楓湖城の探検002
場所は聞き出したの、ですよぉ。パフェが楓を待っているの、です。
しかし、ご主人はどこに? 後でちゃんと探さないと、ですぅ。それに、なんだか人だかりができているの、ですぅ。 邪魔くさい、ですねぇ……
独り教室を後にして階段を降りていると、誰かが上部から話しかけてきた。
その声に俺は聞き覚えがあった……
「千丈にぃ」
「お前に千丈兄さんと呼ばれる覚えはない」
「これは口癖だにぃ。気にしないだにぃ。それとも千丈は僕にお兄さんと呼んでほしいのかにぃ?」
「俺の話を聞いていなかったのか? 呼ばれる覚えはないといったんだ。 小尾蘆岐」
「ちゃんと名前を憶えていてくれて嬉しいだにぃ。感謝のキスはいかがかなぁ?」
なぜお前のキスを俺が望む?
男同士で、こいつはホモか?
それとも、外国で暮らしていて、キスの文化圏から来た帰国子女なのだろうか? 帰国子女は男性でも子女だ。なぜだろう?
「そんなに黙って見つめられると照れるだにぃ、それでは、ご希望にお答えするだにぃぃぃ」
階段上部から小尾蘆岐は両手を広げて飛びおりた。その目は完全に閉じられていて、恐怖の感情が一瞬支配した。だが、そこである光景が俺の脳裏をよぎった。
それは、五条二弦先輩との激しい戦闘だ。それに比べればこんな攻撃を受ける俺ではない。
「いらんわ!?」
俺は半身を捻って小尾蘆岐を避けた。
床からは鈍く硬いものがぶつかる音がした。なるほど、受け身も取らずに高所から人が落ちるとこんな音がするんだな。
小尾蘆岐は床にキスをしながら滑って、踊り場最奥の壁に熱い包容を行った。
「でべぇ……」
目を完全につぶりながらダイブするとは、こいつもアホなのか?
「痛いだにぃ……ああっ血が出ているぅぅ」
しかし、学校の階段や廊下は何でこんなに硬いのだろう?
コンクリートの上に滑るリノリウムを貼るとか考えるまでもなくかなり危ないな。濡れていて転んだ事があるのは俺だけじゃないだろう。
「なんで千丈は平然とこちらを見ているんだにぃ!? 大怪我したんだにぃ、血が出てるんだよぉ!?」
「そうだな、実に痛そうだ。でも、良かったじゃないか階段では目をつぶって飛び降りたらダメだと学んだろ」
「なんなんだにぃ! あんたはぁ!?」
お前の怪我など俺の知った事ではない。血が出ただと? 自業自得だろう。それに大怪我ではない、たかが擦り傷だ。
「まあいいだにぃ……治せばいいだにぃ」
小尾蘆岐は手をケガした患部にかざした。すると傷口の裂傷がみるみる塞がってゆく。
便利な力だな、俺にも使えると助かる。まあ無理だろうけど。
「さて、傷も癒えたところで本題に入ろうだにぃ。千丈、僕を助けるつもりは………!? 何で人が話しているのにさっさと置いていこうとしているのだにぃ」
ちっ、面倒だな。
「ない」
「即答するなよぉ。お願いだから、ちょっとでいいから話を聞いてくれだにぃ……ぐすっ」
「泣くなよ、きっとその内いいことあるから。それと、俺は急ぐから帰る。お互いに元気でな、そして2年後に会おう約束だぞ」
「もう卒業しているだにぃ!? いいから待つだにぃ、帰さないぞぉ!」
小尾蘆岐は走ってきて俺の背中にしがみついた。
なんでそんなに必死なんだ?
楓の時も背中に張り付いた事を思い出す。俺の背中は色々なものがくっくな。
どうやって引き剥がそうか考える俺の耳にひそひそと話が声が届く。
周りを見回すと見知らぬ生徒が多数、遠巻きに俺たちを見つめているのに気が付いた。
状況を整理しよう、男子生徒同士が階段の踊り場でくっつきあっている。
これは誤解を生む現場だ!? 目撃者は多数だ!? ……どうしよう?
