楓湖城の探検049
ふむぅ、です。
この部屋以外は完全に放棄されたよう、ですねぇ。
ここ魔波動の使い方は、楓の知識にないの、です。
不思議な場所、です。
小尾蘆岐が室内中央に鎮座する石に能力を使う。
この内部には切れた線が大量に詰まっていた。
……その修復を行うと、変化はすぐに表れ始める。
天井の一部が点滅し、明るく輝き室内を照らす。
そこに人工的な器具が備え付けられている訳ではなく、石の一部が発光している。
しかもその変化は、室内だけに止まらなかった。
開放したままのドアから先。
そこに続く廊下の上部も同じように、煌々とした輝きを放ち始めた。
「なんだこりゃ?」
「どうやらぁ、ここは魔波動の制御盤みたい、ですねぇ」
制御盤? どういうことだ……
「ふう、明るいだにぃ」
「お前こうなるのがわかってたのか?」
「わかるわけがないだにぃ……さっき言ったにぃ。この部屋に通じる線を繋ぐにぃ、と」
確かに言ってたけど、こうなるのは予想外だった。
そうすると……
「これが制御装置なのか?」
小尾蘆岐の父親が命をかけて暴走を防いだという装置。
俺達が地上に帰るために目指した目的地。
……ここが、そうなのだろうか?
だとすれば、ここから外部への道はなさそうだ。
なぜならこれは地下空間で孤立した建造物。どう考えても地上に通じているとは思えなかった……
だが、そんな思考に対して否定の言葉があがる。
「どう、ですかねぇ? よくわかりませんが、ここはあくまで力の分岐をしているだけの場所だと思うの、です。大きな熱の発生源はずっと先にある、ですよぉ」
「僕もそう思うにぃ。ここは単なるスイッチみたいな感じがしただにぃ。触ってわかったにぃ」
分岐? スイッチ?
……と言う事は、ここが力の発生源ではない?
たしかに力はずっと奥から、ここに流れ込んでいたきているのを感じたな。
楓も気になる所があると言うから、ここに寄った。
……なるほど。
「ここはあくまで力の分配を行うブレーカーみたいな感じなのか。結果的にだけど、これで足元に困らなくなったな」
「じゃあもうこれは要らない、ですねぇ……ぽいっ、です」
楓は照明器具を投げ捨てる。
保護カバーと蛍光灯が砕ける音が室内に響く。
おいっ! 同じ家電に対して扱いがぞんざいだぞ。
まったく普通に置けないのだろうか?
……でも、仕方がないか。なんせ楓だし。
「でも、どこまで明かりが続いているのかにぃ?」
「そいつは、お前が一番わかるんじゃないのか?」
「そうだったにぃ。ちょいと待つにぃ……」
そう言って小尾蘆岐は再び石におでこを付ける。
能力を発動させて内部の修復を行う。
「これでたぶん平気だにぃ。切れてる線はみんな繋いだにぃ」
その言葉通り、足元に渦巻く力が室内の黒い石を通過点にして、蜘蛛の巣のように四方に伸びていった。
おそらく繋がった先では、何らかの動作が起こっていると思われる。
ただ、この何らかが、マジで怖い。
なにが起こるかわからないので、不安要素しかない。
……でも、仕方がないか。
一つひとつの動作確認を行う余裕は、今の俺達にない。
ここで出来ることは、もうないだろう……さて、
「寄り道は以上だな」
「ではご主人。だっこしましょう、です」
楓は両手を広げて、にじり寄ってくる。
その姿を見て思う。
……なんか嫌だな、と。
「……うーん。独りで歩く」
楓に抱えてもらった方が、断然楽だろう。
だけど、拒否する。
見ている人は絶対にいないだろうけど。明らかに体裁がよろしくない。
「いえいえぇ、ですぅ。遠慮なんてしないでいいの、ですよぉ」
これは、遠慮では断じてない。
「見てみろ、小尾蘆岐も独りで歩いて……おいっ! いつのまに……」
「照れなくてもいいだにぃ」
離れていたはずの小尾蘆岐が、俺の肩にいつのまにか座っていた。
気配を察知させないで、背後を取る腕前が上達していやがる。
「このちびすけ、さっさと離れるの、です」
「絶対に嫌だにぃ! 千丈さっさと行くにぃ」
……あぁ、やかましい。
小尾蘆岐を振りほどくのは簡単だ。
ただ、能力を使ってくれれば、身体は楽になる。
そう考えるとやっぱり便利だし、従うとするか……
どうせ言ったところで、この小さい魔女が聞くはずがない。
「いい加減して、ここを出るぞ。いつまた、黒騎士どもが入って来るかわからないからな」
「どんな魔法を使って、ご主人を洗脳したの、ですかぁ?」
「やかましい、置いてくぞ!」
「……待つの、ですよぉ」
楓を置いて、再び廊下に戻る。
今までと違い、明るさがあるおかげで、ずっと先まで見えた。
楓が灯す照明もそれなりの光度があったけど、それは狭い範囲に限られた。
十メートル以上離れると、足元も覚束ない。
この照明はなんなのだろうか?
電気的な明るさとも違う、不思議な光源に包まれた廊下を通り抜けて、地下空間に戻る。
建物を出ると、そこは大きく変貌していた。
「へぇー。凄いな」
「明るくなっただにぃ。なんだか綺麗にぃ」
天井付近に張り付く、水晶のような透明な鉱物が輝き、青白い光が幻想的に降り注ぐ。
他にも至るところで、街灯のように発光する輝きが点在する。
薄気味悪く、黒い存在が蠢いていた世界が違って見えた。
「だいぶ印象が変わったな。よし楓。制御装置はあっちの方角だったな」
「制御装置かどうかは、わかりませんけどぉ、熱源の方向ならあっちの方、ですよぉ」
楓が指差す方向は、地下空間の更に奥を示している。
それは、足元に流れる力を遡った先のようだ。
この力の源がなにかわからないが、おそらく制御装置に繋がっている、俺はそう確信した。
「そろそろ地上は夕方だ、向かうぞ」
「はい、ですよぉ。元気一杯、ですからぁ。いつでもだっこしますよぉ」
それは、お断りする。
「僕も元気だにぃ。早く帰るにぃ。千丈行こうにぃ」
その声に小さく頷いて、熱源に向かって足を踏み出した。