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白物魔家電 楓(しろものまかでん かえで)  作者: 菅康
第弐章 予備備品室の幽霊譚
9/115

魔女の願い

 魔女の願いとは、ですぅ。


 ついに楓の秘めた力を開放する、です。それは今、疾風怒濤の冒険活劇が始まり、始まるっす、でーすぅ。



 俺と花咲の二人は、霧先先輩の発言に理解が追い付かない。そのまま硬直して予備備品室に立ちつくした。

 霧先先輩は自転車を指差しながら顕現(けんげん)に協力して欲しいと言っていた。いったい、どういうことなんだ?


 **


「あら、理解できたのかしら」


 先輩が話しかけて来る。えーと顕現ってなんだっけ?

 昔やってたゲームで出ていた気がする。曖昧な記憶だったが妖精みたいなキャラを呼び出した気がする。それかなぁ?


「その自転車を…ですか?」


「違うわよ、自転車ではなくて、その横をよく見てちょうだい」


「ん……んんっ!?」


 言われた通りにじっと見つめた。すると自分の目を疑う『物体』と呼ぶのか、判断に迷うものが見えてきた。

 なんだこりゃぁ? 俺はあり得ない存在との出会いをしてしまった。


 **

 魔女の願い

 009


 先輩に言われた通りに自転車の横をじっと見つめると。うっすらとだが人影のような『もや』が自転車のハンドルに手をかけて立っているように見えた。

 一度認識をすると、それが人の輪郭を形成しているのがわかる。ここに来てからずっと目の前に居ながら全く気がつかなかった。


「……千丈?」


 花咲はこちらを不思議そうに見ている。見えていないのか?


「どうした急に驚いて、自転車の横に何か見えるのか?」


「あの、人の形をした『もや』が見えないのか?」


 俺は霧先先輩の横にある自転車を指差すと、花咲はより前屈みになって目を凝らした。だが、全く見えないようだ。困惑した表情をしている。


「彼には見えていないようね。でも、仕方がないのだいぶ時間が経過してしまったから」


「どういうことなんですか?」


「これはね、一昨年に亡くなった者よ、残滓(ざんし)といった感じかしら」


 残滓ってなんだ? やはり、花咲の話にあった出来事が関係してそうだ。


「これは人なんですか?」


「そうだった者の成れの果てかしら、今はもうこんなにも薄くなっちゃったけどね。ずっと話すことも出来なくて、こちらに目で訴えかけ続けるだけなの」


「訴えかけてくる?」


 この人影、というか白いものが訴えてくる!?


「ちょうど一年前に事故があったの。学校の前で通学中に車に巻き込まれて彼は……そう死んだの。あまりにも突然な出来事で、本人も死んでいることに気がつかないで、そのまま自転車の横に立ち続けているみたいなの」


 それは、ここに来る前に花咲から聞いた話と同じだった。


「それで、その彼はなんて言ってるんですか?」


「私にもわからないの、校舎裏の自転車置き場に彼はずっと立っていたの。あそこはみんなが使うじゃない、そのうち何人かに彼の姿が見えたみたいで、ちょっとした騒ぎになった。私にはどうしても看過・・できなかったので、ここに自転車を運び込んで、人目につかないようにしていたのよ」


 自転車がこの場所に持ち込まれた理由はこれでわかった。やはり、霧先先輩が運んだのだった。


 本当にちょっとした騒ぎだったのだろう。俺が全然知らない話だった。そもそも俺は自転車通学をしていないから自転車置き場に行ったことも、ほとんど無い。


「ここに自転車がある理由は分かりました。でも顕現ってもうしているじゃないですか、なにか俺に出来る事があるんですか?」


「もちろんよあなたは特別なの。時間が経つほどに彼の姿が薄くなって表情ぐらいは見えてたのが、今では影、いいえ完全にもやね。そうなってしまったの。でも、私には目だけはいつまでも見えるのよ。なにかを訴えかける二つの瞳だけが……」


 彼女は、ずっとその目を見続けてきたのだろう。


 物に取り憑く。最期に触れていた自分の(じてんしゃ)に縛られる。

 あまりに突然の出来事で自分が死んだ事に、人生の終わりを認識できないのだろうか?


