楓湖城の探検037
ここにもいっぱいいるの、です。
周りにもたくさんで面倒、ですねぇ。
それと、黒いのはここから出てくるの、です。
中は……うーん、かなり複雑で色々断線しているの、ですよぉ。
黒獣の群れに追いかけられながら、ついにたどり着いた湖城の最奥部。
そこに待つのは、崖一面に溢れる多くの黒騎士。
ただ、この黒騎士は少し違った。
旅館で襲いかかってきたモノと同じようだが、その姿は……
「なんだか、ちょっと違うだにぃ」
「ああ、ちょいとスリムだな。動きの早かった黒機動士より、さらに細身な感じだ」
「捕まえる、ですかぁ?」
「襲ってくるわけでもないのに、なんで仕掛ける? こんなの相手に戦うのはごめんだぜ」
「そんなことより、あいつらはどこに向かっているだにぃ……」
小尾蘆岐は懐中電灯の灯りを、先頭付近の黒騎士に向けながら呟く……
そんなのわかるわけがない。
ただ、こいつらもこれだけ騒げば、俺達の存在に気づいているはず。
だが、襲いかかってくる素振りや、振り向きもしない。無関心といった感じだった。
「千丈、こっちを見るだにぃ……」
目前の存在にばかり意識を向けている俺に、小尾蘆岐が新たな発見を伝えてくる。
懐中電灯に照らされる先には、真っ黒の大きな石があった。
下部には穴があり、そこから黒騎士が這い出している。
「ひょっとして、ここが発生源なのか?」
「そうみたいだにぃ……」
出てくる黒騎士は、崖の存在よりさらに細身。
人型をした線と呼んだ方が良い気がする。それが一歩踏み出すと、少しずつ形状が太くなっていった。
「徐々に変わるみたいだな」
「どんどん上に向かってるにぃ」
その時、群れを外れた数騎がこちらに向かってきた。
「殺る、ですかぁ……」
「ちょっと待て楓。攻撃してくる訳じゃなさそうだ」
殴りかかろうとする楓を止めた。
近づく三騎はゆっくりとした足取りで進み、やがて先頭を歩く黒騎士が目の前で消える……
あれっ?
「おおっ、消えたぞ」
「違うにぃ。穴に落ちただにぃ」
黒騎士の先には丸い穴が開いている。
消失したわけでなく開口部に落ちたようだ。
続いて後続の黒騎士も落ちていった。
「アホ、ですねぇ。うふふぅ」
「否定はできないな……」
三騎の黒騎士は、完全に穴の中に消えた。
他の存在は崖を登り続けている。
イレギュラーな動きは、先ほどのモノだけだった。
「落ちたやつは、なんで外れてきたたんだ?」
「さあ、ですよぉ……」
「わかんないだにぃ。でも、なんだか変な音がしないかにぃ?」
「音だと?」
耳を澄ませる。
聞こえてくるそれは、枯れ枝を踏んだような乾いた小さな破砕音。
音源は先ほど三騎の黒騎士見習いが落ちた穴だ。
あいつらは成りかけなので、見習いを付けて呼ぶことにしました。呼び名は大事ですよ。
「またなんか考えてるにぃ……」
「気にするなよ。……禿げるぞ」
「千丈が禿げればいいだにぃぃ」
やめろー。
髪の毛を引っ張るなー。
「ご主人に危害は許さん、です」
「うぐっぅぅ。ごめんなさいにぃ」
楓が跳ねて軽くチョップを行うだけで、小尾蘆岐の頭部からはおびただしい量の出血がほとばしった。……あぁぁ、恐ろしい。
「……おいっ、平気か?」
「かっ、かすり傷だにぃ。ほらぁ、もう塞がったにぃ。……でも、痛かったにぃ」
「なめるなちびっこ、です。次は粉々にしてやる、です」
「楓、怪我をさせるのは禁止だ」
