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白物魔家電 楓(しろものまかでん かえで)  作者: 菅康
第弐章 予備備品室の幽霊譚
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旧校舎の魔女

楓の出番はまだ先、ですよぉ。

不穏な気配が起きています、です。


楓のサプライズまで、後すこぉし、です。

 楓に奪われた花咲の机と椅子の代わりを取りに行く道連れにされてしまった。

 そうして旧校舎の予備備品室まで出掛けることになった。


 道中に幽霊話など、どうでもいい話しをしながら足を進め、ついに旧校舎に到着したのは1時限目の授業開始後だった。

 日中にも関わらず薄暗く、真夏に身震いをする寒さに対して驚きを感じながらも、目的地に向かうのだった。


 **

 008

 旧校舎の魔女


「ここは、さむいなぁ」


「千丈、なんだこの程度で寒がってどうするんだよ、まだ8月だぜ!」


 半そでのワイシャツをまくりあげて、上腕をむき出しにしているアホが横にいた…


 薄暗くて分かりにくいが、明らかに鳥肌が立っている。


 これは、霊感から来るのか?

 これは、冷寒のせいなのか?


 判断が難しいな。いや、鼻の下に光るもの見える。やはり寒いんだな。確実だ!!


「そうだな、だが、いつもより寒くないか? 去年ここに何度も来たけど、これほどは寒くなかった気がするぞ」


「そういえばそうだな、まだ朝だからじゃないのかな。だが俺は寒くなんかないぞ」


 何に対して意地を張っているのだろう? 我慢大会じゃあるまいし。

 バカだからかな?



「寒くないのは、わかったよ」


「いや、わかってない。本当に寒くないって、むしろ暑いぐらいだぜ」


 やっぱりバカだ!? しかも、うざいぞ!


「じゃあ、どうすりゃいいんだよ」


 めんどくさいな。


「花咲さんは、凄いですね。僕はチキンなんで、むちゃくちゃ寒いです。と言え」


「花咲さんは凄いですね、チキンなんで寒いです。これでいいか?」


 面倒なんで、あっさり条件を飲むことにした。


「心が込もってないから、ダメだね。寒いってことは気合いが足りない証拠なんだよ! 俺を見ろ常時戦場を意識して、常時戦闘体勢で過ごすことで暑さ、寒さに耐性を持つことができるんだぜ。生きるか死ぬかの瀬戸際を体験しない今の高校生ときたらぬるすぎる。バトルロワイヤルを思い出せよ、クラスメイトは全て敵で、油断して隙を見せたものから脱落して行く。脱落ってわかるか? 死んじゃうんだぞ! 痛いんだぞ!! わかるだろ!? 俺は千丈お前を心配しているんだぞ」


 なんで常時戦闘体勢でいる必要があるんだ?

 何度も発言するのも面倒だが、もう一度だけ言わせてもらおう『バカじゃないのかこいつは』そして、俺に対する心配は余計なお世話だ。


 さっきよりも多くの鼻水が流れているが、本人は気がついていないようだ。油断したら死ぬって、ロッキー山脈の登山隊かよ。


 病気だな……こりゃ間違いない。花咲妄言病(はなさきもうげんびょう)、と名付けよう。

 どうせ、こういうやからは、人の話を聞く耳は母親の胎内に忘れて生まれてきたのだろう。


「もう、わかったから。花咲は寒くない! それでいいだろう。これ以上騒ぐと本当に帰るからな 」


 若干キレ気味に、言い切った。花咲のようなタイプは、相手側が感情を強めると自然と身を引く。こいつに対する唯一の対処法だ。

 気は小さい男なんだよな。


「そんなに怒るなよ、あめ食べるか?」


「要らねーよ! ほらあの扉だろ。さっさと入れよ」


「ああ、ちゃんとついてきてくれよ…」


 あー面倒くさ!!

 さっさと入ってほしいと願うが、扉を半分少し開けた所で花咲の手が止まった。


 まさに扉を開ける途中で、時が止まったようだ。花咲は荒い呼吸をしていて、それは背中の起伏でわかった。


「なあ、千丈…お前はさっきの話を信じるか?」


「あぁ…なに言ってるんだ? 信じるってあの幽霊がどうとかだろ」


「そうだ、やっぱり俺の見間違いじゃなかったんだ。そんなものいないと、見間違いだと思いたかったのかもな……」


 さっきから、どうした。本当におかしくなってしまったのか?


