楓湖城の探検016
ヤバイ、ですよぉ。
なん、ですぅ。
なんで楓はこれに気がつかなかったの、ですかぁ? ばかぁ、です。楓はアホ、ですぅ。
これじゃあ、ご主人の護衛の意味がぁ、楓の存在価値がぁ。……ないじゃない、です。
2階の渡り廊下を通り、別の棟に移動した。
向かいの建物を見ると、先ほどまでいたロビーが見える。
営業時は中庭を散策しながら、ここ宴会場まで歩けたのだろうが、今は厳しい。
その中庭は屋根も無く荒れ果てている。夏の植物が縦横無尽に生い茂り、まるでジャングルのようだ。
休憩用の場所があったようだが、そこにあった東屋は完全に崩れ落ちて、太い角材が至る所に散乱している。
「すぐそばだけど遠回りをさせるな」
「まあ、古い旅館だにぃ。きっとロビーのある建物を後で造ったんだにぃ。増改築を繰り返して旅館は複雑化をしていくのだにぃ」
「なるほどな、建物の構造もコンクリート造りだったけど、こっちは木造みたいだな」
「たぶん、旅館の古い部分がこちらだにぃ」
なるほど、さすが廃墟マニアだな。さて、宴会場に着いた。
ふすまは空いていて内部が見えるはずだが……真っ暗でどうなっているのかわからない。
廊下の光が、わずかな範囲を照らしている。わかるのはその部分のみだった。
「宴会場は暗いな……」
「そうみたいだにぃ。中はカーテンが閉められているようで、なんにも見えないだにぃ」
小尾蘆岐と内部を覗き込んでいると、背後から楓が現れた。やっと追いついたようだ。
「なんだか暗い、ですねぇ。なんだか色々ここは散らかってます、です。それよりご主人、さっき、ですがぁ。緑のビー玉を見つけた、ですよぉ。あの中になんと一つだけだったの、ですぅ」
「……よかったな」
どうでもいい。
けど、あの大量のビー玉の中から、たった一つを見つける……何気に凄いとは思う……素晴らしい機能だとは思うけど、能力の無駄使いだな。
それとは別の事だが内部状況が見えるのには驚く。さすが暗視機能を持つロボだな。
「楓、カーテン開けて来れるか? 俺には中が全く見えない」
「わかりました、ですよぉ」
楓はスキップをして、内部に入っていった。
端から順にカーテンが開かれて漆黒の室内に光が差し込んでゆく。これで室内が見通せるようになった。
内部は広さ三十畳はあろうかという広い空間だ。そこは他と違って、随分と……まあ、ひとことで言って荒れ果てていた。
天井には大穴が開き、天板が剥がれ落ちている。並んだ畳は鋭利な刃物で切り裂かれていた。
食器や、お盆の破片も大量に散乱している。
足の踏み場もない……その言葉は、このような状況を示しているのではないだろうかと思う。
「小尾蘆岐さん、随分とここは荒れているようだな……」
「ああ、そうだにぃね。しかし、なんでここだけ?」
そんなの俺にわかるわけがない。だけど、明らかに何かが争った感じがする。
ただ、俺はこのような状況に見覚えがあった。
そう、以前に経験している。
それは、人外の存在が争うと、こうなると言う事だ。
楓と五条先輩の戦いで、学校の予備備品室は、体育館は、確かにこうなった……このような惨状に変化した。
「……なあ、楓。お前はここに何か感じないか?」
「はてなぁ、です? クンクン、ですぅ。うへぇ、なんかくっさい、ですよぉ」
「くさい? 別にロビーと、あまり変わらない匂いだと……ん?」
おかしいぞ。なんだ!?、これは床下からなのか?
畳が裂けて剥き出しになった床下に奥に目を向けると、そこにはぽっかりと開いた暗闇が広がっていた。
そして、俺はそこから立ち上がる妙な感覚を覚える。
「おい、楓、戻ってこい。なんだか気味が悪い……」
「千丈どうしただにぃ?」
「ご主人何ですか? ここの床下から変な感じがしてくるの、ですぅ。臭いぃの、ですぅ」
ああ、なんだか危険な感じがする。
楓は表情を硬くし、こちらに戻ってきた。そして、俺の前に立ち暗闇に警戒の視線を向けている。
なんでだ?……全く気が付かなかったぞ?
違和感の正体を確かめるべく、改めて室内に目を凝らす。すると、ある見逃していた物に気がつく。
それは、陶器や木材の破片に紛れて、黒い物が散らばっている事だ。
「何だあれ……土なのか?」
拳大の物から、ビー玉ぐらいの大きさの漆黒の塊が散乱している。俺はそこから漂う、危険を伴う嫌な気配を感じる。
「急にどうしただにぃ。千丈も楓ちゃんも?」
「小尾蘆岐、お前にはわからないのか?」
「何の事だにぃ? 室内が荒れているのはわかるけど、それだけじゃないのかにぃ?」
小尾蘆岐にはなんでわからないんだ? 楓は感じているのに。それより逃げよう。
「とりあえず、ここはなんだか危険だ……」
「楓も同感いたします、です。すみませんご主人、どうやらあの黒いのを踏んずけて初めて感知ができたの、です。あれはいけません、今は活動をしてませんが他にもいる可能性が高いと判断するの、です」
やはり、あの黒いのが元凶か……活動? 生き物だったのか?