 もちろん、人生の終わりを体験したことが無い俺にはわからないし、理解もできない事だ。

 だが、なんとなくだが、こういった事象の解決は時間経過で薄れてゆくか、誰かに終わりを告げられて始めて満足な解決を得られるような気がした。生者の自己満足かも知れないが、逢えなくなった人に、もう一度話しかけて貰う、どうしても伝えたい言葉がある。そんな気持ちは誰にでもあるだろう。

 彼女と接して俺は、この必要があると判断する。


 悲しそうに自転車を見つめる彼女、霧先先輩を見て思った。


「その目を、ずっと見つめてこられたのですね。実はここに来る前に、花咲から先輩と幽霊が一緒にいるのを見た、という話を聞きました」


「そう……花咲知ってたの」


「はい………今年の新学期、たまたまここに来た時です。その後で先輩がっ入って来て…」


 花咲は下を向いて途切れがちに話す。これを聞いた霧先先輩は、始めは目を細めて聞いていたが、つらそうな告白を聞きその目を開けて口許を緩めた。


「もういいわ。まさかあなたに見られていたとはね、迂闊だったわ。気を付けていたのに」


「すみません、今まで黙っていまして」


「気を使わせちゃったわね。でも、もうすぐ終わるから。ねぇ千丈君、千丈(せんじょう)いんくん」


 なぜ、フルネームで言い直す必要があるのか? 霧先先輩の表情は真剣だ。目をそらさずにこちらを見ている。ふざけているわけでも、からかっているわけでもないと判った。


「わかりました。どんなことができるかわかりませんが、協力させて頂きます」


「ありがとう、感謝するわね。さっそく始めましょう、手を出してくれるかしら?」


 花咲が右手を先輩に向けて差し出した。霧先先輩は花咲を無視をして俺の方を見る。右手を出したままの花咲は指を絡ませると顔の前で祈りのポーズを始めた。バツが悪いのか目は閉じている。


 当然、俺もスルーする。


「これでいいですか?」


 俺は右手を差し出す。

 霧先先輩は同じく右手を俺の手の平に合わせ、軽く指を曲げてを握ってきた。おおっ!? 柔らかいぞ。


 その時だった、俺の手を通じて何かが体の内側から先輩に向けて吸い上げられるような感覚を感じた。それは、まるで身体の中心から血液を吸い上げられる感覚だ。

 俺は慌てて反射的に手を引いてしまうが、思いの(ほか)先輩の掴む力が強く外れなかった。


「…もう少しだから、もうちょっと我慢してちょうだい」


「うぅ……はい」


 我慢できない程ではない、だが徐々に血の気が引いて目が"チカチカ"し始めた。止めどなく冷汗が全身から吹き出す。時間の経過とともに立っているのが厳しくなってくる。


 もう限界だ!? とまでは行かない位で先輩は俺の手を放してくれた。

 霧先先輩の柔らかく、しっとりとした暖かい手が離れた瞬間に俺の中から何かが流れ出す感覚が止まる。今度は周りから妙に生暖かい風が吹いてくる感じを受ける。そして、徐々にだが身体の気だるさが回復して行った。


「すごいわねぇ。もう周りの力を引き寄せて回復するなんてぇ」


「いや、意味がよくわからないんです。なんか先輩にごっそり抜き取られた気がします」


「随分と溜めていたのねぇ、もうやんちゃなんだから! お姉さん興奮しちゃうわよぉ」


 誰だこいつ? お姉さん!? キャラが変わってるぞ。


「えっと、霧先先輩です……よね?」


「そうでーす! きゃははっっっ!! 次はねぇぇ、うーーんと、それぇぇ、ふんぬうっっ!?」


 豪快な掛け声と共に、霧先先輩は白い影に飛び付いた!?


