楓湖城の探検040
やっと出来た、ですねぇ。
しかし、これはいったいなんなの、ですかぁ?
行動不能に陥った黒騎士が集まり重なる。
そこに黒い壁が出来上がった。
四肢を残したまま行動を阻害。
そのために光の動脈を鎌で断ち切る。すると、痙攣し歩けなる。
動けなくなるだろうと予想してやったのだが。ある意味、想定以上だった。
それら存在を、俺の意図に沿うように楓が蹴りを放ち積み重ねる。
震える黒騎士同士は、やがて空隙を塞ぐように絡まりながら、強固に繋がる。
これは工事現場で、振動を起こして路盤の密度を高く強くするのとよく似た現象だ。
ただ、壁と言っても植え込み程度の高さしかない。
これは挟んで向き合えばお互いが丸見えだけど、俺の予想ではこれで充分だった。
きっとあれらは、壁を乗り越えては来ないだろう……なぜなら黒騎士は、手前にある低い障害物を迂回し、避けていたからだ。
「よし出来たな」
「ご主人、正面を開けているのはなぜ、ですかぁ?」
「それはな、誘導するためさ……いくぞ」
黒い石を中心に、漢数字の八をイメージ。
石の前にいれば黒騎士は集約、誘導される。
誘導するべき存在と、そうでないモノがいる。
確かに左右の崖には生まれて登る黒騎士が溢れ、背後は線のように細い存在がいる。だがこいつらは無視してよかった。
全周に黒騎士がいても、対処する必要があるのは一方向だけ。
要は、地下湖城側から向かってくる存在にだけ焦点を絞ればよかった。
そのために黒い石を基点に、八の解放部を受け皿にした。
出口を少しだけ開けて、そこから徐々に出てくる存在を排除する。
これで向かってくる方向も、一方向ではなく一点に限定されるし、少しづつ倒せば良いので時間稼ぎにもなった。
そう考えた俺って凄くない?
ついつい、走りながら自画自賛してしまった。
「流石、ですねぇ。ご主人は最高、です」
「説明をしてないのに、よく意図がわかったな?」
「当然、ですよぉ。で、これからどうするん、ですかぁ?」
どうやら伝わっていなかった。理解もしてない。
指示した作業ができるだけでもいい……のかな?
「黒い石の前に陣取って。出てきたやつを順番に倒せばいいだけだろう……」
「はにゃぁ、です?」
これ以上の説明は面倒だ。
「……いいから、さっさと行くぞ。小尾蘆岐が待ちくたびれてる」
うなずく楓と共に駆ける。
黒い壁を飛び越えて、内側に残っている存在を無力化。
開口部から出てくる存在に対処する体制を整えた。
見上げると小尾蘆岐が石の表面を小刻みに動き、体勢を変えながら何かをしている。
やっていることを見た目では判断ができないが、たぶん内部機構を弄っているのだと思った。
「待たせたな、どうだ?」
「あと少しだにぃ。だいたいの修復は終えたにぃ」
小尾蘆岐の言葉通り、線の黒騎士は下部の穴から出なくなっている。
線のような害のない存在とはいえ、視界に動くものがちらつくのは気が散ってしょうがなかった。
それに、このまま安定化ができれば、ここに留まる必要もなくなる。
これだけでも充分だと思うけど、あと少しで修復が終わるのなら大歓迎だ。
中途半端なやりかけで、状況が悪化する可能性も捨てきれない。
その時、背後から気配を感じて振り返る。
壁のスペースからは少しづつ黒騎士が抜け出てきて、こちらに向かってきていた。
「楓、あそこと、そこだ……」
「はいぃぃ、です」
数騎の黒騎士程度なら、光源を指し示すのが容易だ。
人差し指と中指を使いながら、指示を行う。理解した楓は、排除に走り出した。
「これでしばらく堪えられるな。ところで、体の調子は平気か?」
「……後で、千丈成分を補給させてもらうにぃ」
「俺の成分と言うのは止めろ!」
言い方は間違っていないのだが、なんとなく嫌だ。
「ご主人ぃ。次、ですよぉ」
存在の排除を終えた楓が声をかけてきた。
続いて入ってくる黒騎士の光源を指示していると、視界の端で別に動くモノがあることに気が付いた。
目を凝らす俺が見たものは、想像を超える量の黒騎士が壁をはみ出し回り込んでくる姿だった。さすがにこれを放置はできない。
俺は駆け出して、近い順から鎌を振るって光源を突き刺し、排除しながら進んだ。
「ちっ。どんどん増えやがる……」
ついつい愚痴りたくなる。
そこで武器を持つことの意味を実感した。
素手で対処していた当初は、一騎を倒すと肉体に大きなダメージを受けた。
連続で対処するには、小尾蘆岐の回復がないととても無理だ。
よくよく考えれば、あれらに素手で殴りかかるなんて頭がおかしいと思う。
……ほんと、どうかしてたよ?
