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白物魔家電 楓(しろものまかでん かえで)  作者: 菅康
第三章 楓湖城の探険
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楓湖城の探検020

出てくる、です。

ふかい、深い地の底から、ぞろぞろと、です。


まるで誘蛾灯に群がる虫みたい、ですぅ。

面倒な事になりそう、ですよぉ。

「……ご主人、なにかが動き出したの、です」


 その言葉は、事態の急変を知らせる内容だった。


「なにが動いているんだ?」


 俺には何も感じられない。

 いや、ずっと気配は感じているのだが、その変化は旅館に入った時から変わっていないように思う。しかし、楓の警告は続いた。


「今は、あのぼろっちい部屋にいる、です。その、親父さんの手帳にあった何かだと思うの、です」


「手帳に? ああ、防衛装置が壊れて……そう書かれていたな? でも、10年以上前だぜ、なんで今さら動くんだよ」


「それは、楓にはわからないの、です。でも確か、です。こっちに向かって来てるの、です」


 こっちに動く?

 その時、廊下を質量がある物質の立てる軋みが、微かな振動が、俺の耳に聞こえた。身体に伝わってくる。


「ああ、確かに何かがいる…… どうだ楓、撃退は出来るか?」


「わかんない、ですよぉ? 逃げた方がいいと思うの、です。面倒、です」


 確かにそうだな。

 手帳には何体もいた事が書かれていた。当時に比べて数は減っただろうけど、全部を小尾蘆岐の父親が破壊した訳じゃないだろう。

 逃げるか……そうすると、その窓からしか脱出路がないな。


「なあ、小尾蘆岐、歓迎の使者さんが、廊下を進んでるみたいだぜ」


「千丈はなにを言ってるだにぃ? ここには誰もいないだにぃ」


「そうでもない様子だぞ。もう廊下まで来ている」


 ばかばかしいと、小尾蘆岐はそう言いながら俺の前を離れた。

 そして、玄関に向かい始める!? おいっ!? マジかよ……


 よせばいいのに小尾蘆岐はドアを開け放った。



 廊下は一面真っ黒だった。そう表現する以外に表せない。

 そのような高密度で何かがいた。目の前にひしめいている……うげぇ、やばい…ぞ…


「あれぇだにぃ? なんだか黒い壁が前にあるにぃ!?」


「小尾蘆岐ぃ!?」


 素早く動いて小尾蘆岐の背中を掴む。

 手前に引き寄せるのと、黒い塊が動くのはほぼ同時。

 いや、ほんの少しだが俺の引っ張るほうが早かった。真っ黒な腕が玄関側の壁を突き破って向かってきた。


「うぎゃあぁ、何だにぃ!?!?!?」


 その腕は、小尾蘆岐が立ってていた場所に暴力的な破壊の傷跡を残して、再び廊下に消えてゆく。

 開け放ったままだった、ドアを巻き添えにして……


「楓ぇ!?」


「ご主人こちら、ですぅ」


 外から楓の声が聞こえてきた。

 俺が小尾蘆岐の元に向かう際、楓は背中を離れた。

 そして、玄関と反対の窓を開け放って、逃げ道の確保をしてくれていた。退路は繋がっている。


「よし、じゃあいくぞ!」


 片手で小尾蘆岐を小脇に抱えて窓の方向に向かい、もう一方の手でリュックを掴んだ。

 ここまで来て、これを置いていけるはずは無いだろう。


 背後を確認した。その黒い物体は、ドア枠に引っ掛かって室内に入れずいた。金属をひっかくような音が室内に響いてくる。


「なあ、歓迎の使者だったろう?」


「バカだにぃ?、なんで教えてくれないんだにぃ!?」


「言ったじゃん? それにバカは酷いな、言い直せよ」


 小脇に抱えた小尾蘆岐から、(いわ)れのない言いがかりをつけられた。ちゃんと教えたのに……そもそも、自分で向かっていった癖にひどいやつだな。


「それどころじゃないだにぃ!? 逃げるだにぃ!! 千丈っ早くだにぃ!」


「……」


