楓湖城の探検034
ぞろぞろ、です。
うざったいの、ですよぉ……
俺は行動を大きく封じた黒獣を見る。
さて、どっちから片付けるかなぁ……よし決めた。
まずは首筋を抉った一匹に目を向けた。
こいつは視界の阻害をしただけで、体当たりと鋭い爪はいまだに有効。しかし、小尾蘆岐から支援を受けている俺の状況からすれば、それは無力に等しい。
闇に紛れるように大きく迂回して、背後に回り込む。
これだけで黒獣は、俺を完全に見失った。
巨躯を動かして探ろうとするも、ぎりぎり繋がっているだけの首は、身体の動きについてこれない。
そっと背後からの跳躍を行う。
手にした鎌を背中の中央に向かって、全力で振り降ろす。
長い刃は背に突き刺さり、腹部を貫通した。
そのまま柄を掴んで背に立つと、空間を震わせる咆哮が響きわたった。
小尾蘆岐と俺、それに荷物の総重量はおそらく百キロを超える。
黒獣の四肢は重量に耐えきれず腹が床につき、刃の尖端が床に刺さった。
脚や身体を暴れさせているが、深く刺さっていて抜けることはない。それに振り落とす力は出せないようだ。
柄を掴んだままで視線を巡らせると、腰の下で目的のモノを見つける。
ここなら内部に走る光の線がよくわかった。
黒いモノが持つ弱点。……そう光の塊だ。
なるほどぉ……見ぃつけたぁ。
「愉しそうにして、けっこう酷いことができるだにぃ」
「そうか、代わるぜ?」
「結構だにぃ!!」
柄を掴んでいた手を逆手に持ち替える。
この持ち方なら引き裂きやすい。そのまま両脚に力を込めて鎌を引く。
……光の塊中心に向かって、黒獣の胎内を刃が通過する。
手には筋繊維や、骨を切り裂く感触が伝わり……やがて、光る塊に到達。両断した。
そして、尻尾の横からは鎌の刃が飛び出し、勢いそのままで空中に飛び上がる。
天井に両足を着けて、太い柱の中央に鎌を突き立てぶら下がった。
「さて、どうなるのかな?」
懐中電灯の明かりの中にいる黒獣は、斬られたままの状態で身動きをしない。そう感じたのも一瞬。
切り裂いた部位から崩壊が始まり、背中から順にまるで溶けるように形が変わる。時間経過と共に、黒い小山に変貌した。
「なるほど、こいつもこれを破壊するとこうなるんだな」
「ずいぶんと余裕だにぃ……」
そうか? そんなことないと思うけど。
「さて、もう一匹は……ちょっと光源から離れちゃったな。しかし、この鎌は凄い。軽く木材に突き刺さるし、黒獣もスッパリといったぜ」
「だから言ったにぃ。伝説の武器だにぃ!!」
「本当にそうかもな。重さもさほど感じないし、なんとなく不思議な感覚が伝わるような気がするんだよ」
よくわからないけど。
「不思議な感覚?」
疑問の声をあげる小尾蘆岐。
こいつには伝えようがない感覚だ。
それは、なんというか……そう、香りとでもいうのだろうか? 漂う何かに惹きつけられる。そういった感じだ。
「香り……」
「千丈がなにをいってるか、僕にはわかんないだにぃ」
だろうな……俺もわからん。
「それより、もう一匹をさっさと片付けて、楓と合流するか。どうせあいつもこっちに向かっているだろうしな」
「楓ちゃんを迎えに行くだにぃ」
意外に近くにいるかもしれないけど。それも、根拠のない感覚だけど。
「じゃあ、降りるぞ。しっかり掴かまっとけよ」
梁に突き刺さった鎌を引くと、抵抗なく抜け始める。
完全に抜け切ると、身体は重力に引かれ床に降り立つ。足元の懐中電灯を拾い上げ、小尾蘆岐に手渡した。
「……動かないだにぃね?」
懐中電灯の明かりに照らされる残る一匹の黒獣は、じっとこちらを見続けている。
いや、動かないだけで、低い唸り声を上げていた。
「なんだか、これに斬りかかるのは、ちょっとな……」
さすがに、半死状態の黒獣相手に躊躇する。
「ねえ千丈……何でずっと低い唸りをあげてるんだにぃ?」
「さあな? 威嚇じゃあ、なさそうだぜ……」
唸り声は回廊全体に響く。
ずっと、遥か遠くまで伝わり、反響を残している……
「ほっといて先に進むだにぃか?」
「そうだな、もう追っかけて来れなさそう……ん?」
その時、床に触れている足からの微かな振動を感じた。
耳を澄ませると、遠くからも目の前で唸る黒獣と同じようで、もっと高い、遠吠えの音が聞こえる。
「……ねえ、千丈さん? 僕は今、凄く嫌な予感を感じてるんだにぃ」
「おお、奇遇だな。俺もだよ、あはは……」
その音と振動はずっと奥……先ほど通ってきた漆黒の闇から、徐々に近づいていた。
もはや気のせいではないだろう。
揺れも激しくなり、天井からは舞い散る埃が落ちてくる。それが懐中電灯の明かりに輝く。
「小尾蘆岐さんよ、奥を照らしてみろよ」
「……嫌な予感しかしないだにぃ」
小尾蘆岐が照明を廊下の先に向けようとした、その時だった。
数十メートル先、曲がり角の境目が、仄かに明るくなり始めている。
しばらくすると、境界がはっきりと視認できるようになった。
それは急速に照度を増して、限界を超えて本体が飛び出してくる。
……というか、ここでの光源は確実に二つしかない。
その残りひとつが、やっと追い付いた瞬間だった。