予備備品室の幽霊エピソード(その弐)
やっと、ご主人のお力になれる、ですぅ。がんばって楓は準備したの、ですよぉ。ううふぅっす、です。
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予備備品室の幽霊エピソード(その弐)
028
真っ暗な納骨棺内部に足を踏み入れた。
天井はそれほど高くない、せいぜい二メートル位だろうか?
入り口から差し込む光の範囲しか見えない。
霧先先輩は横の壁に触れる、すると室内が明かるくなり周りの様子が見えるようになった。ここには電気も引かれているようだ。
外壁は木製の大きな梁で補強された土壁だった。入り口の階段は御影石で出来ていて、後の時代に作り直された物だと分かる。空気は密閉された空間特有の少し“かび臭い”ような匂いがしている。
「ずいぶんと歴史を感じますね」
「そうね、ここは、数百年前からあるのよ。私も数回しか来たことがないのよ」
「くさいっす、ですぅ」
そうか? 俺にはさほど感じないが、どうも楓にはかなりきついようだ。指で鼻をつまんで顔をしかめている。
「なんだったら上で待っててもいいんだぞ」
「うぅ、我慢できるっす、ですよぉ。置いて行くなんて、ひどいご主人さま、ですぅ」
失礼な! 置いていってなどいないぞ。そうしたいのは山々だが…
「わかった、平気なんだな! じゃあ霧先先輩お願いします」
「えぇ、すぐ先が納骨室だから、それと、この中は力を抑制する仕掛けがあるのよ。楓さんにとって、あまりいい環境じゃないようね」
「ぜんぜん平気、ですよぉ。"ちゃっちゃ"と行きましょう、ですぅ」
極端なやつだな…まあ、これだけ軽口をたたければ平気なのだろう。
納骨棺…いや、この規模ならもはや古墳と言っていいだろう。
そうなら、ここは前室にあたる場所だろう。以前学校の行事で行った古墳を思いだす。それなら、この先は玄室になる、そこには屍床と呼ばれる遺体安置の部屋があったはずだ。考えながら歩く俺は隣の少し広い空間に脚を踏み入れた。
「すごい数ですね」
壁面いっぱいに石で出来た棚がある。それは銭湯のロッカーのよう四角く仕切られていて、内部には白木の箱や布に包まれた物が並んでいる。奥にあるものは茶色く変色して、すごく古そうだ。
「そうね、これ全部が一族の遺骨よ。千丈くん、ここが“魔女霧先一族の納骨堂”よ」
さすが、旧家のお嬢様だな平然としている。何かがいるわけではないのだが、濃密な気配が俺の背筋を冷やす。
「二弦お兄様のお骨は、これよ」
霧先先輩は入り口に近い場所の骨壷を指差した。それは7寸サイズの白い無地の骨壷だった。
「ここに、五条先輩のお骨が納められているのですね」
「ええ、ずっと放っておいてごめんなさい。自転車の残りを渡すからね」
霧先先輩は、五条先輩の骨壷の横に自転車のサドルを添えた。
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「ご主人は、あの御仁をどうされたかったの、ですかぁ?」
急に楓が話しかけてきて驚く。あの御仁とは五条先輩の事だろうか?
「どうするかだと? …そうだな、霧先先輩とずっとかかわりを持ち続けて欲しかったかな。色々な道理を捻じ曲げる行為だとは分かっている。だけどな関わってしまうと、なんとなくあのままでいられれば、幸せだろうなと思ったんだ」
「ご主人のお気持ちは楓に良く分かります、ですぅ」
なんだ、急に楓が優秀な存在に見えるぞ…そんなわけないのになぜ?
「ですのでぇ、です。楓はそのご主人のお気持ちを叶えたく思うの、ですよぉ。今日はそのための準備をしてまいりました、ですぅ」
背に背負ってきたリュックを下ろす。そして、中にから一つの物を取り出した。それは、自ら発光する石だった…
そのようにしか表現が出来ない。水晶のような透明感のあるガラス質で、内部で何かが輝いている。
「楓、なんだそりゃ?」
「これは白物魔家電の心臓、です。もちろん楓にも入っております、ですよぉ」
「白物魔家電の心臓?」
「白物魔家電については以前ご主人にご説明しました、ですよぉ。魔波動を動力源にして動きます、です。そして、その中心にある物を心臓と呼んでいるの、ですぅ。この心臓があればあの御仁を安定化することが出来るの、です」
「本当か、そんなものがあるのか? それなら、なんで前に出さなかったんだ」
「これは、ご用意に時間がかかる、です。今の時代では簡単に造れない、ですよぉ」
今の時代?、造るだと?
