楓湖城の探検035
あぁ、やっとご主人のところに、です。
寂しかった、ですよぉ。
「ご主人……大変、ですよぉ。いっぱい、ですぅぅぅ」
やはり飛び出してきたのは、照明を持った楓だった。
俺達に出会い、その表情には安堵が……
おっと。それどころじゃない。
「よし、小尾蘆岐。落っこちるなよ」
「やっぱり、こうなるんだにぃぃ!?」
楓がくる方向に、背を向け走り始める。
もはや懐中電灯の出る幕はない。それよりも遥かに明るい照明を抱えた楓が、走ってきているからだった。
そして、すぐに真横に並ぶ。
「ご主人ぃぃん。……探したの、ですよぉ……ぐすぅ。……どこに行ってたん、ですかぁ?」
「まあ、ほら……ちょっと散歩だよ」
涙声で聞かれると……置き去りにしてきた罪悪感が芽生えた。
ついそんな嘘を言ってしまう。
「ふーん、です……楓は、ですねぇ。たった独りでワンちゃん達とじゃれあっていたの、ですよぉ」
「……そうか。未知の生物と交流が楽しめてよかったな。まあ俺達も二匹とじゃれあってだな……そのうち一匹は、黒い小山に変わったけど、残ったのはさっき寝転んでいただろ?」
「……独りで、ですよぉ」
今回はずいぶん引っ張るな……
それに俺の話も聞いちゃいない。
拗ねる姿を見て、なんだか面倒になってきた。
もう謝って終わらせるか……
「なあ楓、置き去りにしてごめ……」
一世一代の謝罪に対し、楓が取った行動は……
「ちなみに、ご主人。その手にあるカッコいい得物はなん、ですかぁ?」
楓の興味は、俺が持つ鎌に移っていた。
大泣きを始めるのではないかと心配したが、無駄な心配だった。謝罪の気持ちを返してほしい。
まあ、ちゃんと謝ってないけど……
改めて考える。
こいつはこういうやつだった。
更新時期が開きすぎると、細かい設定を忘れてしまう。
「そこの部屋で見つけた。欲しいか?」
「いいん、ですかぁ。ご主人からプレゼントは初めて、ですぅ」
ああ、プレゼントね……これが、か?
こんなの俺なら絶対に喜ばない。
というか、普通は大鎌などいらないだろう。
そもそも、これに未練などない。
「じゃあやるよ。刃物だからな取り扱いに……」
「今はいいの、ですよぉ。それは、両手で持たないと格好がつかないの、です。照明の必要がなくなるまで我慢の子、ですぅ」
確かにそうだな。
楓の片手は照明を灯して塞がっている。それに光源がないと俺が困る。
「じゃあ、後でな。あと、この震動と咆哮はいったい何事だ……」
「ご主人を探して、見つけた扉を片っ端から開けたら、ワンちゃんが、どんどん増えてきたの、ですよぉ」
またお前が元凶か。そんなことだと思ったけど。
「その、最終的に何匹ぐらいになったんだ」
「二十五匹までは数えていたの、ですよぉ。大きさもバラバラでどんどん増えるから、そのうち面倒で放置したの、です。そしたら急に走り始めたの、です」
黒獣は二十五匹以上か……
……ん。急に走り出した……だと?
ひょっとして、あの下半身を切り裂いたやつの呻き声か……
「仲間を呼び寄せることができるようだな。それと、お前はどうして黒獣の前にいたんだ?」
黒獣の群れが走り出してから、追いかけたんだろう?
「追い越したの、です。その先にご主人がいたの、ですよぉ」
よかったと喜ぶ楓。……そうか、追い越したのか。
納得できないけど、ここにいる以上嘘は言っていないだろう。
「あと楓。お前上にいたとき、黒獣はどうしてたんだ?」
そんなに大量の黒獣が溢れると、さすがに無事でいるのがおかしいだろう?
こっちは、たった二匹であんなに苦労したのに。
「何匹かぶち殺すと大人しくなるの、です。その後は、遠巻きについてきたの、ですよぉ」
聞くだけ無駄だった……
何の参考にもならない。
きっと大声で俺を呼びながら、次からつぎへと目のつく扉を開け放って、黒獣を連れて歩いたんだろう。
ちっ……余計なことをしやがって。
「後ろから群がって来るあいつらも、まとめて殺っちゃっていいぜ」
「面倒、ですぅ。どんどん湧いて出てくるん、ですよぉ。キリがない、ですぅ」
湧いてくるんじゃない。お前が引き連れてきたようなもんだろう。
なんて言っても仕方がない、今更だ。……もういいや。
しかし、この先はどうなっているのだろう……
どこまでも続く回廊の先に目を向ける。その時、頭上から小尾蘆岐の叫び声が響く。
「千丈ぉぉ、先頭の黒獣が追いついてきただにぃぃぃ」
「……そうか、何匹ぐらいだ?」
「よっ、よくわかんないだにぃ? でも、見えるのは数匹だにぃ。奥にいっぱいいて、すごい音がするだにぃ」
背後の黒獣が追いついてきた。
大きさも倒した黒獣より、ひとまわり小さい気がする。
響く足音で判断するしかないけど。移動速度が早い。
そして楓は、本気で走っていないだろう。
俺の速度に合わせてくれている。
もっと速く走り、引き離したい。
だが、背中の荷物と小尾蘆岐を搭載している状態では、これが精いっぱい。
このままだと、徐々に距離を詰められて、やがて背後の黒獣の群れに巻き込まれるだろう。
それは避けたい。
「楓、なんか対策方法はないか?」
「この先に降りる階段がある、です。下に向かいながら、天井でもぶち壊す、ですかぁ?」
「よし、それでいこう。……天井ってこの石造りだろ? 壊しても大丈夫か」
この建物が崩壊しないだろうか? ちょっと心配だ。
「たぶん、ですよぉ。その時は永遠に一緒、ですからねぇ」
「ああ、小尾蘆岐もな……」
「嫌だにぃ!?」
どのみち、追いつかれれば、あんまり考えたくない事態が待っている。やるしかない。
「あとどのくらいだ?」
「そこの先、ですぅ。角を曲がった所、です」
「あぁ、悪いが先に行って開けてくれるか?」
「了解、ですぅ……」
楓は瞬間的に速度を増して角を曲がった。
やはり、俺に合わせてくれていたのか。そう考えていると、先から破砕音が響いてくる。
ん? なぜドアを開けるだけで、破壊の音がするのだろうか……
角を曲がると、目に入ったのは壁が丸く粉砕し、内部から顔を出している楓の姿だった。
壁面を破壊するとは、さすがに予想できなかった。