招かざる楓と、招かれた俺(その壱)
ご主人の帰宅はまだかなぁ、ですぅ。待ちくたびれて、チョーくつろいでおります、です。
では、楓が行う最高級の手段で、ご主人を"おもてなし"してやりますぅ!! でーす。
昨日で夏休みが終わり学校に行くようになった。全て授業を終わらせて家路に付く。
えっ部活? なにそれ美味しいの? なんてね、帰宅部所属です。
なので、真っ直ぐ家に帰る。
帰宅した俺は制服から普段着に着替えるために自室に向かった。
部屋の前で、ふと違和感を感じて立ち止まる。
耳を澄ませると、どうも部屋の中から音が聞こえてくる…
俺の部屋にテレビは無いので聞こえてくるはずはなかった。
きっと窓が開いて隣家の音が聞こえるのかも知れない。俺は変だなと感じながらも、襖を引いて部屋を覗いた、するとそこには…
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招かざる楓と、招かれた俺(その壱)
004
「ご主人様おかえりなさい、です」
部屋の真ん中で座布団に座りながら、ちゃぶ台のせんべいを"ばりばり"とかじっている楓がいた。
元々俺の部屋には、ちゃぶ台と座布団も無かった。持参してくるとは…
だが、そんなことはどうでも良い!? 壁に映像が映っている。
それは、夕方に放送しているアニメ番組だった。
「なにこれテレビなの?」
俺は開口一番で、部屋にくつろいでいる楓を糾弾するより気になった事を聞いてしまった。
それは壁に映像を投影しているのでなく、壁全体がスクリーンになっていた。
なんだこれは? テレビの常識が覆る光景だった。
「はいそう、ですよぅ。ウォールビジョン、です。大きさは伸縮自在で、今のアナログ放送にも対応しているの、ですぅ。ちなみに928K高画質に自動変換をいたします、ですよぉ」
「アナログ放送はとっくに終わって、デジタル放送に切り替わってるんだけど?」
「大差ございません、です。“荒い”が、ちょっとましになっただけ、ですぅ」
「失礼だな、お前は技術開発した人に詫びろ!」
「ご主人様、楓は何か間違いましたでしょうか、です?」
楓は欠片も悪いと思っていないようだ。ありのままの事実を話しているのだろうが……
そして、口角を上げた“ムカツク”笑顔で俺を見ている。
どう見ても、嘲笑されている感じがして仕方がない。
だが、そんな事よりこのテレビは凄すぎる。壁面全部が画面というのは、なんか映画館にいるようだ。
ただ狭い部屋なのが残念で、近すぎるので首を振り回さないと見れないのが面倒だ。
映像は超高繊細で描画されている。うぶ毛まで見えそうなほどだが、アニメ美少女に『毛穴の黒ずみ』も、『体毛』はもちろんなかった。だけど、”色むら”や、”絵の荒さ”が目立つ。
作品は程々の画質で見ることをお勧めしたい。
「もういいや、で、どうなってるの?」
「これっすか、ですぅ。特殊フィルムで出来てます、ですよぉ」
楓は映像が映る壁に移動して端の部分に手をかけた。
そして、そのまま映像をつまんで手前に引っ張る。すると映像が瞬く間に剥がれ落ちていった。
それは、薄い透明な膜で出来ていてひとりでに折り畳まれてゆく。
そして、お菓子のヨーグレット位のサイズに…
いや分かりにくいか…タバコ一箱分のサイズにまで小さくなった。
楓は胸元のボタンをひとつ外し、そこに手を突っ込み仕舞いこんだ。
ちなみに、楓の着用しているブラジャーの色は黒だった。どうでもいい情報を話してしまった。
「こんなもん、です!」
「スゲーな! どうやって映像があんな薄いのに映ってるんだ?」
「はあぁ、です。ご主人はイカさんをご存じですかぁ?」
バカにしてやがるな? 知らないわけが無いだろうが。
「そう、あれだろ……十本足の海の生き物だろ」
「イカさんの足は8本で、2本は触腕、ですぅ。 ぶっぶぅぅ、です。解説しましょう、イカさんは体表面の色調を自在に変えられます。それは『虹色素胞』というものが、皮膚細胞にあって光の反射角度、量を変えるから、ですよぉ。これを使うことで、見た目を自在にすることができるっす、ですよぉ」
「間違えて悪かったな。で、そのにじいる細胞があるとどうなるんだ?」
「鈍くて、物わかりが悪いご主人、です」
「なんだとぉ!!」
「お気になさらず、ですぅ。イカさんのように、魔導発光物質がシート上に配置されてる、です」
「……ああ、それで?」
「ですから、です!? 色の三原則まで説明しないと分かんないですかぁ、ですぅ!? 要するに魔導発光物質が、今の旧式テレビのブラウン管の役割を果たしているっす、です」
おおっ、イラついているぞ!!
