予備備品室の幽霊エピソード(その壱)
今日はご主人と一緒にお出掛け、ですぅ。とっておきの秘密兵器の準備も万端、ですよぉ
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予備備品室の幽霊エピソード(その壱)
028
あの体育館の翌日、学校では大騒ぎとなった。
旧校舎の教室が崩壊して、体育館の1/3が破壊されていれば当然だ…
生徒たちは勝手気ままにテロだ、暴徒だとの噂を飛び交わせている、そのお陰かどうかわからないが、俺たちに焦点が当たることは無かった。
本当に良かった、当事者と発覚したら謹慎では済まなかっただろう。
旧校舎と体育館は黄色いテープで封鎖されていて完全に立ち入り禁止となったままだ。
俺の現状だが、異次元教室から抜け出せないでいる。
そして、より世界を狭める事態が発生した。それは、休憩時間に霧先先輩が俺のクラスに訪問してくるようになった。
来訪の度に、この町の歴史本や、科学雑誌持参して説明してくる…いったい霧先先輩がなにを考えているのか? 俺には理解できずにいる。
それが、クラス内での孤立状態を加速度的に発展させて下さった事は事実だ。
もはや、会話の通じるクラスメイトのいる教室に帰れる目処はないと思っていいだろう。ここで生きてゆく覚悟を決める日は近い。
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話がそれたが、今日は五条二弦先輩のお墓参りに行く。
お墓の場所が分からないので、霧先先輩に聞いて行くつもりだったが、当然のように同行を強要された。
近所の駅で待ち合わせ時間を一方的に決められているので、俺に従う以外の選択肢はない。
そして、家を出る際こっそり出掛けようとしたが、謎のリュックサックを背負った、メイド服の楓が玄関先で待ち構えていた。
「なんで楓を置いて出掛けようとしてるんですかぁ、ですぅ」
「うるさいな、お前には"あんまり"関係ないだろう」
「関係なくない、ですよぉ」
「ほぉ、では、どういう関係だ言ってみろ」
「恥ずかしい、ですぅ」
どうでもいいや、どうせ追っ払ってもついてくるだろう。
こいつとの関係も続いている。夜までは俺の部屋でくつろいでいるが、俺が寝る際はちゃんとスイスの家に帰る。アンドロイドに睡眠は必要ないと思うのだが、こちらには必要だ。安息の時間がなければ、精神がもたないだろう。
朝起きると枕元に立っているのがちょっと嫌だ、けど、そのぐらいなら我慢できる。ちゃんとした距離感を持つ事が大事なんだと感じた。
「ところで、その格好はなんなんだ」
「はい、ですぅ。いわば楓の正装、ですよぉ」
「よし、わかった、あの電柱の影まで離れろ!」
「なんで、ですかぁぁ?」
こんなメイド服を連れて歩けば、周りの人々から奇異な目で見られてしまうだろう。もう、手遅れ感が溢れてきて"あっぷあっぷ"で呼吸も難しいけど…
しかし当事者としては、今からでも遅くないと思いたい。俺は切に願う、神様がいるなら助けて下さいね。
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自宅を出てから、歩くこと約20分で目的の駅が見えてくる。
「おっ! あれ霧先先輩じゃないのかな?」
百メートル以上離れていると、人も豆粒ぐらいにしか認識が出来ない。だが、その中で両手を振り、飛び跳ねている人物がいる。まあ、間違いなく霧先先輩だろう…
恐らく"視る魔法"でも使っているのだろう、目視で確認できる距離ではない。のんびり歩いていると、動きがどんどん激しくなる、後が怖いので、駆け足で急ぐ。
「霧先先輩、待ち合わせ時間には、まだかなり早いのでは?」
「うん、千丈くんが家を出てから、ちょうど先に着く時間に合わせて待ってたのよ」
今日の霧先先輩の服装は、白色の清潔感溢れるワンピースと黄色い花飾りの付いたつばの広い帽子だ、制服と違う格好の女子を見ると"ドキドキ"してしまいます。俺? 墓参りなんで制服です。いけませんか?