「千丈蔭!! 見捨てないでにぃ!」
「お前ぇふざけるなぁ!? ここで俺の名前を叫ぶなよ!? そして、誤解を生む発言は止めて!」
ひそひそ聞こえてくる声に固有名詞、千丈の単語が混じりだした。
終わった、短い高校生活だったな。
これで、教室のみならず学校全体の異空間に俺は旅立つだろう。
学生生活の終焉を覚悟した俺の耳元で、小尾蘆岐は囁くように話しだした。
「どうするんだにぃ? 千丈にぃ」
「なんだと!? いったいどういう事なんだ?」
「このままじゃ千丈の学園生活は終了するだにぃ。僕が何とかしてあげようかにぃ」
なにぃ!? 俺はこの悪魔の手の平の上でもてあそばれていたのか?
だが、この状況は最早詰んでいる。明日からはホモ疑惑が追加されるのか……
それは、本当に嫌だな。
はめられた感が半端ないのだが……背に腹は代えられない。
そっとしておいてくれるのとは違う皆に避けられる学校生活は考えるだけで正直辛い。
フォークダンスで憧れのあの子と手をつないだら嫌な顔をされてしまい。その後にダッシュで水道に向かい念入りに手を洗われてみろよ。
だめだぁ!? そんな憧れの子なんていないけど想像で涙が出そうだ。
「さあぁ! ほらほらぁ、どんどんギャラリーが増えて来ているだにぃ。このままだと学園生活に止まらないで、ご近所で評判の変態息子として名を馳せて生きることになるだにぃ」
悪魔が耳元で囁く。この小さな声も計算の内だろうか?
周りからは小さな”きゃ”とか、”いやっ”とか声が聞こえてくる。
振りほどいて全力で逃げ出したい衝動に駆られるが、それを実行すれば状況がさらに悪化するのが予想できる。
「わかった! とりあえず話は聞こう。たのむ小尾蘆岐!? なんとかして俺の名誉を守ってくれ」
「ずっと見てきたけど千丈に名誉など無いだにぃ」
むかっ!! そんな事は俺が一番わかってる。言ってみたかっただけだよ。
「いいから頼む、平穏な生活を目指しているんだ!」
「もう無駄だにぃ。とりあえずここから離れるだにぃよ」
そう言って小尾蘆岐は背中から離れた。そして、俺の手を握り階段を先導して降り始めた。
「おい!? ここで俺の名誉を回復してくれるのではないのか? 約束が違うぞ!?」
「あのギャラリーは何を言っても聞かないだにぃ。後で”連絡”をみんなにするから心配しないでも大丈夫だにぃ」
「連絡ってなんだ?」
「いいから、さっさとこっちに来るだにぃよ」
しかし、小尾蘆岐は背も低いが手も小っちゃいな。
手の大きさは俺の半分ちょいぐらいしかない。それに体も華奢だし、これだと少し心配してしまうな。
「なんだか変な事考えているようだにぃ……」
霧先先輩のようだな心でも読めるのか?
そんなわけないだろうし、ただ勘がいいのかな? 直感に優れているみたいだ。まるで……いや気のせいか。
「ちょっと痩せすぎじゃないのか? お前小っちゃいし、ちゃんとお肉食べてるのか? 大きくなれないぞ」
「子供じゃないだにぃ!!? 成長期だよ、去年よりちゃんと成長しているだにぃ」
まあ、十代だからな、でもこれからだと大した成長はしないだろう。
うつむいてぶつぶつ言いだした…
どうも、体形のお話はあまり好きじゃないようだ。
こうして俺と、小尾蘆岐の二人は無言のまま下駄箱にたどり着く。
そして靴に履き替えて校外に出た。
その間、ずっと手を繋いで歩いていたことが後々大きな災いを呼ぶ結果となった。
思い出したくも無いのだが、いつか話そうと思う。
白物魔家電楓 第三章 『楓湖城の探検』二話をお読みくださり誠にありがとうございます。
おかげさまで20000pvを達成しました。またブクマと評価も頂けてうれしく喜びが抑えきれずに続けて投稿してしまいました。感謝いたします。御礼申し上げます。ありがとうございました。
さて、小尾蘆岐と千丈の絡みはいかがだったでしょうか? 楽しんで頂けたら幸いです。
そして、次回から物語の方向性が分かるようになります。計算的な動きを行う小尾蘆岐と直情型の楓が絡んで、これから物語をどう盛り上げ、進めて行くのでしょうか?
次回からもどうぞよろしくお願い致します。