しかし、こいつらは上と同じ黒騎士とは思えない。
姿形は同じだけど、もう少し行動に幅があった気が……
「せっ、千丈ぉ。だにぃぃ……」
背後から小尾蘆岐の叫び声が耳に届く。
それは、事態の変化を知らせてくる……
なぜ黒騎士が違うのか……それは、そう統率者の存在の有無だった。
「おいっ、小尾蘆岐。そこから離れるんだ!」
俺が見たのは、黒い石の頂上に立つ存在。
地上で苦戦を強いられた黒機動士が、小尾蘆岐見下ろしていた。
「あっ、あと少しなんだにぃ。必ずやり遂げると約束したにぃ」
目の前の存在に怯えながらも、小尾蘆岐は石肌にしがみついて必死に叫ぶ。それは決意だった。
「くそっ……楓ぇぇぇ! 頼む」
「ちいっ、です……」
黒い石に向かって戻る。
いったいいつから? 全く気がつかなかった。
舌打ちするも、離れた距離が果てしなく感じ、焦る気持ちだけが先走る。一歩が遅く感じ、スローモーションのようでもどかしい。
「死ねぇ、です」
やはり、楓の速度は異常だった。
近い位置にはいたが、たった一歩で黒い石まで移動。
次の瞬間に飛び上がり、黒機動士と同高度に到達。正拳を放った……
だが黒機動士はその場で身体を捻り、楓の拳を避けた。
そのまま、両手足を石に密着。蜘蛛のように動き始める。その速度は異常に速く、視界から消え去った。
「もう、いいから離れるんだ小尾蘆岐。裏側に回り込んだ。どこから来るかわからん!」
「まだだにぃぃ。諦めないにぃ……」
「……ふぅぅ、ちょこまかとぉぉ。うざぁ、ですよぉ」
楓は完全に見失い、石の頂上から行方を探していた。
そこで、黒騎士の壁で異変が起こる。
……それは陶器の破砕音のようで、まるで瓦が割れる音によく似ていた。
そんな乾いた響きが、同時に、不調和音のように空間に響き渡った……
「なにぃ……同士討ちか?」
「ご主人ぃー。来る、です。今行くの、です……」
楓は高い位置から見ていて、逸早く気がついたようだ。
それは、つっかえていた存在達が一斉に黒い壁を排除する不気味な響き。
進行を妨げる黒騎士の光点を攻撃し、粉砕を始めた音だった。
「こっちはいい、来るなぁ。小尾蘆岐を守れ」
「ううっ、ですけどぉ…… ここは気配が濃すぎて、あいつがどこにいるかわかんない、ですよぉ」
石の頂上にいる楓はついに腹這いになって、必死に周りを探す。
……だが、見つけられない。
「ちくしょー。フッざけんなよー」
せっかく苦労しながらも、設置した壁は砂塵と化した。
舞い上がる黒い煙の中からは、全身に砂塵を纏い歩み寄る存在が現れる。
俺は進行方向の黒騎士を避けるようにし、黒い石を目指して駆け抜けようとした。