楓湖城の探検038
ああ、やっぱりこっちに集まるってくる、です。
おそらく数百メートルの範囲が、あいつらの認知エリア、ですぅ。
さすがに全部は相手にしてられない、ですねぇ。
どうしましょう、です?
盛大なお出迎えだな。
いつの間に集まってきやがった……
「かっ、囲まれているだにぃ」
「楓こいつらは一体……」
「あたり一面に溢れている黒騎士の一部、です。壁を登っている存在はまだ未完成のよう、ですがぁ。徐々に体の形成を終え完成すると、そこら中を自由気ままに動き回るの、ですぅ」
形が仕上がるまでは、一定の方向に集団行動を行い。
完成体になると異分子の排除のために動き始める。こいつは厄介だな。
「階段を外に向かっているのも、こっちに集まりつつあるのか?」
「いえ、そっちは外部に向かってる、です。近いやつだけがここに集まっているの、ですぅ」
近いやつだけか。それでも、かなりの数になる。
そして、修復と防衛を司るこの石はどうする。
破壊すればあいつらを止められるのだろうか?
「ちなみに楓。発生源の黒い石はぶっ壊せそうか?」
「うーん、です。可能でしょうがぁ、体積と表面硬度を計算するとギリギリ、ですぅ」
「ギリギリとは?」
「壊せば楓は完全に魔波動の蓄積分を失う、です。それと、おそらくこれを壊しても、すでに生まれた黒いのは止められない、ですよぉ」
そいつは困ったな。
流石に動けなくなった楓抜きで、この大軍と渡り合えるだろうか……
うん、無理。
悩んでいる間にも徐々に包囲網が狭まっている。
先頭に立つ黒騎士は、すでに灯りの範囲内に入っていた。
飛びかかってこないだけましだが、無言で近づく存在は不気味の一言だ。
「なんとかならないかな」
「うぅ、怖いだにぃ……」
「小尾蘆岐もいい加減に慣れたらどうだ。ここは実家の床下だし、どうせ助けなんて来ないぞ」
「わっ、わかっているにぃ。怖いのは仕方がないだにぃ。千丈が異常なんだにぃ」
よく平気だと、頭上で小尾蘆岐が騒ぐ。
人間諦めと、順応性が大事だろうが。
でも、そう言われると何気に傷つくな……
「俺って異常かね……」
「いいえぇ。ご主人はかっこいい、ですよぉ。きゃあ、言っちゃった、ですぅ」
「かっこいいは関係ないだろう……誰もそんなこと聞いてない」
楓は相変わらずだな。
話しつつも、徐々に追い詰められて後退する。
下がる方向は、黒騎士見習いが生まれる黒い石だった。
石の高さは十メートルほど。
この表面には黒騎士見習いが取り付いていなかった。
周囲の崖は、全面に取りついた存在で真っ黒だ。
もはやこの黒い石を登るしか凌ぐ手段は……
「さわっても平気かな?」
「別に危険な感覚はない、ですぅ。表面の温度は三十.五度で内部の熱源が影響していると考えられるの、です。硬さはモース硬度で九もあるの、です。これはコランダムと同じ、ですよぉ」
楓の説明はマニアックすぎる。
必要な情報は、少し暖かい石だということだろう。
「とりあえず触れても平気そうだな。電流が流れてたり。爆発しないなら構わないだろう」
「そんな石は聞いた事がないだにぃ」
俺もないけど、なんせ魔女もいるんだ。
なにがあっても不思議ではない。
「近くなったら小尾蘆岐が先に登れ。楓が食い止める」
「せっ、千丈はどうするだにぃ?」
「いや俺も普通に登るけど?」
さすがに肩車のままでは登りにくいだろう。
「やっぱり楓は捨て駒、ですかぁぁ」
「そんなわけないだろう。あとで拾いにいってやるよ。部品が残っていればな」
「嫌ぁ、ですよぉ……ご主人と一緒がいいの、ですぅ」
「おいっ、リュックを掴むなよ。歩きにくいだろうが。……ちっ、小尾蘆岐、先に登れ」
「すぐに来るだにぃよ」
俺の肩に両足で立って小尾蘆岐が飛び上がった。
そして、数メートル上部にしがみつく。
出っ張りをしっかりと握って、体勢を安定させる。
石の表面は磨かれたように滑沢だが、妙な装飾が施されているので足場に困ることはなさそうだ。
「千丈も早くこっちに……えっ。なんだこれにぃ?……」
「どうした小尾蘆岐なにがあったん……うげぇ、重いぞ……」
忘れていた。
小尾蘆岐の能力で、俺は筋力を底上げされていたんだった。
離れたことで援助が切れて、背負ったリュックと鎌の重さを普通に感じる。
「リュックの紐が肩に食い込む……って。おい楓ぇ、引っ張るなよ」
「ううぅ。置いてかないで欲しいの、ですよぉ」
ぶん殴りたい。
重さが倍増している原因はこいつか……
だが、これならなんとかなる。
「リュックを失くすなよ」
「んなぁぁ、です。ご主人ちょっと待つの、ですよぉぉ……」
肩紐を外せば良いだけだな。
ふう、鎌だけならなんとか持てる。
楓はリュックを抱えたまま後向きに転ぶ。
そこには多くの黒騎士が待ち構えていた。白いワンピースの楓は群がる黒い群れに飲み込まれる。
「中には大事な物があるからな。壊したらお仕置きだぞ」
「ごっ、ご主人ぃぃ。ぶっ……引っ張るな、ですよぉ。こんのぉ、です」
スカートが捲れてパンツ丸出しになっているのは、計画的な気がする? まあいいか。さて、これで少し時間が稼げる。
壁に取りついて登ろうと足を引っ掛かりに乗せると、小尾蘆岐が話しかけてきた。
「千丈、この石は生きてるだにぃ。僕にはわかるにぃ」
「お前もか……ついに壊れたか」
過度な緊張が続いたせいだな。
「なんで優しい目で見上げてるだにぃ。それになんで壊れる?」
「わかったから。お前はよく頑張ったよ」
「なんだにぃ。だからぁ、この黒い石の内部が僕にはわかるにぃ。人の体にすごく似ているだにぃ」
人の体に……だと?
「ずいぶんとでかい人だな」
「ちっっがうだにぃぃぃ。構造がにて……」
「悪い、冗談だよ。わかった。で、どうにかできるんだな……」
なるほど。
人に近いなら、回復の魔女の能力で弄れるということかな?
「おーい楓。そうなのか?」
「……はにゃ、です。……ああ、そう言うこと、ですかぁ。可能なんじゃない、ですかぁ……うがぁー。しつこい、ですよぉ」
どうも、しっくりこない答えだ。
そもそも、人の体に干渉ができると教えてくれたのはお前だろう。
頑張れ楓。お前の犠牲は忘れない。
それより、小尾蘆岐の父親が残した手記には、たしか防衛装置が壊れていたと書かれていた気がする。
この修理ができれば、新たな驚異が生まれるのは防げるだろう。
「よし、じゃあちゃっちゃとやってくれ」
「軽く言うだにぃ。すごく複雑なんだにぃ」
そんなの見りゃわかる。
俺にもうっすらとだが内部に光るモノが見えた。
ただ、手出しはできない。そのような力は持ち得ていない。
だから俺にできるのは……これだけだ。
制御装置の石にかけた手足を離す。
そして、目の前の黒い群れに対峙した。
「おい楓、起きろよ」
「うぐぅ……邪魔なの、です。……はい、ご主人。では殺りましょう、です」