 全く同じ姿勢で身じろぎひとつしない。

 ただ花咲の背中は、予備備品室内で異常事態が起きていると示している。意味と状況は未だに不明だが。


 どのくらい経ったのだろうか……

 花咲はゆっくりと顔だけを横に動かした。


 その横顔は、まさに蒼白を通り越して、真っ白だった。血の気が無く蝋人形のようで、口許が軽く痙攣している。


 花咲の股下から霞がかった冷気のような空気が地を這うように流れ出す。


 まるで何かが扉を開けたことで漏れだしたかのようだった。


 その何かは、室内を全く見ていない俺にも強烈な緊張感と吐き気を催す程の圧迫感を与え続けている。


 全力で回れ右をしてこの場を立ち去りたい、だがその気配は背を向けた瞬間に襲いかかってきそうで、動けなかった。


「遅かったじゃない、寝てしまいそうだったわ」


「!?」


 その声は花咲の先、室内から聞こえてきた。

 幼い子供のような、高音域の高い女子の声だ…

 それは、旧校舎の予備備品室から聞こえてきていいはずのない声だった。


「ねえ、花咲……どうしたの? 黙りこんじゃって。ところで、あなたの後ろに居るのは千丈君でしょう?」


「…!?」


 話しかけられた花咲は、再度ビクッと身体を震わせた。

 知り合いなのか? そして、俺の名前も呼ばれたのはどういうことなのだろう?


「なんで黙ってるのかしら? は・な・さ・きぃ、答えなさいよ!!」


「……ぶ、部長は、なんでここにいるんですか?」


 部長だって!?

 二人で、ここまで来る間に話していた歴史部の霧先(きりさき)かより先輩が中にいるのか?


「質問に、質問で返すのはどういうことかしらね、どうしよっかな。まあ、今日はお目当ての人に出逢えて機嫌がいいの、だから答えてあげるわ。待ってたのよ、でも花咲じゃないのよ。用があるのは、後ろにいる『千丈(せんじょう)(いん)』君によ」


 今度は、俺が身体を震わせる番だった。

 なぜ? 話したことも無い先輩に名前を呼ばれた?

 こっちは先輩の事は知っていたが、向こうが俺の名前を知っているはずなどない。


「…なんで? 部長が千丈に用があるんですか」


「とりあえずそこどいてくれるかしら、千丈君が見えないのよね」


 そう言われて、花咲はゆっくりとドアから横にずれた。室内の蛍光灯の明かりが薄暗い廊下に差し込む。


 室内の状況が半開きのドアから見えた。

 そして、開けた視界の正面に人物が見える。自転車の横に置いた椅子に脚を組んで座っている。


 その人物に、俺は過去に遠くから彼女を見た記憶が呼び覚まされた。薄茶色の髪に蒼色がかった片目、もう片方は髪に隠れて見えない。この儚さが残る容貌は、一度見たら忘れられない。


 確かに、室内に居る彼女は霧先(きりさき)かより先輩だった。


 室内にいる霧先先輩は、どう見ても普通の女子生徒だ。

 俺は何に驚いていたのだろうか? ここは学校内の一室で、学校の先輩に出逢っただけなのに……


「何をそんなに警戒してるのかしら? 別に、指一本ぐらいしか取って食べないわよ」


「指一本は食われちゃうの!?」


 やばい人らしい、逃げようか? 少し後ずさった俺に再度、霧先先輩は口許を手で隠して話しかけてきた。


「冗談よ! 人体を食する嗜好は無いから安心してちょうだい。改めて自己紹介するわね、私は3年の"霧先かより"よ、そこの花咲の所属する歴史部の部長をしていいるの」


 自己紹介を終えると、黙りこんでこちらを見つめてくる。

 こちらが発言するのを待つつもりらしい。


「先輩のことは知ってます、花咲のクラスメイトで千丈蔭といいます」


「光栄ね、どうぞよろしくね、これからね」


 これから?


