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白物魔家電 楓(しろものまかでん かえで)  作者: 菅康
第壱章 白物魔家電との出会い
5/115

招かざる楓と、招かれた俺(その弐)

 ご主人をスイスの秘密基地にご招待、ですぅ。


 では、楓のご主人様を"おもてなし"第2弾スイスへんが、始まりますぅ! でーす。

 **

 招かざる楓と、招かれた俺(その弐)

 005


 俺は部屋の押し入れを通り抜けてスイスの山荘に来た。

 部屋からトイレより近いスイスというのは、おかしいだろうか?


 押入れから一歩踏み出すと外界だ。

 玄関からスニーカーを持ってきて履いた。さすがに靴下で外を歩きたくない。


 それに、時差の関係でスイスは夜だった。山荘までの道は懐中電灯で照らしてながら歩く。周りは低い草が一面を覆っている。雨が降った後なのだろうか? とてもぬかるんでいて歩きにくい。


「なあ楓? なんで俺の部屋と山荘を直接繋げなかったんだ?」


「はい、ですぅ。雄大なアルプスの景色をご主人に見て欲しかったの、です」


「……そうなのか?、景色は夜で全く見えないけどな」


 俺は来た道を振り帰った。

 遠く闇の中に襖サイズの空間スペースがぽっかりと空いている。

 

 改めて考えれば、こんな異常事態を普通に受け入れている俺がいた。毒されてるなぁ。


「なにか問題があるん、ですかぁ?」


「……別にないかな?」


 話しながら歩くこと数分で山荘に着いた。


 立派な外観に驚く、2階建てのロッジ風といった造りだ。

 数段の木製階段をあがると、テラスになっている。その先は重厚な丸太の壁だ。……えっと、ドアはどこにあるのかな?


「見たところ入り口が見えないんだけど、どうやって入るんだ?」


「ご主人の手を壁の中心にあてて下さい、ですぅ」


「こうか?」


 楓に言われた通り、壁に触れた。

 すると、触れた場所を中心に淡くブルーに発光していった。金属的な音と共に突然壁が消失し、室内の空間と繋がった。


「……どうなってんだこれ?」


「この山荘はご主人の専用、です。開錠には掌紋で開くの、ですぅ。不届きものなどは進入不可能なの、ですよぉ」


「泥棒はこんなとこまで来れないだろ、それで、楓はどうやって入るんだ?」


「ご主人のご不在時は入れなくしたの、です」


バカじゃないのか?


「で、お前はこれからどうするんだ?」


 楓は無言で山荘の少し下にある木製物置のようなものを指差した。それは衣装ダンスほどの大きさだった。


「……おうち、ですぅ」


「いや、こっちで過ごせよ!?」


 俺は必死に目の前の山荘を指差す。

 こいつは、なんとなくだが、俺の部屋になだれ込んで来そうだったからだ。部屋はただでさえ狭いのだ、あそこに二人など暑苦しい。本当に迷惑だ。


「……よろしいのですか?」


「勝手にすればいいよ、どうせ誰もいないんだろ?」


「ここは、ご主人のお住まいですから、ですぅ」


「俺んちはあっちだからな、勘違いするなよ!!」


 慌てて先程通って来た道を振り返った。

 だが、見えるのは漆黒の闇だ、どんなに目を凝らしても、俺の部屋は見えなかった。大体の感覚で愛しの我が部屋の方角を指差す。


「はてな、ですぅ?」


 首を(かし)げるなよぉ。


「なんでだよ!? こっちに住むとかあり得ないからな、通学も面倒だろうが!!」


「ここと学校の教室を繋げる事も出来ます、ですぅ」


「それは絶対に止めろぉ!!」


 冗談じゃないぞ!?

 教室の掃除ロッカーを開けたら、スイスなんて状況になったら、どんな騒ぎになるか……想像しただけで背筋が凍るぞ。


「わかりました、です」


 なんとか諦めてくれたか。ほんとうによかった。


「わかってくれて嬉しいよ、それじゃ、お前がここで過ごしてくれ」


 ずっと住んでて貰えれば、なお良い。


「わかったの、ですぅ。楓がしっかりと管理するの、ですよぉ。それじゃ中にどうぞ、です」


「ああ、お邪魔するよ」


 山荘に入ると室内の見た目は普通だった。

 実際の山荘など入った事はもちろんない。なので、あくまでも俺のイメージした通りだっただけ。


 室内は落ち着いた雰囲気だ。

 大きな壁掛け時計の動く音がするだけで、それ以外は静寂そのものだ。

 窓の外は漆黒の闇で、窓からの室内光が草地を照らしているが、そこから先は全く見えない。


「ご主人どう、ですかぁ。自慢のリビング、ですよぉ」


「たしかにすごいな。驚いたよ」


 俺の言葉を聞いて、楓は小さくガッツポーズをして、鼻息荒くこちらを見ている。気持ち悪いな……


 俺はそんな楓を無視して室内を眺め続けた。すると、楓が横目にしょんぼりしているのが見えた。面白いな。


 部屋の中央にあるソファーに腰を落ち着かせる。

 フカフカで気持ちよい。そして、ほんのりとした暖かさと、かすかな鼓動をを感じた……なんだこれ?