 世の理不尽さを感じるな。おっとそれどころじゃない。あいつは枠を破壊し始めやがった。

 砕けるガラス、壁面の粉砕音を背後に聞きながら、窓枠を潜り抜けて裏庭飛び出した。


 先に出ていた楓は、周囲の警戒を行いながら、こちらに走り寄ってきた。


「ご主人、外にも大量に気配が満ちている、です」


「ああ、そのようだな。しかし、なんでこう急に変わるかね?」


 全く、もう少し大人しくしててくれればな。

 しかし、あの宴会場に近づいた時の気配はあいつらだったのか……


「せっ千丈!? あ、あれは一体なんだにぃ?」


「さあな? 知らん。それより、なあ、俺の勘は間違ってなかっただろ?」


「楓はご主人を信じていたの、ですぅ。そうじゃなかったのはこのチビすけ、ですよぉ。悪いのはこいつ、ですぅ。うぷぷぅ」


「そうだな、あははぁ」


 楓は小尾蘆岐を指差し、口元に手を添えて笑っている。もちろん俺もだ。小尾蘆岐を見下ろして笑った。


「何を呑気に笑っているだにぃ! 千丈、早くここを離れるだにぃ!!」


 我が儘だな、さんざん忠告したのに……

 まあ、今度は立ち去るのをご希望だ。早く帰りたいので、それには俺も賛成だ。

 そう考え、小脇に抱えた小尾蘆岐を降ろそうとしたら、そのままの体勢から俺の体をよじ登ってきて、背中にしがみついてきた!?


「お前は自分で歩けよ!?」


「断るだにぃ! 僕の手足は短い! 従って走るのが致命的に遅いのだにぃ!!」


「自信満々に言うなよ!?」


 置いていこうかな? マジで。

 小尾蘆岐は、俺の心を読んだかのように、先程よりしっかりとしがみついてきやがった。

 首には小尾蘆岐の両腕が巻き付き、腰には脚が廻されて、足首を交差してロック完了。


 ピッタリフィットの小尾蘆岐さん。

 体も柔らかく、隙間なくくっつくと、なんだか子供みたいだな。

 親戚のまいこちゃんをおんぶしたのを思い出すな。元気かな?


「ああっ!? 、ですぅ。そこはぁ楓の場所、ですよぉ。きいぃぃぃ」


「そう癇癪(かんしゃく)をおこすな楓、子供のすることだから大目に見てあげろよ」


「子供じゃないだにぃ!? 訂正を求めるだにぃ。断固異議を申し立てるにぃ。それと、もう、ここは僕が占拠しただにぃ」


「むきぃぃぃ、ですぅぅ」


 子供のケンカか?

 楓もそんなにムキになる事かな? まあいいや。

 そんなやり取りをしていると、背後の室内から黒い物が窓枠を破壊しながら外に出てきた。

 陽光の元に立つ黒い物体は、中世の騎士をイメージする外見をしている。明るく広い場所に来ることで、初めて全体像を把握できた。


「小尾蘆岐? お前の旅館(じっか)斬新(ざんしん)だよな?」


 ロビーにはオリジナル小尾蘆岐グッズが並び、廊下にはビー玉の室内庭園、そして、真っ黒な中世のような騎士。こんな宿泊施設は見たことねーぜ。そうだ! あれは黒騎士と呼ぼう。


「あの化け物の事なら、さすがに旅館とは関係ないだにぃ…和風じゃないしにぃ」


「和風かどうかが問題か? でも、全部があそこから出てきたぜ?」


 旅館の名産品だな。さて、これは冗談にして、そろそろ逃げるか、黒騎士は足も遅いしな。そう考えていると、楓が話しかけてきた。


「ご主人、あれには何か楓に通ずるものがある気がするの、です。ちょっと対話をしてくるの、です」


「……対話だと? おいおい! どうみても言葉は通じないだろう?」


「ここは任せる、ですよぉ。そんな、チンチクリンなんかより、楓が役に立つの、ですぅ。良いところを見せるの、です」


「チンチクリンじゃないだにぃ!? これから大きくなるのだにぃ。大きいのがそんなに偉いだにぃかぁ?」


「ふん、です。大きいは正義、です。おこちゃまにはわからないの、です。それより、よく見ているの、です。あっ、ご主人、楓の優秀さに惚れるとやけどする、ですよぉ」


 ついに脳のメモリーがおかしくなったか? 惚れる訳がないだろう?

