楓湖城の探検006
ご主人と帰る、ですぅ。
明日はお出掛け楽しみ、ですよぉ。
おおっ、お出掛けと言えばおやつ、です。たっくさん用意して行くの、ですよぉ。
ハンバーガーショップを楓と一緒に出て、自宅に向かって歩き始めた。
楓は黙って後ろをついて来る、俺は気になったことを聞いた。
「そういえば、楓はなんで俺があの店に居るとわかったんだ?」
「ご主人の事ならなんでもわかる、ですよぉ」
説明になってない。
いつも通り、不思議ロボで納得するか……
「まあいいや。しかし、小尾蘆岐の能力は、ただ回復するだけじゃないみたいだな。腕が痺れて感覚が無くなったのには驚いた」
「それ、ですがぁ。あいつは人の身体に影響を与えることが出来るの、ですぅ。その力を使って、ご主人の腕の神経を止めたの、ですよぉ」
「ほお、で?」
「ですから、回復について、ご主人はおわかり、ですかぁ?」
「回復って、傷を治すんだろ?」
「それだけじゃないの、ですよぉ。回復とはその力の一端なの、です。傷を治すのに魔波動の波長を他人に合わせて、細胞の活性化ができるの、ですぅ。他人の波長に合わせるのが、あいつの魔女としての能力なん、です。ご主人が受けたのは……そう、ですねぇ。そうだ、神経毒についてご存じ、ですかぁ?」
「神経毒?」
うーん、聞いたことがある気がする……
蛇の毒がそうだと誰かから聞いたっけ? どうも昔の話で…
「ご存じないので続けます、です」
ちっ、時間切れか。
「フグさんやヒョウモンダコなどはテトロドトキシンという毒を持っている、です。これが神経毒で、体内に入ると、筋肉を止めちゃうん、ですよぉ」
「へー、で?」
「本当に物わかりが悪い、ですねぇ」
「なんだとぉ!?」
「お気になさらず、です。呼吸が止まれば窒息死、ですぅ。そういった魔波動の使い方をあいつは出来るの、ですよぉ。良い方で考えれば、傷を回復する能力、です」
「ほうほう、で?」
「悪い方では、相手の身体を支配して命を奪うのも簡単、です」
「ふーん、で?」
「お分かりいただけないよう、ですねぇ?」
失礼な、なんとくわかるぞ。
「えーと、小尾蘆岐は人の体に干渉する能力を持っている、そう言ったんだろ」
「ほぼ正解、ですよぉ。なでなでしましょうかぁ」
「要らんわ!?」
うーん。こいつの介入があって、あれ以上揉めずに済んだのは良かったのか?
「じっと見つめられると照れる、です。楓を褒め称えてもいいん、ですよぉ」
そんなつもりは毛頭無いけど…
意志疎通がうまくいかないな。まあいいや、そうだ、これも聞いとこう。
「別に見つめているつもりはないのだが……お前、腕が折れた時に直してもらってなかったか?」
「あれは、楓の力が足りなくて修復に回せなかったんで、利用しただけ、ですよぉ」
「あいつに直して貰ったのは事実だろう?」
「正確には少し違うの、ですよぉ。楓を構成する魔導細胞はあいつにどうすることも出来ないの、です。魔波動を奪って修復に充てたの、ですぅ」
「魔波動を使えば、楓は体の修復が出来るのか?」
「修復だけじゃない、ですよぉ。前に楓の腕が伸びた事をご主人は覚えている、でしょうかぁ? あれは、間接を外すだけじゃないん、ですぅ。魔波動のエネルギーを皮膚に与えて伸縮性を飛躍的に上げれるの、ですよぉ」
あんな強烈な出来事を忘れるわけがない。
しかし、それで伸びたのか。てっきり、ゴムゴムの実を食べたのかと思った。
なるほど、じゃあ。
「楓は魔波動があれば、体型の改造も出来るのか?」
「はいぃ、ですぅ。一時的、ですけどねぇ。あくまで基本構造を部分的に変えてるだけ、です。やり過ぎると形を保てなくなる、ですよぉ」
「変えるだけでも凄いのだが」
「伸びることも、固くすることも出来る、です。ボディーの密度を減らせば軽くなる、ですよぉ」
なるほど、それで軽くなったのか。発泡スチロールとレンガみたいなもんか。軽くなった時は、すっかすかだったんだな。不思議パワーで納得していたが、ちゃんと根拠があるんだな。
「色々出来て凄いな、未来のアンドロイドは」
「うほぉ、です。ご主人は楓に興味津々、ですねぇ。楓の秘密は、まだまだたっくさんある、ですよぉ」
期待を裏切るようで悪いのだが、たいして興味があるわけではない。なんとなく聞いてみただけだ。
謎の機械は不思議であった方がよい気がする。
「秘密についてはいつか聞こう。なあ、俺は小尾蘆岐に殺される寸前だったのか?」
「さすがに、そこまでの殺意はなかった、ですよぉ。あいつにその気があれば、楓が容赦なくぶん殴っていた、です」
俺も小尾蘆岐も無事でよかった。
回復の能力は凄いな。その気になれば、俺なんてすぐに殺せるんだ……怖っ!?