「悪いのはちびガキ、ですぅ。ぷいっ、です」
まったく、しょうがないな。
だけど、かなり力の制御ができている。
小尾蘆岐の頭がスイカ割りのように弾けなかったのが、なによりの証拠だ。
「軽口が生命の危機に直結する状況は、さすが地下だぜ」
「地下は関係ないだにぃ」
そうだね。
さて、穴に向かいますか……
「しかし、なんでここだけ丸く穴が開いてるんだろう? それに、周りは若干湿っていて出来たばかりのような……」
「さっき楓が石を引っこ抜いて、できた穴、ですよぉ」
「石だと? ああ、黒獣の時に出口をふさいだ岩か……」
二メートル近い岩は、ここから持ってきたんだな。
落とし穴かと思った。
「じゃあそんなに深くなさそう……えっ?」
内部を覗きこんで俺は驚いた。
そこに落ちた存在の姿はなく、あるのは蜘蛛の巣のような細い線が詰まっていた。
「あいつらはどこに行ったんだ?」
俺の疑問に答えたのは楓だった。
「ご主人、この中に詰まっている線が黒いやつ、ですよぉ」
なに、だいぶ形が変わってませんか?
見ていると、線に周囲の土や小石が集まる。徐々に奥から盛り上がっていった。
「穴を塞いでいるのか?」
「そうみたいだにぃ。なんだか僕がやってるのと同じような感じがするにぃ」
そういえばこいつは、突っ込みのお笑い芸人じゃなかったな。
小尾蘆岐の能力は回復の魔女だったっけ?
「変な考えは、やめた方がいいだにぃよ」
「なぜわかる!?」
小尾蘆岐の感覚が鋭くなってきている。
「それよりどういうことなんだ。楓、解説だ」
「はい、ですぅ。どうやらこいつらは修復も行う存在みたい、ですねぇ。線はまるで線維芽細胞のよう、です。人体の場合で考えれば、これにコラーゲンや肉芽細胞が形成されて増殖、組織の再生をしていくの、ですよぉ」
うんわからん。
「怪我したら瘡蓋が出来て。内側から傷を治すだにぃ」
「なるほど、わかった」
「なぜ、ですかぁ!?」
楓は相手に合わせた解説をするようにしてもらいたいな。
あんな専門的な説明が理解できるはずないだろう。
ただ、解説を求めたのは俺だけど……
「とりあえず、楓が壊した部分の補修をしてるというのはわかった」
「理解してもらえて嬉しいだにぃ。誉めるにぃよ」
小尾蘆岐もだんだん楓と似てきたな。
悪影響が広がっていく。
「あー偉いな」
「頭を撫でてもいいだにぃ。というか髪の跳ねを直すにぃ」
「あーはいはい。楓」
「頭皮を切り落とせばいいの、ですかぁ?」
「やぁ、止めるだにぃ!」
手刀の構えを取る楓と、俺の頭部にしがみつく小尾蘆岐。
さて、お遊びはこのぐらいにしとくか……
「防衛装置と言うより、なんだか修復装置だな。ここと違って、上の黒騎士はなんで襲いかかってきたんだろう?」
「たぶん、ですよぉ。修復も仕事の内なんでしょう、です。本来は異分子を排除するのが目的みたい、ですぅ」
「異分子?」
「……せっ千丈さん。ヤバイだにぃよ」
「なんだよ、髪の跳ねなんて自分で直せ。甘えるな」
「違うだにぃぃ。周りをよく見るだにぃ」
周りだと?
さっきからずっと見てるじゃ……えっ、なんだこりゃ……
楓が持つ照明の灯りが届く範囲の先。そこには黒い壁のような物が見える。
目を凝らすとそれは人形のシルエット。
完成体黒騎士の姿だった。お久しぶりです。
どうやら完全に囲まれてしまったようだ。
楓がした発言の意味を理解しました。
我々こそが異分子ですね。