「先輩、どういうことですか?」


「あら、花咲まだいたの? ところで、あなたここになにしに来たのか聞いてなかったわね」


「はい、転校生に自分の使っていた机を譲ったので、変わりの物をここから運ぶことになりました。その手伝いを千丈にお願いしたんです」


 だいぶ、花咲の動揺は収まったようだ。

 普通に会話をしているが、まだ顔色は血の気が引いているが。


「……なるほどね、それでこの時間だったんだわ。やっと理解できた」


「先輩こそ、ここで何をされているんですか? 今は授業中のはずですよね?」


 俺は疑問に思ったことを口にした。

 以前に聞いてた霧先先輩のイメージは、口数が少ない優等生だった。

 目の前に居るのは口数の少ない先輩には全く見えない。むしろ饒舌の部類に入りそうなほどよく話す。


「私の占いで、ここに、この時間に此処に私がいるように出たのよ。なので、ちょっと腹痛を起こした"ふり"をして授業を抜け出したの」


 首を傾げ、頬に人差し指を当てて斜め上を見ながら話している。

 聞いた話の中で占いというキーワードに俺は疑問点を感じた。


「占いですか?」


「そう、占いというか私の力なんだけどね。占いは分かりやすく説明するためで君がイメージしている恋占いとか、人生占いとはちょっと違うかな。私ちょっとした先を見通すことができるのよ」


「先を見通す? 先輩は未来を見ることができるのですか」


「ちょっとだけだけどね。面倒なので占いと言ってしまうけど、私は魔女と呼ばれる存在なの」


「魔女?」


「そうよ、ご理解が早くて助かるわ」


「いえ、理解できたと言うわけではないのですが」


「そんなことないわよ、あなたに大きな変化がない。それは何かの体験を得た人だけが取れる態度なのよ、伊達で魔女として存在している訳じゃないのよ」


 恐らく、楓からこのような、異常事態が発生すると予告されていたからだろう。

 まさか、こんなに早く訪れるとは。


「わかりましたで、その魔女である霧先先輩は俺にどんな用があるんですか?」


「あら、魔女の要求を受けて下さるのかしら、すごくよい心がけだわ。荒事も用意していたけど、無駄になりそうね。」


「とりあえず対話で出きることはそれで済ませる。これが俺の信条なんです、もちろんできないことはありますが」


「当然よね、『魂』とまでは言うつもりが無いから安心してくれるかしら」


「魂って、無くなったら死んじゃいませんか?」


「死にはしないわよ、廃人になるだけ。自意識を喪失するだけで、生きる屍といったところかしら。そこまでになると対価としてのこちらも払うリスクが大きくなるのよね。だから今は、そこまでは言わないわ」


 冗談じゃない、魂は嫌だ!?

 対価?


「対価ですか?」


「契約と、盟約に基づく正統な取引を持ちかけているのよ。魔女はそれほど自由な訳じゃないのよ色々な縛りがあるの。契約者と盟約者の関係は対等なの。お互いに価値観の同位品での取引のみが可能なの、取引ならね」


「それは、俺と取引を考えているということでいいんですね」


 取引ならまだ話し合いの余地がある。

 一方的な要求の場合は、取れる手段はないから。だが、魔女が俺と何を取引するって…


 あっ昨日、いや今朝か楓の言ってた俺の身体から出ているという魔波動とかに関係がありそうだな。

 楓はだいぶ吸収したとか言ってたけど、別に体調が崩れたり、疲労感で動けなくなるといったことがあるわけではなかった。


 それならばいいか。


「そうよ、良心的でしょう」


 少し安心したが、抜け道のような方便はいくらでもあるだろう。

 霧先先輩は始めに取引の話をする際、『荒事の準備』と言っていた。

 対等な取引を持ちかける存在ほど、理不尽なことを事も無げに言い出す。


 絶対に無茶な要求もできる筈だ。迂闊に話を鵜呑みにはできない。


「はあ、わかりました。そろそろ、机を見繕って教室に戻らなければならないので、手短にお願いいたします」


「そうね、私もあまりトイレにいったまま戻らないと、変な渾名(あだな)がついちゃいそうで困るからね、じゃあ単刀直入に言うわ。これの顕現(けんげん)を手伝って欲しいの」


 彼女はこれといい、横の自転車を指差した。教室に入ったときから、ずっと隣にある自転車で大人用のママチャリだ。


 ボディーは黒色、買い物篭はプラスチック製。つまり、何処にでもある普通のママチャリだ。


 本来はここにあるべき物ではなく、新校舎裏の自転車置き場にあるべきものだ。


 でも


 俺は、その自転車がここにある理由(・・)を知っている。

 そして、これの顕現という、訳のわからない話に硬直した。横にもう一人いる石像のようになった花咲と共に…

なお、最新投稿はTwitterで投稿時期をお知らせいたします、です。http://twitter.com/yasusuga9

ご意見、ご感想は"楓"が責任を持ってご主人に良いことだけお伝えするっす、ですよぅ。

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