表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白物魔家電 楓(しろものまかでん かえで)  作者: 菅康
第三章 楓湖城の探険
62/115

楓湖城の探検027

ご主人の元に早く行きたい、です。

でも、まだ、ですぅ。

もう少しであいつに届く、です。あちらに意識を向けるのは許さん、ですよぉ。


でも、これ以上は楓が我慢できない、です。

さっきみたいになれば全部の力を開放して、全部を破壊しつくしてやるの、です。

 背後から聞こえる楓の叫びと、地面を揺らす振動が伝わってくる。

 それを聞きながら雑草をかき分け黒機動士を目指し俺は駆けた。


小尾こ お蘆岐ろ ぎどうだ?」


「このままだにぃ。あと少しで完全に回り込めるにぃ。……もうすこし右側を走るにぃ」


 中腰の俺は完全に雑草に埋もれている。

 周りの状況はわからないが不安な気持ちは全くない。

 楓は相手の注意をそらせることなく引き付けてくれているだろう。そして小尾蘆岐は目的地に向かって俺を誘導してくれる。

 それぞれが最善を尽くしている。


「前に黒騎士二騎だにぃ。左に迂回だにぃ」


「ああ……」


 だいぶ黒騎士を回避する回数が増えた。

 もう近い、そう感じる。

 起伏した傾斜を上がると小尾蘆岐から声がかかる。それを聞いて俺は足を止めた。


「……そろそろだにぃ。前の草を超えた先に黒機動士がいるだにぃ」


 完全に裏をかいて回り込むのに成功したようだ。

 俺はさらに姿勢を低く進む。慎重に草むらをかき分けると前方十メートルほどで黒い細身の体が見えた。ついに捉えたぞ。


 今の状況なら俺は百メートルの世界記録を抜けるだろう。

 あの独特の決めポーズをする選手が9秒台を記録したのが人類の最高記録だったはずだ。


 人は筋組織の破壊を無意識に防ぐ制限がかかっている。

 俺にはその制限がない。靱帯がちぎれようが、骨が砕けようが気にする必要はない。

 どんなに壊れても……そう肩に乗せた小さな魔女が治してくれる。

 だからできる、必ず届く。さあ、決着をつけよう。


 隠れていた草むらを一気に飛び出し全力で黒機動士に突き進んだ。わずか秒未満の時間で肉薄する。

 振り返る黒機動士がゆっくりとした動きに感じた……

 後ろを振り返る前に俺は脚を伸ばす。背後からでも見える一際輝く光の塊に狙いを定めて。


 加速が加わった俺の蹴りは黒機動士の背に突き刺ささり、その輝きを靴の底が踏み砕いた。


 そして弾ける……

 瞬間の出来事だった。そのまま身体ごと黒機動士にぶつかると、黒機動士は黒い粉塵ふんじんをまき散らして消し飛んだ。


 これで二騎の黒機動士を完全に排除した。あとは……宴会場に向かうだけだ。


「ご主人ぃぃぃん、ですぅ。おらぁああぁ」


 楓だ、きっと間に合うと思っていた。

 黒機動士を倒す際、靴はだいぶ損傷したが形を保っている。

 ただ脛はスラックスが破れてすねの薄い皮膚がめくれている。脛骨けいこつが露出して、膝蓋しつがい靱帯じんたいがむき出しだ。だけど不思議な事に血はあまり流れていない。

 人体の脆さは痛感していた、ただ痛くないけど。


 この状態になる事と、それによって無事な着地ができなくなるとわかっていた。だが俺は心配をしていなかった。

 黒機動士に走り出した時には、楓も全力でこちらに向かって黒騎士を粉砕しながら突き進んでくる……

 前に並ぶ黒い壁を破壊して俺の元に来ると信じていた。事実そうなった。


 地面を転がる前にしっかりと楓に抱きしめられる。

 浮遊感に包まれていた俺の身体は安定感を取り戻した。


「ご主人はなんで本当に無茶ばかりするの、ですぅ。今度こそ楓は……です」


「ああ!? なんか言ったか、よく聞こえないぞ?」


「何でもないの、です。ちびすけさっさとご主人を治すの、です」


「やってるだにぃ!! もう本当に大変なんだにぃ……」


 楓は何かを言っていたが、風切り音でよく聞こえなかった。

 どうせ、どうでもいい事だろう。だけどちょっと心配させすぎたかな。

 だが、これで別館宴会場への道が開けた。


 しかし小尾蘆岐の回復は本当に凄い。裂けた皮膚の時間が逆戻りをするかのように塞がってゆく。

 頑張ってもらって申し訳ないけど、ちょっと気持ち悪っ!?