「さいですか、ならお待たせしたわけじゃないんですね」
「ええ、ほんの少しよ待ったのは。あと、あんまり道で楓さんと大騒ぎはしない方が良いわよ、かなりの近隣の方々(かたがた)が遠巻きにヒソヒソお話してたわよ」
なにぃ、やはりか…ちくしょう。
だから嫌だったんだ、そのためにこっそり一人で行くつもりだったのに…
なぜか、後ろにいる楓は黙って俺の服を掴んでいる。
「はぁ…何でそんなにくっついているのかしら?」
「ほっといて下さい、ですぅ。楓とご主人の邪魔はしないでほしい、ですよぉ」
小さな舌打ちと共に先輩は先に歩き出す。
「まあいいわ、行きましょうこっちよ」
こうして、霧先先輩は駅の改札と反対に向かう。この先はバスターミナルだ。
バスに乗ると思ったら通りすぎて、その先に止まっている車の横に立った。
「じゃあ乗ってくれるかしら、これで行くわよ」
霧先先輩は白い高級車の後部座席のドアを開ける。
なんだ、乗れと仰るのでしょうか?
先輩はさっさと後部座席に入ってしまった。俺は慌てて後に続く、楓は背中のリュックが支えて入れないでいる。
「おいおい、楓、リュックを背負ったまま入れないだろう、ここに置いていくか、家に帰って待つかしたらどうだ?」
「ご主人のために、これが必要なん、ですぅ。ちっちゃい車、ですねぇ」
「ちょっと楓さん無理しないでよ。いいのよ私たち二人で行ってくるから」
「むきぃ、ですぅ。ちくしょーこうすればぁ、ですよぉ」
車の屋根に荷物を置いた。そのまま後部座席、俺の横に座る。
普通車セダンの屋根に直置きは、大丈夫じゃないだろう走り出したら滑って落ちるんじゃないのか?
「楓、あぶないだろ、これじゃ走れないだろ」
「平気っす、ですぅ。楓が掴んでますから落ちることはない、ですよぉ」
ドアの隙間から車内に背負い紐を引き込んで掴んでいる。
「おいおい、こいつは無茶をするなぁ、かより平気なのか?」
「良いのよ、本人もいいって言ってるし」
それで良いのだろうか? 考えても仕方がないけど。
そんな事より気になることがある。運転席より振り返るひとりの男性、その顔に俺は見覚えがあった。そう、五条二弦先輩だ。
「五条先輩…」
「ああ、君が千丈くんだね、俺は一弦だ、二弦の兄だよ。驚いたかい?」
「はあ、驚きました。そっくりなんですね」
「ああ、よく言われるよ。瓜二つの兄弟だとね…"かより"いい人じゃないか」
「ええ、そうよ。二弦兄さんにも認められているのよ」
「へえ、それはすごいな、あの偏屈がなぁ」
だいぶ兄弟でも性格が違うようだ。二弦先輩はかなり大雑把で、高圧的だった。それが丸くなるとこうなるのだと理解する。返答から察するに、先日の出来事も把握しているのだろう。
「えっと…認めるとか? なんの話だかよくわかりませんが、お手数をおかけいたします」
「気にしないでくれ。しかし、かよりが墓参りとは驚いたよ、今まで全く行こうとしなかったからな。これも千丈君のお陰だな、二弦も喜んでいるだろう。こちらからも礼を言わせてくれ」
ありがとう、そう言って一弦さんは前を向いて車を発進させた。
「どのくらいかかりますか?」
俺は通りすぎる町並みを眺めながら、質問をした。
「あぁ、1時間ぐらいかな、それと、途中で少し買い物をして行こう、お花とか事前に準備してないから。なにしろ昨日いきなり"かより"から電話があって呼び出されたんだよ」
「一弦兄さんごめんなさい、急に無理なお願いして」
「構うもんか、お前が頼ってきた事は、今まで一度も無かったからな、ずっと二弦に付きっきりだったし」
「そんなに、お兄さんっ子だったんですか?」
「ああ、そうだな。二弦の後をいつも"金魚のふん"のようについて回って、夜寝るのも中学までずっと一緒だったからな」
霧先先輩は恥ずかしいのか下を向いて全く喋らなくなってしまった。ルームミラー越しに見る一弦さんは、凄く楽しそうな表情でそれを眺めている。やはり、兄弟だな性格はよく似ている。
ほほえましいエピソードも聞けた。今度機会があれば吹聴して回ろう。
「変なこと考えるのは止めてね…」
「……!? うげぇぇ!」
バレました!! 痛いです霧先先輩。わき腹をつねんないでください。千切れそうです…
こうして楽しい移動は続いた。
通りがかりのホームセンターに寄って、お墓参りセットを購入した。その後、市内を見下ろす高台の大型霊園に到着した。
