楓湖城の探検045
えへへぇ、です。
ご褒美が欲しいの、です。
がんばる前に先ずは報酬、ですよぉ。
楓から渡された物。
それは黒い石の下に置いてきた小尾蘆岐のリュックだった。さっそく腕を通して背負う。
ここまで苦労して運んできた。
中には小尾蘆岐の家族が綴った、過去の想いが詰まっている。なんとか持ち帰りたい。
刻々と状況が悪化の一途を辿る中。
目的を果たした以上、長居は無用。そんな俺の気持ちに楓が同調したようだった。
「ご主人帰りましょう、です」
「それは俺も同感だ。また移動を頼むぞ?」
「もちろん、ですよぉ。じゃあ、両腕を前に出して下さい、です」
「こうか?」
言われた通りに腕を伸ばす。
すると、細かい姿勢の調整を楓が始めた。
「もうちょっと腕を上げて欲しいの、です。ああっ掌は上向きで。それでいい、ですよぉ……」
……なんだこの格好は意味がわからない?
「さすがご主人、素晴らしい、ですぅ。でわぁ……ほいっ!」
「なに……?」
楓は飛び上がって、腕の間にお尻を捩じ込んで収まる。
そう……それは、お姫さま抱っこの姿勢だった。
そして、小さく微笑みながら頬を紅色に染めて俺を見上げてくる。
これで移動なんて、絶対に無理だろう……
なにか秘策があって、この姿勢だと瞬間移動ができるのだろうか?
俺のまだ知らない機能を期待するも、そのまま数秒経過したが変化は訪れない。
「……なあ、これでどうなるんだ?」
「楓の心は満たされるの、です」
その言葉を聞いて抱える腕の力を抜く。
「……うぃ痛ったいぃぃぃ、でっすぅぅ! ……びっ尾てい骨がぁぁ……」
「へぇー。……痛みを感じるんだぁ?」
楓は受け身を取れずに、腰を黒い石に強打する。
いい音を響かせて呻くも、すぐに復活し、反論を捲し立て始めた。
「おしりは女の子の大事なパーツなん、ですよぉぉ。それに、丸くて柔らかそうなこの曲線を維持するのに、どれだけ苦労してるとぉ……」
「……なあ、俺はここからの脱出を頼んだ。だが、なんだこんなときに? そして……苦労してるだぁ、あぁっ! そんなケツの肉はこそぎ落として、もっとスリムにしてやろうかぁ?」
「あ……あんまり、おしりにお肉はつけてないの、ですよぉ。切り落としたらぁ、お骨が剥き出しになっちゃう、です」
「スッキリしていいだろう。よし、鎌の刃で切れるかな?」
「えっと……ご冗談、ですよねぇ。ごっ……ご主人ぃぃ?」
鎌を手に楓を切りつけようと振りかぶると、小尾蘆岐が叫び声をあげた。
「せっ、千丈! そんなコントしてる場合じゃないだにぃ。黒いのがそこまで、来てるにぃぃ」
「……そうだな、いい加減やばいな……ちっ、こいつらまた!」
楓への攻撃を諦めて、石の縁から乗り上げてきた黒騎士の首を斬り飛ばした。
頭部を失った黒騎士は、後ろ向きに落ちていった……
身体能力は上がり、腕力が大幅に向上していた。
小尾蘆岐の能力が発動しているおかげで、動きが全く違う。
先ほどは重かった鎌の重量を感じなくなっている。
「ふんっ、です。ところでご主人、どこに行けばいいん、でしょうかぁ?」
黒騎士を蹴り飛ばしながら楓が問いかけてくる。
そんなの決まってるだろう。
「そんなの来た場所に戻る以外……」
待てよ。
黒騎士が溢れた状態の中に突っ込むのか。……出来るかな?
