追いかけて退治するよ」
「……そっ、そんなのどうやって……」
「なんとかなるさ。それにやってみないとわからん。諦めないんだろ。ちゃんと付き合えよ」
「わっ、わかっただにぃ。余計な事を言ったにぃ」
逡巡する素振りを僅かにするも、すぐに賛同する。それを聞いて、廃屋集落の端を目指して走り続けた。
やがて住居の密度は、まばらとなる。
建物の間隔は広がり、飛び移って移動するのが難しくなった。そこで屋根から地上に飛び降りる。
庭先、路地を駆け抜けると、やがて広い場所に出た。
そこは壁となる障害物が一切ない。なだらかな起伏を繰り返す平坦な場所。
楓の砲撃地点からは、数百メートル以上離れている。
……小さい化け物退治で、だいぶ離れた場所まで移動してきたな。さて……
「千丈来ただにぃ……あいつだにぃ」
「わかってる……しっかり掴まっていろよ。少し動きが激しくなる。くれぐれも落ちるなよ」
「少し……激しい……う、ぅん。にぃ……」
背後に土煙を纏う大型の化け物が迫る。
廃屋を破壊したその身体には、傷や汚れは全く見受けられなかった。
当初に与えたはずの、楓による砲撃の痕跡も残ってない。
ただ真っ直ぐに脇目もふらず、一直線に向かい来る姿を見て両脚が震える……動きが鈍る……
だが、俺は立ち向かい駆け始めた。
双方の急接近が、瞬く間に距離を縮める。
直後に起こる再びの……
「きぃぃ!やぁあぁあああああああああああああああああああああぁぁあぁ……」
叫喚は世界を凍りつかせる……筈だったが、俺の聴覚は小尾蘆岐の能力によって防がれる。
それは超高音域を遮断する。
「……これでどうだにぃぃ!」
ある程度の音域に到達すると、振動を鼓膜が受け付けない。
これで狂声の暴力を影響を受けなくなった。
大型とはいえ、一体で起こせる共振も僅かだった。伝わる振動にも充分に耐えられる。
「……ありがとうな」
「……くっ、何ぃかぁ言ったかにぃ?」
小尾蘆岐は、自分の両手を使い耳を塞いでいる。
うまく聞こえなかったようで、俺の呟きに遅れて反応した。
……やっぱりお礼は恥ずかしいな。聞こえてないならいいか。しかし、叫び声は伝わらないけど、肉声はちゃんと聴こえるのは謎だな。
……まあいいか。
叫び続ける化け物との距離は縮む。
目前に迫ると、巨腕の猛威が襲いかかる。
それはまるで、軽自動車が突っ込んで来るような迫力で、視界全体を覆い尽くした。
限界まで引き付けてから、体を捻って避ける。
眼前を通り過ぎる白い壁。
そして肘の部分が通過したのを確認してから、前方に飛び込む。化け物の足元を通り抜けて、地に伏せ反転。
伸びきって薄くなった白い肩口を指差す。
「頭を低くしてろよ!」
「なぁぁっ、だにぃぃ!」
小尾蘆岐の悲鳴が上がり、それと同じく轟音が急速に接近。砲撃は狙った場所に炸裂する。
腕を回して顔を保護しながら、直撃して窪む白い内側に眼を凝らす。
一瞬だ! その瞬間を見逃すわけにはいかない……だが……
「外れか……ここじゃない。次だ!」
飛び散る白い肉片と、赤い体液が舞い上がる。
小さな破片が腕に付いて、軽く爆ぜる音と共に煙が立ち上がる。
周囲に飛び散るモノからも、髪の毛が燃えるような不快な臭いが漂う。
あっ! 違った。これは小尾蘆岐の髪が焦げてるんだな。
「あっちいぃぃ。くっさいぃぃだにぃ!」
小尾蘆岐にも飛び散る破片は降り注ぐ。
ある意味、俺の上にいるんだから仕方がない。
……これは諦めてもらおう。そう、これに関しては我慢してもらうしかない。