楓湖城の探検036
ご主人早く、ですよぉ。
ここから下に向かうの、です。
この先が元凶、です。
必ずご主人と共に帰るの、です……
「ご主人ここっす、ですよぉ」
楓は満面の笑顔で開けた穴から手招きをしている。
階段に続くドアがあると想像したが、
実際は壁の裏側を通る階段に、無理やりぶち抜いて通す。
それは、楓らしい力任せな行動だった。
そして、その穴は小さく楓がぎりぎり通れるぐらい。
小尾蘆岐を肩車した状態で、直立して通り抜けるのは厳しい。
体勢を屈めて、なんとか内部に潜り込んだ。
「狭っ!?」
「そう、ですねぇ。ここがちっちゃいのはわかっていたの、です」
その内部は狭い。
幅も、高さも二メートルほど。
今までは、ここの倍以上の広さがあった。
身体を屈めるほどではないが、小尾蘆岐の頭をぶつけそうだった。
「なあ、小尾蘆岐。そろそろ降りないか?」
「……嫌だにぃ」
俺の頭部にしがみつく力がより強くなって、首の下に足首を絡ませている。
小尾蘆岐の断固拒否な構えを崩せなかった。
「いいかげんに独りで歩けチビ、です……さっさと離れるがいいの、です」
ぶっ殺すぞ、と物騒な発言を楓が行う。
なぜか俺の目を見つめながら……
見つめる目に対し語りかける。
……だめだよ楓。お前が暴行を行使すると、俺が死んじゃうからね。
……首を傾げないで欲しい。
いつもは俺の心が読めるのに、こういうときに限っては意思疏通が図れません。都合がよすぎる。
……もはや、危機感しかない。アイコンタクトは諦めよう。
「楓ぇ、やめろよぉ。頼むから拳を握るな!? あと怖い目で俺を見つめるな」
目がマジだ……俺はなんにも悪くねぇ。
「だって、ですよぉ。我慢するのもげんか……」
「……ここは譲らないだにぃ!」
「……あぁっ、です!?」
なんだこいつら、アタマがおかしいのですか?
小尾蘆岐も、楓の危険性がわかっていない。
こいつの場合、後先考えず欲望のまま動くロボットだ。
きっと殺っちゃってから悩むだろう……その時、俺はきっともうこの世にいない。
どうしようか悩む俺は、忘れていた。
何から逃げてここにきたのか……
背後の壁が衝撃で崩れる。
飛び散る破片、舞い散る埃が視界を覆う。
「やばっ、いっ行くぞ!?」
「ちっ、です」
楓が壊した壁面の穴に、黒獣が突っ込んだ。
背中が引っ掛かり通り抜けられないようだが、周りが崩れて開口部が大きく広がる。
側面からは、他の小さい黒獣がなだれ込んできた。
慌てて階段を駆け降りた。
数段飛ばしどころか、もはや飛び降り状態だ。
次からつぎへと、階段の踊り場を目指し跳躍する。
「ご主人、もうちょっとで行き止まり、です」
「行き止まりって。ちょっ、どーすんの?」
楓の言葉は、死刑宣告そのもの。
このままだと、確実に背後から雪崩のように落ちてくる黒獣に巻き込まれてしまう。
詰んだか……ここまで来たのに。
「せっ千丈!? どうするだにぃ……」
「楓、頼む。行き止まりの前になにか方法はな……」
「ドアがある、ですよぉ。何を慌てているの、ですかぁ?」
……マジで殴りたい。
「……同感だにぃ」
小尾蘆岐と心が通じ合った瞬間だった。
「でもぉ、です。鍵が……」
「壊してこい」
「掛かっ……て、です。……ご主人?」
不思議そうな表情をする楓。
本気でぶち壊したいのは、ドアの鍵なのか。
それとも楓なのか、わからなくなってきた。
あぁ、違うな。どっちもだった。
だが、順番はドアの鍵が先だな。楓はその次だ。
「さっさと行ってこい。二度も言わせるな」
「はい、ですぅ。いますぐ、ですよぉ」
楓が視界から消える。
相変わらず、移動速度は異常としか言えない。
下からは楓の叫び声と共に、ドアが破壊される音が響いてくる。
「小尾蘆岐、もうちょっと先を照らしてくれ。着地点が見えないと転びそうだ」
「わかってるにぃ。僕は千丈や楓ちゃんのようにいかないんだにぃ」
配慮してほしいと叫び声をあげている。
だが、こいつにも頑張ってもらわないと、待っているのはバットエンドだ。
そして、ついに階段が終わりを迎える。
最後のスペースに足をつけ、開いたままのドアに飛び込んだ。
それと、背後を黒い塊が埋め尽くすのは、ほぼ同時。
まさに間一髪。
振り返り、開いたままのドアに蹴りを入れて閉めた。
鍵は破壊されているので、一時的な目眩ましにしかならない。
だがこれで、心の平穏は計り知れない。次は……
「楓ぇ!」
「はい、ですぅ」
楓は片手で自身の身長を超える岩を持って待つ。
そのまま閉めたドアの前に置いた。
これで、より時間を稼げた。
「よし、とりあえず撒いたぞ」
「いつのまに楓ちゃんと打ち合わせをしただにぃ?」
「ご主人のお心は、いつでも楓と繋がっているの、です。ぱっと出のちんちくりんとは大違いなの、です」
「お前が家に来たのは、最近だろ……」
楓とは、たいして長い付き合いではない。
「なんで、ですかぁ。楓はずっと、ですねぇ……物陰からご主人を見続けてきたの、ですよぉ」
「リアルに気持ち悪い……」
「あはは、気持ち悪いって言われたにぃ」
「うぎぎぃ、です。ちびすけ。後でしばく、です」
あーはいはい。
喧嘩は俺のいないところでやってください。
「それより、ここは……どこだ?」
「かなり降りてきたにぃ。きっと底だにぃ」
「まあ、そうだよな。さっきの階段も終点みたい……」
周りを見回すと、違和感を感じる。
それは、上部の小尾蘆岐も同じようだった。
「千丈!? なんだか、壁が動いている気がするだにぃ」
「壁じゃない、ですよぉ。黒いあいつら、です」
気のせいではなかった。
周りの壁には、大量の黒騎士が張り付いている。
「ひょっとして、ここが防衛装置なのか……」
俺の呟きに答えられるのは、この場には誰一人としていなかった。
蠢く、黒い存在は沈黙を保っている。