「あそこは難しい、ですよぉ。楓もあれだけ狭い場所で、ご主人を抱えては……ちょっと、ですぅ……」
そりゃそうだな。
楓だけならまだしも、両手が完全にふさがった状態で外部に続く長い階段に突入。
それを無事に抜けても、黒騎士が溢れる小尾蘆岐旅館を突破するのは無謀だろう。
「他に出入り口は無いのか……」
「わかんない、ですぅ。でも、そこら中に穴ぼこが開いてる、ですよぉ。ただ、どこに通じているかまではわからないの、です」
「僕は反対にぃ。暗くて狭い穴は嫌だにぃ!」
俺もだ……なら、他に取れる手段は……
「親父さんが最後に向かったのは、制御装置だったよな……」
制御装置ならメンテナンスの関係で、出口か通用口などがあるのではないだろうか?
「そうだにぃ。でも場所がわからないにぃ……」
そりゃそうだな……
この地下空間は広い。天井までの高さが数十メートルはある。横幅も明かりが届かないために不明。
ただ、音の反響があるので途方もない大きさ、というわけではないだろう。
……それに、ここは地下だよな。
「なあ、ここは位置的に湖底だろう? ここに入ってから肌寒さを感じてるか?」
「むしろ、蒸し暑さを感じてるにぃ」
「楓はなんともない、ですぅ。ちなみに温度は三十度。湿度九十パーセント、ですよぉ」
地下だから、湿度が高いのは当然だとして……
「太陽光が当たらない地下空間は、気温は低いのが当然だろう? ……三十度は高すぎないか? ……そう考えると、何らかの熱源がきっとあるはずだ……」
「あぁっ、だにぃ! 始めにロビーで見つけたノートに温泉の異常事態が書かれていた気がするにぃ」
温泉の……魔力の含有濃度とかいう胡散臭い……
ああ、俺も今さら他人の事を言えないか……すでに、どっぷりと浸かっている。
まあいいや。
えっと、その異常がきっかけで小尾蘆岐の父親が地下に行くことになった。
そして、防衛装置と制御装置の修復を行おうとして、防衛装置をどうすることもできずに、制御装置に向かった、と……
「小尾蘆岐。制御装置って温泉の何を制御してたんだ?」
「さあ、よくわかんないにぃ」
「そりゃそうだな。……そうすると、温泉のなんらかの異常に対処するためには制御装置をどうにかする必要があった。そして完全に直せないでも、とりあえずの修復を終えた……」
そこで、俺は手記に記載された、ある部分を思い出した。
このまま制御装置が暴走を起こせば、大惨事になると書かれていた気がする……
無事にここが十年以上残っている事を考えれば、緊急事態は乗り越えたという事だろうか?
そうすると、もうひとつ気になることがあった。
「なんで親父さんは修復した後、この場所に近づかないようにしたんだっけ?」
「えっと、ちょっと待つにぃ。……うんしょっと」
小尾蘆岐はリュックに手を入れて、父親が書き残した手記を取り出した。そして読み始めて、すぐに目的の頁に辿り着く。
「……えっとだにぃ。魔力反応が消えなければ、ここの事は伝えないように、と書いてあるにぃ……近づかないでなんて、どこにも記載されてないだにぃ」
同じような意味じゃないのか?
それより……
「ちなみに、ここの魔力濃度の状態は……」
「……濃密に満ち溢れてるだにぃ。そうじゃなきゃ、僕はここまで力が使えなかったにぃ」
そう、何かがおかしいと感じていた。
楓は制限しているとはいえ、あれだけの力を奮っておきながら、短時間で九割も回復するのが変だ。
湧きあがる力や、密度の違いなら俺にも見えるし、感じる事ができる。
しかし、一定の濃度で空間を覆いつくしている場合は……感知ができない!
くそっ今頃、こんなことに気がつくなんて……
そうすると制御装置は、今はどうなっているのだろう?
なんだか嫌な予感がする……
修復は不完全で……異常事態は今も継続中なのかな?