早めに縁を切ろう。なんか、癇癪を起こしやすそうだし。
「それで、お前は俺が危ない目に合いそうだから来たのか?」
「……いつでも、楓はご主人の事を想っているの、ですよぉ」
ふーん。俺を除いてクラスメイトとパフェを買いにいったけどな。置き去りにしたのも俺だけど。
しかし、楓を遠ざけたら今度は小尾蘆岐が現れた。どっちに転んでもトラブルメーカーに絡まれる事は回避できないな。お祓いで何とかなるのかな? 無理だろうけど今度試してみるかな?
廃墟に行く事になったし、結果は変わらなかったけど、楓が来て助かったのも事実か。
「まあ、一応お礼は言っとくよ。心配かけたな」
「ご主人!!! 今ぁ!! 楓に感謝のお言葉を頂けたの、ですかぁ?」
「そうだけど。それほど驚く事なのか?」
「ううぅ、楓の存在意義が認められていく、ですぅ。どんどん感謝していいん、ですよぉ」
こう言われると感謝の気持ちも薄れるってもんだな。自覚があるのかわからないけど、正直な性格をしている。
「何でご主人は黙って楓を見つめて……はっ!? 惚れましたかぁ、です」
「あー、それはない」
「がーん、ですぅ!?」
道端で頭を抱えて座り込んだ。通行人の邪魔になるだろうが……
俺は動かなくなった楓を置いて歩き出した。
「ご主人待つ、ですぅ」
ちっ、もう立ち直ったか。
「さっさと来いよ!」
しかし、あまりご主人と大声で連発しないで欲しい。
楓が叫ぶたびに周りの主婦が振り返る。なんて思われているんだろうか……考えるだけ怖いな。
そのまま歩いて進み、スーパーの前を通りかかった。
すると、楓はお菓子を一緒に買いに行って欲しいとごねだした。拒否をすると人前でも関係なく泣き出して、やむなく一緒に入った。
楓は買い物かごを掴んで走り出して、かごいっぱいのお菓子を持ってきた。
楓にチョップを与えて、五百円までに絞らせた。
チョップにより手の骨にヒビが入ったようだ。鼓動に合わせて鈍い痛みが続いている。
明日一番に小尾蘆岐に治療をしてもらう必要があるだろう、早速、借りが出来るようで嫌だな。
何だかんだで、家に帰りついた。今日はだいぶ時間を無駄遣いしてしまった。時計を確認すると、もうすぐ夕飯の時刻だった。
「お前も早く着替えてこいよ」
「はーい、ですぅ」
俺の話を聞いて、楓は押入れに飛び込みスイスに向けて走っていった。
楓の衣類は、すべてスイスの山荘にある。そこに行くには俺の部屋を通る必要がある。
楓は朝食、夕飯を俺の家で食べる。食事をする家電なんてあまり持つ物ではないな。維持費がかなりかかる、家族が一人増えたようなものだ。うちの家計は大丈夫なのだろうか?
そんなことを考えながら、俺はシャツと短パンに着替えてリビングに向かうのだった。
楓湖城の探検をお読みくださり誠にありがとうございます。
今回は小尾蘆岐の持つ、能力を楓との会話で、少し詳しく広げたいと思いました。
そもそも、魔法で傷が癒えるとはどういったメカニズムなのだろうか?
傷の治り方は、血液内の血小板など、といった生化学的な段階説明はとりあえず置いておいて。
要約すれば、網(線維芽細胞)で傷口囲って、その中にコラーゲン(膠原繊維)が入り込んで、断裂した血管を修復(血管内皮細胞)するといった工程を得て、傷を治します。
ゲームなどでは魔法を唱えると青白く発光して、本来は数週間かかる修復工程が一瞬で行われると思います。改めて考えると、凄いですね。
そして、そこから発展して、このメカニズムを他者の細胞に干渉できると仮定しました。
干渉を発展させると、体の機能を色々制御できるようになります。
神経を止めるとは?……例として自然界にある毒物を引き合いに出しました。それを少し詳しく書きます。
神経の伝達阻害は、フグ毒中毒で有名なこのテトロドトキシン(tetrodotoxin)と呼ばれる物質を使って説明します。ちなみに、この毒物の解毒剤は存在しません。成人の致死量は数グラムです。(青酸カリの数百倍の毒性があります)
フグの毒は自分で釣って料理でもしない限り中毒になる心配は無いと思いますが、ヒョウモンダコに咬まれると同じようになる可能性があります。
このタコは本来は南の海域に生息して、本州近海にはいなかったそうですが、神奈川県茅ケ崎で発見されました。温暖化の影響が考えられるそうです。磯遊びなどで潮だまりに裸足で入って遊んでいて咬まれる……
そんな、可能性が十分に考えられます。気を付けてください。
話が脇道にそれました、戻します。
この毒物は、Na+チャネルの阻害を行います。
神経細胞はNa+チャネルを使い、脳からの指令を伝達して筋肉を動かします。テトロドトキシンは、その働きを抑制してしまいます。こうなると、本文で楓が話したように運動神経が麻痺して呼吸困難に陥り、重症の場合は死に至る事になります。
魔波動の干渉で神経を止めるというのはそういった事です。
当然、細胞の増減、分裂スピードも制御できるわけですから、医療分野で考えれば、用途は無限大です。
今後、色々な事ができるようになるでしょう。
それを使った際には、後書きを使って解説したいと思います。
それでは、これからも白物魔家電楓を、どうぞよろしくお願いいたします。