楓湖城の探検019
なん、でしょうか?
楓の心が揺さぶられます、です。
あれを見た瞬間に、なにかが……、です。
わからないの、です。この気持ちはいったいなんなの、です?
部屋の隅にタンスがある。
それは、上部が両開きになる衣装戸棚タイプで、下部は引き出しが二つ。歴史を感じさせる古い造りの家具だった。
「そのタンスだよな、他には…ないな?」
「きっとこれだにぃ。ここに何があるだにぃ?」
「さあな、想像もつかないよ? じゃあ、タンスの確認を…と、その前に小尾蘆岐? 前にくっつかれると動きにくいのだけ……」
「お構いなくだにぃ!!」
「いや、邪魔だと言ってるんだ」
「お構いなくにぃ」
いったいなんだよ? それと、こいつもだな……
「おいっ楓ぇ!! いつまで背中にくっついてるんだ邪魔だぁ!!」
「お構いなく、ですよぉ」
俺は戦前の子だくさん主婦じゃないんだ。うっとうしい。
おんぶロボと、だっこくんなのか? 二人ともいい歳して恥ずかしく……
いや? 楓は製造年数か? そう考えれば数年……ははっ、俺は何を考えているんだ、バカバカしい。
まあいいや、どうせ俺の言う事など、こいつらは絶対に聞かないだろう。
「じゃあ、開けるぞ」
上部の扉に指をかけて、つまみを持つ手に力を込める。
軽い抵抗の後、金属音を立てて両側に開いた。簡単に開いたな……
衣装ダンス内部を覗き込むと、俺の目に入るのは男性物の背広が数点。そこには、贈り物に該当するものは見受けられない。
「ここじゃないみたいだな。それともお前にスーツでも残すつもりだったのかな?」
「千丈!? 背広の下に何かあるだにぃ」
下になにかがある…だと?
小尾蘆岐に言われて下方に視線を向ける。そこには、なにか白い物があるのに気がついた。
背広を端に寄せて確認すると、布に包まれた四角い物が隠されている。
全く気がつかなかった。よく気がつい……そうか、伸長の差だな、こいつ視点が異常に低いから。
そして、そのまま背広の間に体を差し込んで行くと、小尾蘆岐から理不尽な文句があがった。
「うっぷだにぃ。千丈、狭いだにぃ」
「……」
自業自得だ!! だったら離れればいいんだ。
気持ちを切り替えて、さっさと取りだそう。
「大きさの割に軽いな?」
その大きさはみかん箱ぐらいだ、約40cmほど。重量はおおよそだけど1キロぐらいだ。
両手で持ち上げると、腕と箱の間に小尾蘆岐が挟る。
実にじゃまくさいな。
箱は室内中央に降ろした。包んである布をほどくと出てきたのは本当にみかん箱だった。愛媛産か……そう箱には印字されていた。……別に意味はないだろうけど。
「なにが入ってるんだろうか? ……なあ、小尾蘆岐、これはお前が開けるべきだ、そう俺は思うけど、どうだ?」
「うん、僕が開けるだにぃ。ドキドキだにぃ」
ガムテープの封を、小尾蘆岐は剥がして箱を開ける。
そして、覗き込むと、さらに小さい箱が内部に収められていた。大きさは……もういいか、みかん箱より小さいとだけ言っておこう。
何も書かれていない茶色い小さい箱を開ける。
すると、そこに入っていた物は白い布の巾着が二つだけ。
包みを開けて、中から出てきたものは……男雛と女雛の二体の御雛様だった。
なるほど、これは恥ずかしくて、父親は奥さんに言えなかっただろう……
「これがそうなのか?」
「きっと、そう……だにぃ…」
小尾蘆岐は取り出した人形を手に持った。
そして、そのまま抱えて、うつむいてしまう。
その気持ちはすごくよくわかるぞ。
もし、俺がそれを貰ったら無言になるだろうからな。
父親はきっと小尾蘆岐が生まれる前に性別の確認をしないで雛人形を買ってしまったのだろう。
そりゃ、母親に言える訳がない……無下にはできないよな。
「それも、おとうさんの気持ちなのだから、ありがたく貰っておくべきかな?」
「うん、うん! 嬉しいだにぃ! …おとうさんから初めての贈り物だにぃ!!」
なんだか思った反応と違うぞ?
小尾蘆岐は、なんで雛人形を貰って嬉しそうにしているのだろう?
普通、男なら兜とか、鎧だろう?