 もっと落ち着いた人だと思っていたのに…

 なんかだか、がっかりだ。横には、俺と同じ目付きをした花咲が立っている。


 霧先先輩は俺達のそんな冷めた目に晒されても気にすることなく影と取っ組み合いの格闘戦に講じている。手を貸した方が良いのかな? 霧先先輩に抱きつかれてめちゃくちゃに暴れているぞ。

 男子生徒の表情も、かなり辛そうだ、ひきつっ……てぇぇぇ!?!?


 さっき見たときは表情はおろか、性別の判断もできないほどに薄かった白い影が、俺達と同じ紺色のブレザーを着ていることが今は判る。

 それは、眼鏡をかけたやせ形の男子生徒で、霧先先輩を振りほどこうと暴れ続けている。


 花咲にも、この男が見えたようだ。指差しながら口をパクパクとしている。俺達がどうするか躊躇している間に、より輪郭がはっきりとしてきた。

 そして、ついに男性の声が聞こえてきた。


「……熱いって、離せよぉぉ…なにすんだよぉ、うぉぉ……」


「気がついたのね! もう少しで終わるから我慢して」


 霧先先輩は、より力を込めて男子生徒の腰にしがみついた。だが、悲鳴を発しながら暴れる男子生徒の強力な力に対し、霧先先輩の細い両手がついに耐えられなくなった。

 引き剥がされた霧先先輩は両手、両足を真っ直ぐに伸ばしたまま、こちらに目掛けて飛んでくる。


「おおっ!?」


 その時、俺は確かに時の進みが遅くなる世界を体感した、この瞬間は霧先先輩のスカートが通常の衣服としての機能を果たさなかった。

 つまり、どういう事かと言うと。スカートが完全に捲れ上がり、逆に腹部をカバーする状態になっている。もちろんブラウスの裾も捲れておへそまで丸見えにひっくり返っている。


 ああ! 白って、なんて素敵な色なんだろう…


 男性の好む色下着の色3文の1が、白だったとアンケートサイトで見た気がする。逆に一番低いのは『ベージュ』だそうだ、個人的ではあるが俺は嫌いではない。

 霧先先輩のつややかで、傷ひとつないもっちりとした肌色の太股に白いショーツ、紺色のスカートの裏地は、富士が初冠雪した時を見上げた時のような感動的な光景を俺に与えてくれた。


 目が離せないぞぅ!


 女子生徒のスカートの内面を、この角度で見たのは生まれて初めてだ。ずっと以前から、それこそ中学生時代からイメージしていた俺の夢もこの角度で見るとなんだか『ぱんちらシーン』とは、大きくかけ離れていて違がった。


 だが、これはこれで、なんとも生々しくて、ドキドキしてしまった!


 千丈蔭17歳と6ヶ月で、新たな目覚めを体験した。今日は・・・・記念日だぁ!! 実質1秒以下の時間だが、俺の思考は確かに時の壁を越えた……



 そして、斜め前に立つ花咲の顔面に霧先先輩の上履きの裏側が接触する。そのまま頬にめり込んでいった。

 この様子が俺にはスローモーションのようにありありと見える。そのまま、霧先先輩は花咲を下敷きにして覆い被さったっまま動かなくなった。


 堪能させていただきました!


 それを横目に奥でうめいている存在に意識を戻す。正直捲れたままでいる桃源郷は名残惜しいが、それよりもこちらがヤバそうだ!!