 そもそも、あれと対話だと? 黒騎士の感情は読めないけど……あれ? なんだか俺に向かってくる気がする。

  黒騎士の眼は兜内の奥にあるはず。そこからは、ずっと刺さるような視線が注がれ続けている気がする……

  双眸そうぼうは完全に隠れて見えないけど。


 楓は、黒騎士に向かって無警戒に近づいてゆく。出た!このパターン。過去の光景が脳裏をよぎった。結末が見える。


「はいぃ、です。怖くないの、ですよぉ」


 相手は犬か猫なのか?

 楓の判断基準は、俺の理解を越えているな。


「大丈夫、ですよぉ。ほおらぁ、です」


 楓は黒騎士に向けてゆっくりと手を伸ばす。

 なんと、相手もじっと見つめ返しているではないか?

 一言も喋らないし、表情は不明だけど……成功するのか?


「ほら、もう大丈夫、ですぅ。楓とご主人は、お前の敵ではないの、ですよぉ」


 さりげなく小尾蘆岐を弾いて、数に入れていない。

 こういう奴なんだよな、楓と言うロボットは……


 すでに楓は、黒騎士の腕の届く範囲まで近づいている。

 このまま、対話が成立すれば無事にここから退散できそうだな、そう思って安心した時だった。


 楓は横目で俺の方を見ているのに気が付いた。よそ見はまずいだろう。俺が見ているのに気が付くと、口角を引き上げてニヤリとした。


「どう、ですかぁ? 楓はできる子なん、でぶぅぅぎゃあぁぁ!!??」


 黒騎士さんの左ストレートが楓の横顔に炸裂した瞬間だった!!

 どこが出来る子なのか? 問いかけたいが、さすがに、今はそれを聞けるような状態ではないな…… やはりこの結末を迎えたか。

視点変換ーー小尾蘆岐07ーー

ーー楓湖城の探検16回想そのにぃーー


その部屋は宴会場の奥に位置していた。

千丈が声をかけると、楓は迷うことなく、僕を両親の過ごしていた部屋へと導いてくれた。

館内見取り図も確認することなくだ、凄い記憶力だ。


住居スペースは、つつましくも生活感の溢れる部屋だった。

玄関マットもすごく可愛らしい、掛けられているビーズの暖簾は、今の家にある物によく似ている。

その室内は、おかあさんの嗜好が色濃く残っていた。


ああ、確かにここで僕は暮らした、産まれた気がする。

なんだろう? わかるはずなど絶対にないけど、身体が覚えている……不思議な感覚だ。


脳裏に浮かぶ、ぼやけた視界と……明るい笑い声が…

そして、男性のりんと僕を呼ぶ声が聞こえた……気がする…

だれだ、誰なんだ? 僕を呼ぶのは? わからない、知らない……


住居スペースに入るのにドアを開けたのは千丈だが、内部には楓が先に入った。

楓は常に千丈の手が届く範囲にいることが多い。

広く見通せる場所では距離を開けるのだが、狭く見通しの悪い場所では必ずそうしている。

なんだかな……ちょっと? これは不思議な感覚だ? 自分でもよくわからないが、何かが心の中から溢れてくる。


懊悩している僕を横目に、楓は一冊の手帳を千丈に渡した。

その手帳を見た千丈は、僕に手渡してきた。

小尾蘆岐が読むべき、彼はそう言った。


一人で読むのが凄く怖かった……まだ1ページも開いてない。

手帳に何が書かれているのかなど、わかるはずなど絶対にない。

だが、僕には内容がわかる気がする。リュックを降ろして、僕は千丈の前にくっついた。


おとうさんに抱っこしてもらった事があるはずだが、僕は覚えていない。

でも、きっと今のような感覚なのだろう、すごく安心した自分がいる、今ならこの手帳を開くことが出来そうだ。今の僕はひとりじゃない。

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