「うぅ、茶でもいれてくるの、です」


「おかまいなく、すぐに帰るから」


「急ぐの、ですよぉ!?」


 走らんでいい。


 しかし無駄に広い。鹿の剥製が壁に取り付けられているが、何というか、不思議な動物と言った方が早いな?


 まず、角が何本もあって数えるのも嫌になる、口には牙も生えていた。鹿は草食動物だったはずだけど? 目も大きく顔の半分が眼球で出来ている。こんな生き物を動物図鑑で見たことがないぞ。


 まるで生きているようだ。まさに今こちらを睨んで……ん?


 (まばた)きをしたぞ、こいつ生きてやがる!?

 だが、どうせ壁から動けなさそうだし良しとしよう。


 その時、足元付近の壁から何か硬い物がぶつかる音がした。それは、前肢が壁の裏側にぶつかったような音だった。

 

 なんなんだ!?その後、しばらくこいつとの“にらめっこ”が続いたが、壁裏ドン以上の行動は起きなかった……


 ふう、驚かせてくれるぜ。


 暖炉には赤々とした火が灯っている。

 連日残暑が厳しくて寝苦しい夜が続くが、ここスイスの山岳地帯は寒い。半袖ワイシャツ、この姿ではきつく感じる。

 風邪を引く前にさっさと帰ろうと思った。

 腰をあげかけるとタイミング悪く、楓がお盆に飲み物とお菓子を乗せて出てきた。


「お待たせしました、です」


 ご主人ラブと達筆で書かれた湯呑みから湯気が立ち上る。お茶請けに羊羮(ようかん)も添えられていた。

 洋風ロッジとは、なにかが違う気がした。

 それに湯呑みについては絶対に突っ込まないぞ。


「…頂くよ」


 中身は、無糖のコーヒーだった。


「なんで中身はコーヒーなんだ? 湯のみで飲むには違和感が凄いぞ」


「この辺ではそれしかご用意が出来ない、ですぅ。今から仕入れに行ってきます、です」


 楓は慌ててエプロンを外し、走り出そうとしたので引き留めた。


「もうこれでいいから。そもそも買いに行くって、どこまで行くつもりだよ?」


 麓か? スイスは深夜帯だろう。


「イトー○ーカ堂です、です。走ればすぐ、ですぅ」


 ああ、確かに俺の部屋を通ればそれほど遠くはない。

 駅前までだから歩いて約30分だ、気にしなければいいか…


「もうこれでいいよ、なあ、なんでこんな所に山荘を造ったんだ?」


「敵からの攻撃に対処するため、ですぅ。これからご主人の安全を全力で護らせていただく所存、です」


「……敵?」


「はい敵、ですぅ。ご主人を危機から遠ざけるには地球規模でこのぐらいの距離は必要、です」


「ごめん、お前が何を言っているのか全然わからん」


 なんだ"危機”とは?

 今まで16年間そのような単語に触れた経験はほぼなかった。

 唯一覚えている危機は高校受験ぐらいだ。あの時は、試験数日前に死ぬほど詰め込み勉強をしたものだ。


「ご主人の危機はもうそこまで来ています、です。ご主人様の身の安全はこちらで過ごしていただければ安心なの、です。ダメでしょうか、ですぅ?」


 まだ続きがあったのね。俺の答えは決まっている。


「うん、脚下ね」


 冗談じゃねえぞ!?

なんでここで暮らすんだ? 平穏な生活がこれ以上壊されては困る。


「なぜ、ですぅ!? ここなら迎撃システムも完備してある、です。万が一の待避経路も構築してあります、ですよぉ」


「だから、誰かから狙われるような覚えがないんだって。なんで急にそんな話になっているんだよ。もうちょっと詳しく説明しろよ」


「ものわかりの悪いご主人さま、ですぅ」


「なんか言ったか?」


「いえ、何も言っておりません、です。ご説明させていただくっす、です。私が旦那さまより、こちらの『旧時代』に使わされたのは、これから訪れる災難(・・)を生き抜くのに、楓が必要なのだそう、です」


『旧時代』の発言に何故か引っ掛かるものがある。それよりも、不穏な単語が入っていた。


「災難とは? 」


「これからご主人様は多数の危機、災難に逢われるの、です。ご主人様のお持ちの能力は色々な物、出来事を引き寄せるそう、です」


「俺に能力なんかないぞ…」


 生まれてこの方、他者よりひいでていた記憶はない。ずば抜けて劣ってるとは思いたくないけど。


「いえ、ですぅ。その魅力的な顔立ちに、美声、です。もう楓はどっきどっく、ですよぉ」


 どっきどっくって…何?