それとも、小尾蘆岐家は男性でも、内裏雛を飾る習慣なのかな?
もしそうなら、余計なことは言わない方がいいな。
本人も喜んでいるみたいだし、そっとしておこう。
「雛人形、です……」
楓は俺の後ろから首だけ出して、小尾蘆岐の持つ人形をじっと見つめて呟いた。
「なんだ、お前も気になるのか?」
「はい、です。きれい、です」
そんなもんかね? 俺にはよくわからないな。
妹の雛人形が夜中に家中を走りまわっている。
そう小学校低学年の頃、同級生から脅かされて以来ちょっと苦手な意識がいまだにある。
それからだ。ひな人形の生々しい無表情に見つめられると、背筋が冷える思いがする。
……人形が魂を持つ、か。
「お前が雛人形に関心があるとは驚きだ。あれは食えないぞ?」
「たしかに、です。あれは、たべれないの、です。でもいいの、です」
なんだか不思議な感覚だ。羨望のまなざしとでも言うのだろうか?
楓は小尾蘆岐の持つ人形から目を離さずに俺の問いに答えた。
一応女の子のプログラムが入っているからかな? そういった事は、所詮男にはわからない事だ。
「じゃあ、そろそろ行こ……ん? 段ボールの底に何かあるようだが?」
俺がそう言うと、小尾蘆岐は内部を覗き込んだ。
「えっ? ほんとだにぃ。気が付かなかったにぃ」
みかん箱の底に、白く平たい物が入っていた。
小尾蘆岐は丁寧に雛人形を巾着に包んで、元の箱に戻す。
それから、箱の中に残る物を取り出して見つめる。そこには”想いで”と表紙に書かれていたのだった。
「アルバムまで……あったにぃ」
小尾蘆岐はアルバムを見つめて、それを開くことなく抱きしめている。
「開いて中の確認をしないのか?」
「ごめんにぃ、これは家に帰ったらおかあさんを一緒に見たいだにぃ。千丈には悪いけど…」
「いや、構わない。そうお前が判断したのならそれでいい」
「ありがとう……」
これで、小尾蘆岐からお礼を言われるのは何回目だろう?
こんな奴だったかな?
「今更だ、お礼なんて言わないでいい。ところで、それ全部がリュックに入るのか?」
「ああ、入るだにぃ。その為に大きいのを準備をしただにぃ」
小尾蘆岐は雛人形とアルバムを大事そうに抱きしめる。そして、丁寧にリュックにしまいこんだ。
心の奥底で長い年月ため込んだ、さまざまな疑問が解消できただろう。
小尾蘆岐旅館のひとときが終わろうとした時、その出来事が起こる。
それをはじめに感じ取ったのは楓だった。
「……ご主人」
その問いかけが、更なる異変の始まりとなった。
視点変換ーー小尾蘆岐06ーー
ーー楓湖城の探検15と16回想ーー
ああ…ここが、おとうさんとおかあさん。そして、曾祖母の旅館だ。
なんで、こんなに僕の動悸は激しく波打つのだろう。掛け軸、室内の様子を記録する。
一つひとつに思いが、両親の過去が詰まっている気がする。
廊下にある、この庭園は、いったいなんだろう?
一面のビー玉が敷き詰められている。
だが、僕は知っている。肉親にビー玉が好きな人がいる事を……それはおかあさんだ。
おかあさんの好きなビー玉がいっぱいだ。きっと、おとうさんが造ったのだろう。
なんだか嬉しくなった。いけない、ついニヤケてしまった。
千丈が変な顔をして、離れていってしまった。気持ち悪かったのかな? 気を付けよう……
二階の渡り廊下を通り、階下に到着する。
そこは宴会場だ。その様相は他と一線を画している。そう、荒れ果てていた、内部が崩壊している……
年数を感じさせない普通の旅館だった。そんな他の部屋を見てきた自分には、驚きと、疑問を生じさせる。
なにがあったんだ? なぜこうなっている?
答えなど、ここで考えても出ないだろう……
千丈と楓が、急に何かを感じたと言い始めた? いったいどうしたんだ? 帰るべきだと言い始める。
だが、進まなくてはいけない。ここまで来れたんだ。
もう戻ることはできない、真実を見つけるチャンスを永遠に失う事になってしまう。
どんなことでもいい、僕は自身の過去を得るために、無理を承知でここまで来たんだ。
必ず見つけてみせる……たとえ一人になったとしても……