 俺と小尾蘆岐のセットを楓は抱えたまま、地面に着地。

 片手に掴んだままの角材を前方に残った黒騎士数騎に向けて放り投げる。

 轟音を響かせ高速回転して飛ぶ角材は進行上の黒騎士を巻き込みながら突き進む。


 そして、追いかけるように楓は走り出す。旅館の宴会場のある別棟に向かって。


 やがて角材は別館のドアを完全に破壊し、室内に突入。

 大きな風穴が開いて、内部の黒騎士数騎が角材の下敷きになって蠢いていた。

 それを飛び越えて、楓は宴会場に向かう。


「ご主人あそこ、ですよぉ」


 楓が指さす先は宴会場の一角、畳が外されたぽっかりと空いた漆黒の空間だった。

 縁からは黒騎士が這い出て……こちらに向かってくる。


「あそこの下がそうなんだな……行けるか?」


「ご主人が望めば、です。楓は……従うまで、ですぅ。ただ……ちょっとお力をいただきます、です」


「ああ、吸い上げろ。そして……突っこむぞ」


「はいっ、ですよぉ。ご主人しっかりつかまって、です」


「小尾蘆岐もな」


「平気だにぃ。ちゃっちゃと原因を突き止めるにぃ。そして帰ろうだにぃ」


「ちびすけ、お前が言うなぁ、です。おらぁ」


 楓は近寄ってきた黒騎士を飛び越えて、漆黒の空間上部にぶら下がる照明装置のケーブルを握って、ぶら下がった。覗き込むと下は真っ暗で底は見えない……けど、なんだか壁面が動いている気がする……


「ご主人、底からたくさん黒いのがいてる、です。気持ち悪いの、ですよぉ」


「よく見えるな……俺には全くわからん。その深部にはそのまま行けるのか?」


「地面があるです。そんなに深くない、ですよぉ」


 地面がある? じゃあそこに制御装置とか、防衛装置があるのだろうか?


「楓、機械みたいのは見えるか?」


「それらしいものは見えない、ですよぉ。わらわらと横から黒いのがどんどん出てくる、です」


「ちょっと待つだにぃ。うんしょ……」


 小尾蘆岐は俺の身体を器用に移動して、背中のリュックから黒い棒の筒を取り出した。

 そして、また俺の肩に戻ってきた。ここがこいつの定位置になりつつある……


「なんだそりゃ? 武器か?」


「……武器の訳無いだにぃ。スイッチオンだにぃ」


 それは懐中電灯だった。LEDライトの真っすぐな光が暗闇の一部を明確化した。

 確かに底までの距離は十メートル前後だった。ただ、床を覆いつくす大量の黒騎士がいて、その端は壁面に取り付いてよじ登っている。

 どうやら、ここが発生源で間違いないようだ。観察を続けると横の穴から続々と出てくるのがわかった。


「うわぁ、かなり気色の悪い光景だな……夢に出そうだ」


「ご主人の夢に楓も登場する、ですかぁ?」


「僕はどうだにぃ?」


 知るかよ!? 緊張感のないやつらだな……

 さて、どうしたもんかな? 勢いでここまで来たけど、対処方法を全く考えてなかった。

 あの穴をふさげば止められるだろうか? でも、なにを使えば塞げるだろうか? 畳じゃ無理だよな……


「楓がご主人の夢に出演する、です!! ちびすけの出番なんてない、です」


「僕が能力で、千丈の深層心理に刷り込んでやるにぃ」


「これ以上余計な事しやがったらひねり殺す、です」


「やれるもんならやってみるにぃ。両腕が塞がって何も出来ないだにぃよ」


 何だこいつら、アホなのか? 両方をぶん殴りたいけど……後にしとくか。


「ご主人……」


「今度は何だよ!? 今考えてる最中だから、お前らもちょっとは対策を考えろよ!!」


「いえ、です。三人の重量は……」


「お前は人じゃない!!」


「どうでもいいの、ですぅ。それより、ですねぇ。……持ちません、です」


「なんだって!? よく聞こええないぞ?」


 その時、楓の握る照明装置が天井ケーブルごと引きちぎれる。

 一瞬の浮遊感に包まれ視界が下方に動く。明るい室内から一気に漆黒の空間内に向かって落ちていった。

 小尾蘆岐が発する間の抜けた叫び声が空間内に響き渡り、俺の視界は暗闇に包まれた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