楓湖城の探検026
ご主人にした報いを受けやがれ、です。
うじゃうじゃとうざったいこいつらも許さん、です。
怒りのボルテージが上がりきった楓は崩れた東屋の角材を振りかざし黒騎士に向かう。
両手に握る木材は身長の何倍もあり、重量は百キロを超えるだろう。
それを楓はプラスチックで出来た玩具のバットのように軽々と振り回す。
風を切る豪音が、硬い物を砕く大音響が中庭に響き渡り、一降りで数騎を吹き飛ばしながら突き進む。
「おいっ楓ぇ! やりすぎだ、落ち着け!?」
「千丈!? やばいにぃ! 楓ちゃん目がマジだにぃ!!」
本気で怒った楓を見るのは初めてだ。
おそらく俺が攻撃を受けたのがきっかけだろう……声は届いているはずだが攻撃を続けている。
「このおぉ、です。おうらぁぁあ、です」
猛り狂う楓の元に行けない……
俺の体にはまだ負傷の影響がある。特に脚部が痺れて満足に動かない。小尾蘆岐が治してくれているが回復にはもうしばらく時間がかかる。
「千丈どうするだにぃ!? でも……このまま黒騎士が全滅できれば楽に奥まで行けないかにぃ?」
「いや、それは無理だろう、このままでは楓のエネルギーが枯渇してしまう。そのならないようにセーブしてここまで来たんだ……」
たしかに今の楓は、黒騎士を完全に圧倒している。
悩む俺に小尾蘆岐から問いが発せられた。
「エネルギーの枯渇かにぃ?」
「まあ、気にするな」
エネルギーの枯渇が気になるか……
まあ普通、生身の人間に使う表現ではない。ただ小尾蘆岐に説明している時間はない。
それより楓だ。
「めちゃくちゃ怒っているのはわかるけど、あいつはどうするつもりだと思う?」
「やっぱり黒いのを全滅させるつもりじゃないだにぃか? 黒騎士の塊に向かって行ってるだにぃ」
「いや、さすがに全滅はどうかな? ……蹴散らして、活路を開いている途中……じゃないのか?」
それとも、あいつは我を忘れて暴走しているのだろうか?
ん!? 楓は何かを追っかけてるぞ?
……ああ、あれは、俺を蹴っ飛ばしてくれた黒機動士だな。
どうやら、あいつに狙いを定めて追っかけているみたいだ。
たしかに黒機動士が現れてから黒騎士の動きが変わった。
今までは無秩序に襲い掛かってきていたけど、今は集団を形成し始めた。統制のとれた動きを始めつつある。
今は黒機動士を護るように黒騎士が立ちふさがっている。
そして楓の足止めにけしかけられている。あいつが指示しているとしか思えない。
「なあ、小尾蘆岐。どうやら楓はあの黒機動士をぶっ壊す気満々なご様子だ」
「黒機動士って、あの細いやつの事かにぃ? よく千丈は名前を考えるだにぃ……」
名前は必要だろ。じゃないと読者に上手く伝わらないだろう?