どういうことだ、未来は生活家電と言われるぐらいに一般に普及をしているはずだろう。取り寄せるのに時間がかかるのか?
今はそれを聞いている場合でない。
「それを使えば五条先輩に会えるんだな」
「はい、です。不安定なチャリであれだけ残れた存在なら、これがあれば大丈夫、ですよぉ」
「楓さん本当なの…」
「ちっ、ですよぉ。ご主人が望まれるの事を楓は叶えるの、ですぅ。けっしてお前の為じゃない、ですよぉだ」
「…うっうぅ、あり…ありがとう、楓さん」
こいつはなんで霧先先輩に対して、態度が悪いのだろう? 相性が良くないのかな。
だが、これで光明が見えたぞ。
「じゃあ、さっそく楓、五条先輩を呼び戻そう」
「では、ご主人お願いいたします、ですぅ」
はぁ、なんだ? 俺がどうすればいいんだ?
楓は俺の背後に回り込んできた…ひょっとして、また例の二人羽織体勢を考えているのだろうか?
背後の圧力を感じて振り返ると、正面から楓に向き合ってしまった。
「なんだぁ、何をするつもりだ…」
「ご主人、ここで楓はあまり力を使えない、です。どうも妨害の力が働いているよう、ですぅ。なのでぇご主人のお力をご拝借することを提案いたします、です。その体勢でということはぁ正面から抱き合うことになります、ですよぅ……ふえへぇぇ」
「気色わるい笑い方するなよ!? 正面はさすがに抵抗があるから止めようぜ」
「もう遅い、ですよぉおぉぉ」
飛び掛る楓を防ぐ手段は俺にない。100キロ以上はある拝石を指先で持ち上げる怪力だ。多少あがいたところで、この暴走魔家電を、どうこうする事は出来ない。
なんで、普通に『力』を吸い取る方法が取れないのだろうか…
正面から楓のうっちゃりを受け止め……れるはずもなく、そのままひっくり返ってしまった。
こいつは猫か? 俺の胸元に顔を擦り付けてくる。こんな人形は嫌だなぁ…
ヤンデレ楓の頃が懐かしい……いや駄目だな、あれは今以上の暴走、暴力を起こすだろう。
ちょうど良い性格の楓に固定できないだろうか? 俺を敬いながら、指示に従うそして、礼儀正しい。
そんな白物魔家電が……あぁ高望みをしてしまった、現実を見よう。
楓が俺の力を吸い出している、先日の出来事からこの感覚にだいぶ慣れてきている。
楓は吸い出す加減が非常に上手い。俺が不快にならない量が分かっているようだ。
それは、病院でベテラン看護士に採血をされているのと同じだ。採血が下手な看護士は、まず痛い、そして何度も針を突き刺してくる。
魔家電看護士楓だな。吸い出すのは血じゃないけど。
「ふう、ご主人もう充分、ですぅ。これだけあれば大丈夫、ですよぉ。じゃあ起き上がってください、です」
「ああ、分かった。…なら離れてくれないかな?」
「いやぁぁ、でーすぅ。このままじゃないと楓は働きたくありません、ですぅ」
なんなんだ! ちきしょう。ムカつくな…引き剥がして放り投げるわけにもいかない。くっ!? ハメられたか!
