楓湖城の探検008
ご主人とのお出かけ、ですよぉ。
お菓子もリュックにちゃんと入れた、です。
何処に行くん、ですかねぇ?
早朝の部屋で俺のスマホが鳴り響く。
画面には小尾蘆岐の名前が表示されていた。
俺が起きているのか確認をするために電話してきたと考えて、通話ボタンのタップを行った。すると、スピーカーからは軽快な明るい声が聞こえてきた。
「千丈おはようだにぃ! もう準備は出来ているかだにぃ?」
「ああ、もう少しだけど……」
俺は時計を見た。
時刻は5時を少し過ぎたぐらい。正確には5時2分だった。
記憶が正しければ、約束した時間は5時半だった気がするけど……
「まだ早くないか? どこから電話しているんだ?」
「家の玄関前だにぃ。見上げたら明かりが点いてたので、電話したんだにぃ」
なるほど! なっとく。
早く来たら起きてるとわかって電話したのか。
「もう少しだけ待っていてくれるか? 準備を終えたら外に出るから」
「気にしないでだにぃ。待っているにぃ」
スマホの通話終了ボタンを押して振り返る。楓は床に女の子座りをして、こちらを見上げている。
「おい、小尾蘆岐がもう下に来てるってよ。準備はもういいのか?」
「いい、ですよぉ」
楓の横にはリュックサックが一つあった。
それは、某ドーナッツ屋さんのライオンがモチーフのキャラクターだ。ワンピースといいずいぶん可愛らしい物を持っていると、俺は感心した。
「へー可愛いのを持ってるんだな?」
「ひよりさまからお借りしたん、ですぅ。どう、ですかぁ? 楓の服装によく似合うと思うの、ですよぉ」
なに!? かよりの持ち物だと?
それを聞きこれから出かける場所について考えた。
なにしろ行先は廃墟だ、汚したり傷つけたりしたら俺の妹は鬼のように怒り出すだろう。
「大丈夫なのか? お前これからどこに行くのか、わかっているんだよな?」
「ハイキング、ですよぉ」
「ちげーよ!? 廃墟という荒れ果てた建物にいくんだよ。借り物を汚したらどうするんだ?」
「平気、ですよぉ。楓が汚すはずないじゃない、ですかぁ」
はぁ!? 前に部屋中を泥だらけにして、俺のジャージをワンセットダメにしてくれたじゃねーか!? いったいこの自信がどこから来るのだろうか?
「俺は知らねーからな。ひよりを怒らすと手に負えないぞ」
「ご主人、その時はご一緒、ですよぉ。楓と一心同体、ですからぁ。きゃあぁ、恥ずかしい、ですぅ」
俺は、楓の言葉を聞いて、そっと先ほどの元椅子を掴んだ。
ゆっくりと振り上げ、楓の頭頂部を目がけて全力で振り下ろした。
**
「おう、小尾蘆岐、待たせたな」
多少汚れてもいい服装で、靴は一応登山用のブーツを履いた。
これは、父親に無理やり山登りに連れていかれた際に購入した物だ。役に立つとは思わなかった。
廃墟の場所は同じ県内でも、平地よりはかなり高い場所にある。学校の屋上から遠く見える山の中腹付近だ。
「ああ、朝早くからありがとうだにぃ。じゃあ、楓ちゃんも迎えに行こうだにぃ」
そうか、小尾蘆岐は楓が俺の家にいることを知らないのか。
「いや、もういるぞ。おいさっさと出て来い!!」
「……うぅ、です。今いくの、ですよぉ」
楓は重い足取りで玄関より這い出てきた。
さっきの一撃は効果があったようだ。頭部には大きなピンク色の " たんこぶ? " が出来ている。恐ろしい機能があったもんだ。
「どうしたんだにぃ? 楓ちゃん…その” たんこぶ ” は…ぷっ」
「今、笑いやがった、ですね。楓の頭を1.23秒も見てやがった、ですね。よし、です。覚悟はできてるん、ですか」
「いきなりケンカ調で絡むな。そもそもお前が悪いんだろう」
「そんなぁ、ですぅ。ご主人と楓の仲じゃない、ですかぁ。苦楽を共にすると言ってくれたじゃない、ですか」
言ってません。バカじゃないのか?