「すぐに、帰ろう……」
「ちょっと待つだにぃ、やっとここまで来れただにぃ。少しだけ、ほんのすこしでいいだにぃ。お願いだ千丈、楓ちゃん!?」
「……どうだ楓? あれは、動きそうか?」
「……わからない、です。すぐにどうこうする事は無いと判断する、です。でも、きっかけになることがあれば……楓にはわからない、です」
「そうか、なら多少の猶予がある、と楓は判断できるんだな?」
「……はい、です。おそらく、ですけどぉ。できればご主人には、速やかにこんな危険地帯を立ち去っていただきたいの、です。……それと、このちびはもうダメ、です。見捨てましょう、です」
ここで小尾蘆岐を置いていくのはさすがに……俺でも躊躇うぞ。
だが、猶予が少しあるか……
そうなら、急いで住居スペースの探索だけを終わらせて、早めに立ち去ろう。
「小尾蘆岐、奥の住居だけだぞ。それを見たら帰る、それでいいな?」
「……ありがとうだにぃ」
本当はさっさと帰りたい、だけどここまで来て、何も無いと小尾蘆岐は一人でも残る選択をするだろう。気配の感知をしていない、こいつだけを置き去りにする事は、俺には出来ない。
しかし、十年以上の年月が経過しているのに色濃く残る、この気配は一体何だろう?
外で感じていたものとは違う感覚だ。本質的な何かが違う気がする。素早く終わらせないと。
「楓、さっきみた住居部はどこだ?」
「はいっ、です。こっち、ですよぉ」
宴会場には入らず、廊下をそのまま進む。
そして、突き当たりを曲がった側面に、鉄製のドアがあった。
俺はおそる恐るノブに触れて力を入れると、すんなりと奥に開いていく。錆び付いた重苦しい音と共に。
入った場所は玄関だった。おそらく旅館の一室を改造したのだろう。原色のファンシーな玄関マットがあって、ビーズの暖簾が室内と玄関の境界に吊るされている。こんな生活感のある客室は無いだろう。間違いなく生活スペースだ。
一段上がった先は、6畳ほどの和室だった。少ない家具と、置物が何点かサイドボード上に飾られている。
「ここがそうなのか?」
「ご主人、ここに手帳がある、ですぅ」
部屋中央にちゃぶ台が1つあった。表面は埃を被っていて、楓が手にした黒い革貼り手帳の跡がはっきりと残っている。
俺はそれを受け取り、そのまま小尾蘆岐に手渡した。
「これは、お前が読むべきだろう?」
「うん、だにぃ!」
小尾蘆岐は何を思ったのか、背負っていたリュックを降ろして、俺の前に身体を滑り込ませてきた。
「なんだよ?」
「一緒に見てほしいだにぃ。ダメかにぃ?」
別にいいが、そんなにくっつかなくても、と思うのだが。
背の低い小尾蘆岐が俺の前にくっつくと、つむじを通じて手帳をそのまま一緒に見ることができる。
なんだか子供に絵本を読み聞かせをするみたいだな。経験はないけど。
「じゃあ、開くだにぃ」
「ああ、さっさと見ようぜ。これで……」
この旅館で起きた過去の出来事がわかる。
俺はそんな気がしている……根拠のない直感だが、これは外れる気がしなかった。
視点変換ーー小尾蘆岐03ーー
ーー楓湖城の探検14回想ーー
ついに旅館に入ることができた。
これが、僕がどんなに願っても、たどり着くことができなかった場所だ。だけど、意外に普通だな?
もっと、古くさくて、ぼろっちいのを想像していたが、ちゃんとしているじゃん。ご先祖と両親を誇りに思う。
おとうさん、おかあさん……んっ?
……前言撤回だ!!?
なんだこれはぁ!!?
恥ずかしいぞ、ああぁ、穴があれば入りたい。
なんで、なんでだよ。自分の名前でオリジナルブランドの商品を開発しているんだ!? バカじゃないのか?
千丈と楓は気がついてないみたいだが、お母さんのブロマイドがあるぞ!? 何が美人若女将だ!!? 綺麗なのは認めるが、これはない。
しかも、美人女将シリーズで、大女将だと!? ひいばあちゃんじゃないかぁ!?!?
奥に隠しとこう。ふう…
こらぁ!? なんで千丈は写真を撮っているんだ!? 止めてください。
ふうぅ。
やっと、この二人も小尾蘆岐旅館の恥部から離れて……
なにしてんの?
おいおい、10年以上前のお饅頭食うなよ!??
ガリガリとかじってるよ? うわぁあぁ? やめろよぉ!?
あぁ疲れた。