 それより、魅力的な顔立ち、美声だと? 訳がわからない。顔立ちは普通だと思う。美声と言われたのは初めてだ。


 それに、かっこいいと言われたことは無かった。不細工と言われたこともないけど。


「かっこいいとも、先ほどは言い忘れた、です」


「だから、心を読むなよ!」


 楓と接するようになったのは昨日からだ。好感を持たれるような態度取った記憶はない。と、すると。


頭脳(メモリー)壊れてんのか?」


「壊れておりません、ですぅ。ご主人様がいけないん、ですよぉ」


「俺のせい!?」


「ハイ、ですぅ。ご主人様は常に特殊な波動を全身から出している、です。ご主人はこの波動の解析をされてゆくの、ですぅ。そして、これが魔科学の原点となります。魔家電のエネルギー源がそれなん、ですぅ。じゅるっ……」


 楓はニヤケた口元に涎を光らせている。心なしか先ほどより頬が紅潮している。

 俺は背筋が冷える感覚を感じてソファーの端に移動した。


「おい⁉ 変な目付きで俺を見るなよ、その波動とやらは何なんだ?」


「ご主人様その前に、です。今まで魔法がなぜ解明されなかったかご存じですか、です」


「魔法の解明だと?」


「ご理解が追い付かないの、ですねぇ。ご説明させていただきます、でぇーす」


 楓は口の口角を持ち上げて、"ニヤリ"とした表情を作る。心の底から憎たらしさを感じる。

 だが、ここで聞かなくては何がなんだか解らない。

 俺は首肯して話の先を促したが、楓は話し出そうとせずに俺の顔を覗き込んでくる。


「知りたいのではないの、ですかぁ?」


 何だろう、この態度はとても持ち主に忠実なアンドロイドという気がしない。ここで突っぱねてもいいのだが、せっかくここまで聞いたんだ。最後まで聞いとくか。


「……教えていただけますか、楓さん」


 楓は目元まで赤くして目を潤ませた恍惚の表情をしている。こちらを伺う様子は、本当に心から俺に破壊衝動を与えてくれた。

 ぶん殴りたい‼ 大型ハンマーでスクラップにして、市の廃棄ステッカーを貼り付けて、回収業者を呼びたい衝動に駆られた。


「ではお話ししましょう、ですぅ。科学は計測できて、そして検証をして初めて立証されるの、ですよぉ。つまり大昔の現在では、立証されていないということは解明されていないという事なの、ですぅ」


「計測だと?」


「ですぅ!! そこから初めて認められてゆくの、ですよぉ」


「それを俺がするのか?」


「それはわかりません、です。その可能性が高いということ、ですぅ」


「さっきは、俺が解明するみたいに言ってただろう?!」


「ハイ、ですぅ。貢献する事は確実ですが、未来は変動指数によって常に変わるの、です。バタフライ効果も知らないのですか、です?」


「そのぐらいは知ってるよ……えっと、つまりどういう事だよ⁉」


 本当はバタフライ効果とは、なんなのか知らない?


 どれだけ考えてもどうせわからないから調子を合わせるために"うそ"をついた。

 “ちょうちょ”が、いったい何だと、いうのだろうだろう。英語を日本語に変換した、それが俺の限界だ。


「ですから、ですぅ。ご主人も死んじゃえば発見も何にもない、ですよぉ」


「そこまでの危機状態なの!?」


 ヤバイじゃん、俺が!?


「ですので、ですぅ。楓の指示に従って下さいませ、ですよぉ」


「……ああ断る!!」


「なぜにぃ?!?!」


 おっ"です"が無かったぞ。そもそも、なんで俺がこいつの指示に従わなくちゃなんないんだ。

 ニヤケ顔が驚きのあまり口を丸く開けたままの表情で固まっている。それを見ると、先程までのイラつきが解消されてかなりスッキリとした気分になった。


 どうせ、危機感が無いと言われる世代だ。なんか問題が起きたら考えよう。

 ただ、楓が俺の所に来た時点で、既にトラブルのような気がする…


 しかし、この表情で固まったまま動かないな。放置してさっさと帰るか。

 紅茶も茶請(ちゃう)けも、もうないからな。


「じゃあ、俺は帰るからな」


「……」


 動かないな。


 時刻は6時になった、もうすぐ夕飯の時間だ。ちょうどよい時間潰しになった、さっさと帰ろう。

 家で飯を食べて風呂に入って寝よう。


 そのまま俺は、山荘を後にした。


 ここに来たとき真っ暗だった。だが今は山の稜線に沿って空が明るくなり始めた。時差って凄いな。

 アルプスの山々は、徐々に金色に染まり朝が近づいている。


 今までに見たことがない雄大な光景が目前に広がっている。


 ここまで来た甲斐があったと思えた。下を向くと開けっぱなしの俺の部屋が見えた。

後もう少しで自室に着く、明日もよい天気だといいなと感じた。

なお、最新投稿は、Twitterで投稿時期をお知らせして行きます、です。http://twitter.com/yasusuga9

ご意見、ご感想は"楓"が責任を持ってご主人に良いことだけお伝えするっす、ですよぅ。

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