「わかったよ、じゃあ五条先輩の再固定は、そのままで出来るんだな?」
「はい、ですぅ。じゃあ早速始めましょう、ですっ」
楓をくっつけたまま起き上がる。
なんだかフカフカで、モコモコしたリュックを前に装着したようだった。このまま、五条先輩の骨壷の正面に立つ。
「じゃあ、始めるっす、です。上手くいけばお褒め下さい、ですよぉ」
「あぁ…」
楓は手に持つ魔家電の心臓を骨壷にかざした。すると水晶体内面が光を放つ。
「記憶のコピーを行っている、です。この想いを残した物と記憶を残した遺骨が揃って、再び故人の人格を保つことができる、ですぅ」
魔家電の心臓は、青色から徐々に黄色へと色を変えていった。楓は『力』をどんどん使いながら、必死に制御している。それは、恐ろしく精密な作業をしているのが、俺にも分かる。
ビルの屋上から注がれる水を小さな栄養ドリンクの瓶で受けとるような緻密さで、力の粒子を一粒も漏らさずに心臓に誘導していく。
これは、絶対に人間には無理だろう。力の制御を完全、正確に出来る。それは機械の分野だ。
白物魔家電の本領が今発揮されている。魔家電の心臓の色はオレンジ色に近い輝きを放っている。
「ぅう、足りないっす、ですぅ」
「足りない?」
「あの御仁を構成する、意識がもっと必要なの、ですぅ。あと少し、ですぅ…くぅぅ」
どういうことなんだ? 全てここにあるんじゃないのか? 遺骨も、想いを残した自転車の一部もある。
それ以外になにが…
「そこの、おん……"かより"こっちに来る、です。ボケッとしてるな、ですぅ」
「えっ…はいっ」
楓は、ここで始めて霧先先輩の名前を呼ぶ。
思い起こしても楓は、人の名前をまともに呼ぶ事が無かった。だがちゃんと覚えているんじゃないか。
「足りない要素を、"かより"から補う、ですぅ。頭を貸す、です。過去の記憶をありったけ思い出す、ですよぉ」
「…うん」
霧先先輩は膝立ちになって横に座る。楓は俺の背中を掴んでいた手を離して。霧先先輩の頭部に触れる。
魔家電の心臓はより輝きを増し始めた。オレンジは色濃く、どんどん赤い色が混じり出した。
「もっと、ですよぉ。なんか隠してます、です。恥ずかしいことも全部さらけ出せ、ですよぉ」
「……くっ、わかってるわよ」
魔家電の心臓にピンクの色が混じる。いったいなにが思い出されたのだろうか?
俺はその時、納骨堂の奥から立ち上る気配を感じる。
必死の作業をしている一人と一台は、気がついた様子はない。
「なんだ、あれは?」
俺の呟きに、楓が反応した。
「ちいっ、ですぅ。余計なものが出ました、です」
それは、薄い白い靄だ。徐々に人形になる。そして、髪の長い白い着物の女性となった。しかも、見える範囲で何体もいる。
「なんだあれは? ひょっとして襲いかかってくるのか?」
「ご主人、楓は対処ができません、ですぅ。離れるとここまで集めた記憶が霧散してしまいます、ですよぉ。"かより"お前のご先祖です、お帰り願え、ですぅ」
「そう言われても……こまったわ、どうしましょう?」
ゆっくりと、徐々にこちらに向けて群がる。動く速度はゆっくりだが、狭い部屋で防ぎようがない。
「なあ、楓、あれがこっちに来ると、どうなるんだ?」
「おそらく、ですぅ。凄まじく混じりあった、新しい幽体のご誕生を我々は目にする、ですよぉ」
冗談じゃねえぞ!? どうする、考えろ………だめだ、詰んだ。
足りなかった記憶を霧先先輩から吸い出し、注ぎ込んでいる楓は俺から不足分の『力』を補いながら対処している。離れればすぐに力不足に陥るだろう。
それに、俺があれに対処できる訳が無い。ほんとうに無能力者ですから…
あるのは自分で使えない、もて余す『力』のみです。右手で異能力を打ち消す、あのお方が羨ましいです。
結局、こうなるのか…願った事は叶わず。努力は違った結果に達する。
俺はゆっくりとした速度でこちらに向かい、迫る、幽体の群れを見続けた。
お読みくださりありがとうございます。
それとお詫びさせていただきます。エピソードを書いていますと、膨らんでしまい、さらに収まりませんでした、すみません。それに投稿も遅くなりましたことお詫びいたします。
最終結末につきましては、しばらくお待ちください。最後までおつきあいくだされば幸いです。