そもそも、魔導発光物質とやらがよくわからんぞ。LEDみたいなもんかな? それで納得しよう。
しかし、これだけは言わせてもらおう。
「おい、ブラウン管テレビは、もうないぞ」
「なんですと……です!?」
そんなことで驚くとは、こっちが驚愕だよ。
**
「まあいいや、ただいま。でも、なんで部屋にいるんだ」
「ログハウスで昨日からずっとご主人様をお待ちしていたの、ですぅ。お越し下さいませんのでお部屋でお待ちしました、ですぅ」
「今日から始業式と通常授業だよ。そもそも、なんで俺が山荘に行くんだ?」
「またまたぁ、ですぅ。昨日から温泉に浸かって身体は隅々まで磨いておきました、ですよぉ」
アンドロイドが温泉に入ってどうするんだ? 疑問に思ったことを聞いてみた。
「えっと、錆びないの? 」
「楓を構成する魔有機合成細胞は対酸性、対衝撃、対防炎にとても優れた性能を発揮します、です。もちろん超防水性能、ですぅ。ちなみに10時間と40分20秒待ったの、です」
「お前は優れものなんだな……」
こいつが居れば、ストップウォッチは要らないな。ひとつ良いところを見つけた。
「ですのでぇ、もう待ちきれません、です。今すぐ行きましょうよぉ、ですぅ」
「魅力的な提案ではある、だが残念だ。俺は明日の予習とテスト勉強をしなくちゃいけないんだ。また今度の機会にしてくれ」
帰宅後に勉強など一度もしたことはない。
めんどくさいが先立っただけだ。
そんなこと考えていると、楓は黙って立ち上がり俺の前に来る。
そして、楓は無言で俺の持つ通学鞄を指差した。
「お持ち致します、です」
「いや、別にいいよ机に置くだけだから」
「よこせぇ、ですぅ」
「へっ!?」
通学鞄と楓がいきなり消えた。
「ふむふむぅ、ですぅ」
「いきなりなにをするんだ!?」
楓は俺の机に座り鞄の中身を取り出し始めた。そしてノートを机の上に広げ何かを書き始めた。
「かきかきっす、ですぅ」
記載の速度は恐ろしく早かった。腕の肘から先が消失し目で追うことが出来なかった。
超高速で何かを書いている。それは数秒で終わったようだ。
楓は鉛筆を机に置き、椅子に座ったままこちらを振り向く。
そして、ノートを見せてきた。
もちろん、あの口角を歪めた”ムカツク”笑顔でだ。何だろう? こいつは俺を怒らせたいのだろうか?
「こちらが明日からの授業内容の予想となります、ですぅ。それと来週に行われるテストの問題予測と回答になります、ですよぅ。的中率予測は99.89%でございます、です」
「……」
「さあ、これで明日の予習とテスト勉強の目処はたちました、ですよぉ。二人の障害は何もありません、です。さっさと行きましょう、ですぅ」
「ちょっとかせよ……ふむふむ、なんでこんなことが出来るんだ? テスト教科も教えてないのに?」
ノートにはお世辞にもきれいと言えない見慣れた字で書かれている。それは、俺の字によく似ている。
と、いうかまったく同じだった。
難点がありすぎる、鉛筆で書かれている同一文字はまるでパソコンの指定フォントのようだ。
おそらく筆圧から形状までミクロン単位で差異が無い。こんな物は他人に絶対見せられない。
「よゆーっす、です。」
「何で出来たかについては、答えないんだな……」
楓はアンドロイド……そう機械なんだな。
これが一台あれば家庭用プリンターも必要がない。また、ひとつ良いところを見つけた。
「では行きましょう、です」
「まあ、このノートがあれば助かるかな? しょうがない行くか……ただし、夕飯までに俺は帰るぞ」
「……」
「返事をしろよ!」
「せっかく精力の付くお料理をご用意したのに、です」
なんか、ぼそぼそと喋っている? 気にしない事にしよう。
スイスの山荘は遠くから見ただけだから一応確認しておくのも必要かもしれない。危険そうならすぐに離脱をしよう。
「じゃあ行くか、今は4時すぎだから、6時には帰るぞ」
「はい、ですぅ。ではご主人こちらへどうぞ、です」
「案内されるまでもなく、押し入れまで1歩だけどな」
狭い部屋だ、二人は収容人数を超えている。
あっ、こいつは1台かな? 家電だけに。
修正のご案内
イカの色調変化細胞を虹色細胞と記載しておりましたが、正確には『虹色素胞』となります。
修正させて頂きました。
なお、投稿は不定期投稿となります、ですぅ。
投稿時期はTwitterでお知らせして行きます、ですよぉ。
http://twitter.com/yasusuga9
ご意見、ご感想は"楓"が責任を持ってご主人に、良いことだけお伝えするっす、ですぅ。