楓湖城の探検048
「ああっ、たんこぶだにぃ。本当は痛いんじゃないのかにぃ?」
小尾蘆岐が、楓の小細工に突っ込んだ。
ちっ。
舌打ちしたタイミングが、楓と重なってしまう。
……でも、こんなシンクロはいらない。
無視して無かったことにするつもりだった俺と、構って貰うため小細工をする楓に、第三者からの無粋な突っ込み。
落胆した楓の表情は、かつて見たことがないほど無表情だった。
「興醒め、です……」
そんな一言を呟く。
「なんだにぃ? 怪我なら治してあげようかにぃ」
「要らんの、です。お前はご主人と楓の駆け引きがわかってないの、です」
……そんな関わりは望んでません。
そういいながら楓は完全に背を向ける。
頭部のたんこぶは跡形もなく消失して、いつも通りまん丸の後頭部に戻っていた。
恐ろしい機能が魔家電に搭載されていると、改めて感じる。
……絶対に役立つと思えないけど。
さて、いい加減この部屋を確認せねば。
どうでもいいことに時間を費やしてしまった。
室内に目を向ける。
「ここに力が集中しているみたいだ。そんなに広いわけじゃないけど……それにしても殺風景だな?」
中央に黒い石が一つあるだけのだだっ広い部屋。
調度品の類は何ひとつなく、地下空間に来た時に見た城の部屋とは大きく違った。
ここに生活感は全くない。
……そう、たとえるなら何もない倉庫。ただその中で、忘れられたように残る物が一つ。
中央に鎮座する黒く磨かれた石。
その大きさは冷蔵庫ほど。
それが部屋中央で、異様な存在感を放っている。
そして、床の下に目を向けると、力が渦巻いているのがわかった。
どうやら力の終着点がここで、部屋の床下数メートルほどで渦巻いている。
「ぐるぐるだにぃ……ん。繋がっている?」
頭上の小尾蘆岐が何か呟く。
そして両手で頭を掴みながら身を乗り出す。
なにかに気がついたのかな?
俺達を連れてきた、こいつにも一応確認しようと考えて、声をかける。
「その石がなんだかわかるか?」
「さっぱり、ですよぉ。解析不能、でぇす!」
腰に手を添えて、さも自信ありげに知らないと答えた。
……うん、だろうな。わかっていた返答だ。
その時、あり得ない奇跡が起こる。
俺から自発的に小尾蘆岐が降りて、黒い石に向かって歩き始めた。
なんてことだ……
あれだけ離れることを嫌がっていた、この生命体が自発的にだなんて……いったい誰が想像ができるだろうか。……なんてね。
数歩分離れると、振り返って声をかけてくる。
「ちょっと気になったにぃ……すぐに戻るから、寂しがらないでいいだにぃよ」
そんなつもりで見つめていたわけじゃない。
小尾蘆岐の後に続いて歩く。
「別に寂しくは全然ないけどな。……あっ」
そこで、黒い石に目を向けると、俺はあることに気がつく。
「千丈も気が付いたみたいだにぃね。遠目ではよくわからなかったけど、この石にも光の線が詰まっているにぃ」
近くに寄ると、内部構造がうっすらと透けて見える。
それは、この部屋にある石にも、防衛装置とよく似た光る細い線が詰まり、そこから集まった線の束が下の大きな力に繋がっていた。
「ふむぅ、だにぃ。これもいっぱい切れてるだにぃ……どうするだにぃ?」
小尾蘆岐は石に手の平をあてがい、内部を覗き込み聞いてくる。
「……どうするって?」
「繋げるのは簡単だにぃ。ただ、さっきのような事があるにぃ……正直、何が起きるかなんてわかんないにぃ。……実はちょっと怖いだにぃ……」
さっきのこと?
ああ、白い化け物か……ここであれが現れたら詰んじゃうね。
ただ、せっかくここまで来たのに、何もしないで立ち去るのは勿体ない気がする。
「ん……そうだな。……まあ、一番やりやすそうな線で試してみたらどうだ? それで反応を見てみようぜ」
意味があるかわからないけど、とりあえずやってみよう。
どうせ考えてもわからないし、起きてから考えるしかない。
「わかったにぃ。実はこの部屋に断線している線がひとつ伸びているだにぃ。それを繋げばすぐに結果がわかるにぃ」
「……えっと、この部屋に?」
……ちょっと待て、こんな近くで影響を起こせば、直接被害を受けるのではないだろうか?
止めようとしたが、時すでに遅く、小尾蘆岐は額を石に付けて能力を使い始めた。
「……なっ」
そして、室内に大きな変化が起こった。
ここだけではない、開けっ放しと言うか、楓が破壊したままの扉の先。
通ってきた回廊の先にも影響が起きていた。
なるほど、こいつはそういった装置だったのか……
これは、地下空間の住居で人が暮らす上で絶対に必要な物だろう。
原理や、原則は全くわからないけど、これで動きやすくなった。