「ああぁぁ…ううぁ…」


 大丈夫なのか? 手を前にだしかけてふと思った。

 もう死んでいる存在に対して平気や元気もないだろう? そもそも言葉が通じるのか? どうするか悩んだ。その隙をついて彼はこちらに向かってくる。


「……なっ!?」


 少し前に出しかけていた俺の右手首をしっかりと握ってくる。

 想像した程の力は無い。それは吸水性の高いタオルを巻き付けられたような感触だった。


「なにをする! んぃぃぃ!?」


 霧先先輩に手を繋がれた時の数倍の勢いで俺から何かが引きずり出されてゆく。

 徐々に気分が悪くなるという感覚では無く一瞬にして視界が真っ黒にブラックアウトした。


 気が付くと膝をついていた。


 俺の手首を掴んだままの男子生徒はこちらを見下ろしている。その顔は笑っていた。


「はっ―――離せよ!」


 本気でヤバイ!! 俺の視界は凄い勢いで狭まってきた。

 相手が握り締めた俺の手首の感触はもはやタオルのような生易しい感覚ではなく、ぶっといロープできつく縛られているようだった。


 もう細い線のような視界の端に何か白いものが室内に入ってきたのが見えた。それは素早く動く、そして駒のように回転をしながらそのままの勢いでこちらに向かってきて男子生徒に向けた回転蹴りをぶちかました。


「おうりゃぁぁ、ですぅー!?」


 さすがにこの攻撃を受けて男子生徒の手は俺の手首から離される。そのまま室内の隅にうず高く積まれた机、椅子の中腹に突っ込んだ。

 男子生徒に蹴りを行い、目の前に立つ者は……


「ご主人遅くなりました、です。白物魔家電アンドロイド楓只今参上、ですぅ。お褒めいいただいてもいいん、ですよぅ」


 うぐっ! あまりにも、色々もっていかれすぎて声がでない。

 だが、者ではなく物だった……


「おいたわしや、です。今抱き締めて差し上げます、ですぅ」


「…やめろぉ!!」


 両手を伸ばして駆け寄る楓が抱きつく寸前で押し止めた。

 なぜ、楓がここにいるんだ? おとなしく授業を受けていたのではなかったのか?


「ちっ、ですぅ。ご主人はもうしばらくすれば回復されます、です。それより楓のブルマー姿に興奮しませんか、です。ご主人に見せるために全力で駆けてきたん、ですよぉ」


 俺に見せる為とか意味がわかりません。けどコスプレ人形か……どうでもいいがこの格好はなんだ!?

 勘違いしているこいつに真実を伝えねば。だいぶ回復してきた今なら話せそうだ。


「あのな楓、ブルマは1994年にいくつかの県で廃止された事がきっかけとなって指定廃止の波が全国に広がって行ったんだ。公立校は2004年、私立校でも2005年を最後に女子の体操着としてブルマーを指定する学校は、日本から消滅した。出典ブルマーWikiに出ているぞ」


「それじゃあ、楓は……」


「校則違反だ、そもそもどこで買ってきたんだ。もう売ってないだろ」


「ドンキで買いましたの、です。なぜイトー○ーカドーの学用品売り場にブルマが無いのかおかしいと思ったの、ですぅ。躍起になって探し回っていると一眼レフカメラを持って写真を撮らせてと言ってきた『お兄さん』が居て詳しく教えてくださりました、です。非常に優しくよい人でした、です。ご主人のブルマに対して深い知識、この楓は感服いたしました、です」


 ほっとけや。

 女子も短パン世代はみんな、マンガで見るあの『製品ブルマー』が空想の産物なのか、気になって調べるんだよ!

 ちなみにちび○る子ちゃんは、ブルマー全盛世代のアニメーションだ。普通に女子は皆着用している、それを見たところで感動はたぶん起きないだろう。一部の人種を除いて。


「まあ一般常識の範疇だ、それと『お兄さん』は優しくても、あまり近づかないように」


「…ですぅ?」


 詳しく聞いてないが、きっと無害で、少しだけ怪しい人の事だろう。優しくても、一緒にいてはいけないぞ、世間の目は厳しいから。


「ご主人さまの仰せの通りにする、です!!」


「ああ、いい返事だ」


 気が付くと四面楚歌。そんな未来は避けさせよう。

 楓の蹴りによって吹き飛び、影ではなく男子生徒と呼んで差し支えない存在は、机や椅子の山に埋もれたまま沈黙を保っている。

なお、投稿は不定期投稿となります、です。

Twitterで投稿時期をお知らせして行きます、です。http://twitter.com/yasusuga9

ご意見、ご感想は"楓"が責任を持ってご主人に良いことだけお伝えするっす、ですぅぅ。

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