「まあ二人とも、いきなりこんなのは予想してなかっただにぃ。僕が治してあげようじゃないかにぃ」
「要らんの、です。明日出直すが良いの、ですぅ」
そう言って楓は俺に飛び付いてくる。
背中に抱きついてきて魔波動の吸い上げを始めた。すると、頭部に出来た漫画のようなたんこぶは徐々に小さくなり、瞬く間に通常に戻った。
「終わったら離れろよ、人前でみっともないだろうが」
「はいぃ、です。もう平気、ですよぉ」
頭部の修復を終えた楓は、素直に背中から離れてくれた。
背中に触れていた、柔らかい感触が無くなると普通は残念な気持ちになるはず。だが、俺はなんとも思わない。
それは、ぬるい水風船がくっついていた位の感覚だ。
「何をしているのだにぃ? 楓ちゃんの怪我が治っただにぃ」
「ああ、気にするな。それより、俺の手を診て欲しいんだが」
「うん、いいだにぃよ。……えっ!? なんで手の骨にヒビが入っているんだにぃ?」
「ちょっと硬いものを攻撃をしてな。よくあるだろ」
「あるわけが無いだにぃ。千丈は普段何をしているのか、よくわかんないだにぃ?」
俺もわかんないけど、別段特別な事をしている自覚はないぞ。
この怪我は、楓と過ごせば必ず起きる出来事だ。
小尾蘆岐は俺の手に自分の手を添えた。すると、暖かい感覚に包まれて痛みが引いていく。
「出鼻っから悪いな。もう大丈夫だ、じゃあ出掛けようか」
「待ってにぃ。なんで楓ちゃんが千丈の家から出てきたのか、教えて欲しいだにぃ」
そういえば説明してなかったな。
どうするか? 正直に話しても良いのだが……未来の俺から楓というアンドロイドが贈られてきて、そのまま俺の家に居着いてしまった。
なんて言えるわけ無いだろう。確実に頭のおかしな人だと思われてしまう。
「なぜ、千丈は黙っているかだにぃ?」
「ああ、実はこいつ俺の家に居候として暮らしてるんだ」
正確には違うけど、大体正解だからこれでいいかな?
「そうなんだ、親戚とかかにぃ?」
「いや違うけど? ……まあ、そんなもんかな?」
しつこいな、なんでこんなに聞いてくるんだ?
「楓がご主人と寝食を共にするのは当たり前なの、です。しつこい、です。このちびっこがぁ」
「何が当たり前なんだよ!?」
寝食を共にはしてねえだろうが。
寝るのは……はっ、ひょとして毎朝枕元にこいつが立っているのは一晩中俺の布団に潜り込んで……いや、考えるのは止めよう。
よし、今度押し入れに鍵を取り付けよう。
「二人の関係は……一体なんだにぃ?」
「まあ、一言では言えないんだよ。そのうち説明する機会があればするから早く行こうぜ」
ぶつぶつと言いながらも、小尾蘆岐は歩き出してくれた。
「ご主人おなかがすいたぁ、ですよぉ」
「しかし、お前はなんでそんなに食欲があるんだ?」
「たくさん食べて色々大きくしたいん、ですよぉ」
アンドロイドはご飯を食べて成長するんだ!?
ビックリだよ。
「なあ、小尾蘆岐途中のコンビニで朝食を買っていこうぜ」
「ああ、いいだにぃ」
こうして駅に向かって歩きはじめた。
謎の多い目的地に……
それが、どんなところなのか、まだ俺は知らない。
楓湖城の探検をお読み頂きまして、誠にありがとうございます。
次回投稿は週末にもう1つ行いたいと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。