「なんか言ったかにぃ?」
「べつに、独り言だよ……」
黒機動士は俺を蹴っ飛ばしてくれた恨みがあるからな。
それに、放置して後々追いかけられても困る。やはり、この先に進むためには排除が必要だ。
楓も初めの数撃以外は、あまり無茶な攻撃はしていないな。
角材の攻撃も単なる力業みたいだ。
異常なことは当然だけど、もう慣れた。どうやら我を忘れている訳じゃなさそうだな。それなら……
おっ! 足の感覚が戻ってきた。これならもう行けそうだ。
「小尾蘆岐、ありがとうな。体もこれならもう大丈夫だ」
「それは良かっただにぃ。あんな無茶はやめて欲しいにぃ。一撃で即死しちゃえば、僕にはどうしようもないだにぃ」
「苦労をかけて悪かったな。だけど一騎だけでも倒せたのは良かった。それより黒機動士は指揮官のような存在みたいだな」
俺の周りの黒騎士は黒機動士の元に向かい、壁になっている。
楓に片っ端から粉砕されるが……順次追加されるので、全体の総数は変わらない。
黒騎士の多くが向こうに集結してくれるおかげで、こっちに襲い掛かってくる奴はいなくなった。
それでなんとか回復時間が稼げた。
二騎の黒機動士がいた場合、戦力を分散して攻められただろう。そうなればきっと耐えられなかった。危なかったな。
中庭奥では戦闘が続いている。
楓が距離を詰めれば、その分黒機動士が距離を開けて離れる。
空いたスペースには黒騎士が立ちふさがる。その繰り返しだ。
これだと全部を倒さない限り、楓の攻撃が届くことはない。
中庭には続々と新手の黒騎士が入って来はじめた。全体の総数が着実に増え始めている。
早くもう一騎を片づけないと……均衡を崩す必要がある。
「堂々巡りだな。そろそろいくぞ小尾蘆岐!!」
「ああ、そうだにぃ。で、どこに行くだにぃ?」
もちろん、一台で孤立奮闘している楓の元にだ。
俺は立ち上がって楓の元に駆け始める……
黒騎士の間を縫うように。そしてすぐに楓にたどり着く。
「楓、心配させたな。小尾蘆岐のおかげで怪我は治ったぞ」
「ご主人……すみません、まだ仇を討っていない、です」
「仇って!? 俺は死んでねえよ。せめて、仕返しにしてくれよ」
楓の中で俺は亡きものになっているのか?
「まあいい、あいつをさっさと倒して中に入ろう。で、どうだ?」
「はい、です。すばしっこい上に、こいつらが邪魔するの、です。すっごくむかつく、ですよぉ。おらぁ!!」
横に回り込んできた黒騎士に、楓は角材を振るう。
横殴りの暴力が通りすぎたあとに残るは、黒い下半身のみ。上半身の光輝く部位は完全に消滅した。
これなら細かい指示をする必要がない。だが……
「溜めてた魔波動は、まだ大丈夫なのか?」
「何とか、ですぅ。節約しながら頑張ってる、ですよぉ。……後でぇ、補給させてください、です」
やはり、かなり消費しているのか。
「なんとかあいつを倒すまで頑張ってくれ。今は楓に注目が集まっているから、そのまま突っ込んで暴れてくれ」
「……ご主人、ひょっとして、また無茶をするつもり、ですか?」
「いや、今度はそんなに無茶はしない……つもりだけどな。ほんの少しだよ、いつまでも追いかけっこしている場合じゃないだろ?」
「だめ、です。楓が全部ぶちのめします、です。ご主人はもう……むりしないで……です」
俺を心配する気持ちはわかるが、このままでは追加される黒騎士に蹂躙されてしまう。
それに、黒機動士も増えないとは限らない。不安げな楓の目を俺はじっと見つめて話す。
「わかっているさ、だが、この状況を打開するためには、どうしても必要なんだ。お前の力をもう少し使わせてもらうぞ」
「うぅぅ……はい、です。楓はご主人の物なの、です。いかようにもお使いください、です」
「よし、なるべく派手に蹴散らしてくれ」
楓は無言でうなずいてから、角材をゴルフクラブのように振るう。
斜めから地面に突き刺さり、正面の黒騎士を巻き添えにして降りぬいた。中庭には大量の土と黒い煙が舞い上がった。
その中に俺は腰を低くし飛び込んだ。
正面に布陣する黒い集まりを迂回するように。伸びた雑草の陰に隠れるようにして……
「千丈、楓ちゃんにあいつらの意識が向いているだにぃ」
「黒機動士はどうしている?」
「楓ちゃんの方を向いて、黒騎士をけしかけているにぃ」
やはり黒機動士は強敵として楓を認識している。こうなるのは予想した通りだ。
頭一つとびぬけた位置にいる小尾蘆岐は雑草の上に少し飛び出た潜望鏡として働いてくれている。
小柄で小さいから目立たないので最適だった。俺の代わりに状況の確認をしてくれる。
「千丈、前方に二騎の黒騎士だにぃ。右に回るにぃ。建物にぶつかったら左に進むにぃ。それで黒機動士の真裏に行けるだにぃ」
小尾蘆岐の状況確認を聞き、素早く迅速に中庭を縦断する。
目指すは黒機動士一騎の排除だ。俺は雑草の海を駆けた。