楓の持ってきたリュックは途中で落ちる事は無かった。また、お巡りさんの尋問を受けなくて良かった。
「ご主人あれぇあれぇモンシロチョウ、ですよぉ」
霊園内部に着いても楓は通常営業だな。
「ああ、そうだな、可哀想だから捕まえるなんてするなよ」
「これっすか?」
もうすでに、蝶の羽根を手にじっくりと観察する楓がいる。やるなと言うことは必ずやってくれる。
「どうするんだよ捕まえて?」
「ご主人、この蝶はどの分類に属するかご存じですかぁ、ですよぉ」
「…」
俺はファーブル先生か? 知るわけないだろう…
無視をして霧先先輩の後に続く、楓はカマキリがどうとか言いながら、横の藪の中に突入して行った。これで少し静かに、そして厳かにお墓参りができそうだ。
入り口から歩くこと数分で、お墓に着いた。それは一言でいえば、"デカイ"としか表現ができない。
墓石が棟のように何段も積み重なっていて、墓誌に刻まれた戒名もすごい数になっている。まるでロゼッタストーンだ。
当然末尾には二弦先輩の名前もあった。
「霧先先輩、凄いお墓ですね…」
「古い家だから、自然とお墓も大きくなるのよね。みんなが、ここに入るの。それが昔からの"しきたり"なの」
「霧先家を頂点として五条の家がある、ただ、影に五条の一族があると言われたのも過去の話さ、今はもう五条家しか残ってない」
では、以前は一条家から五条家まであったのか。霧先先輩はやはり名家のお嬢様か…
兄弟で苗字が別れるのは養子なのかな? 色々複雑だ。
「じゃあ、俺はちょっと寺に顔を出してくる」
一弦さんは歩いていってしまった。お墓の前に霧先先輩と俺の二人が残された。
そして霧先先輩は横に持った包みを開く。それには先日唯一残った“自転車のサドル”が包まれていた。
「それって、あのとき残った物ですよね」
「うん、そうよ、ここには兄さんの遺骨はあるけど。二弦兄さんは居なかった。だからかな、ずっと来てないの…来たくなかったの」
車で一弦さんが話してくれた、墓参りに来たがらない理由がわかった。五条先輩はずっと自転車に寄り添い学校に居たから。
ここには、五条先輩がいないと分かっていたからだろう。霧先先輩はここで区切りをつけるのだろう。
枯れたお花を新しいものに差し替えて、掃き掃除を終わらせた。大きいお墓の掃除は大変だ。
香炉からは新しい線香の香りが空間に漂う…線香の香りは、場所や人を清め、浄化する。
霧先先輩は線香台の前に、持ってきた自転車のサドルを供えて手を合わせる。
いま何を思うのだろうか…何を話しているのだろう、どう偲んでいるのだろうか?
結局俺は何も出来ずにいた。
無力感を感じる…
「千丈君、ありがとう、本当にありがとう…」
「霧先先輩…お礼なんて俺は…」
「ううん、そんなことない、千丈君がいなければ、話すこともできないままだった、ちゃんと見ることも出来なかった、兄さん…二弦兄さんは本当に感謝していたわよ、そして私も…うぅ」
霧先先輩の目に涙が溢れる。
「霧先先輩もう泣かないでください、五条先輩の前ですから」
「ええ、そうね約束したもの、強く生きるって」
目元をハンカチで拭い、正面を向く霧先先輩を見つめた。
「じゃあ、一弦兄様が戻る前に終わらせちゃいましょう」
「終わらせる、どういうことですか?」
霧先先輩は香炉を横にずらして、拝石の上を片付けた。
この石は蓋の役割をしている。下には通常、納骨棺と呼ぶ空間がある、そこに骨壷を収める。
「千丈君そっち持ってもらっていいかな?」
「はい、分かりました」
普通の拝石は学校の机位だが、ここの石はその数倍は大きさがある。
二人で一応挑戦してみたが、もちろん動く訳はない。
「先輩、ちょっと俺達でこれは難しいかと」
「そうね、どうしましょうか? 困ったわね、割っちゃうしかないのかな」
何を言ってるんだこの先輩は!?
こういう場合は重機が必要だろう。そうだ、とっておきの物があるじゃないか。
「おおーいぃぃ楓ぇ!!」
「はい、ですぅ」
うおぉっ!? いつの間にか後ろに立っていた。楓は藪の中をかなり走り回ったのか、髪やら、服の端々に木の葉がくっついている。
「ちょっと、この石を横に動かしてくれ」
「これっすか、です?」
楓は拝石の端っこを親指と、ひとさし指二本で摘まんで、そのまま持ち上げた。まさに“ひょいっと”という感じだ。
石の板が、まるで発砲スチロールのようだ。
拝石の取り扱いを間違えると、えらいことになるのが分かっている、やさしく楓にお墓の敷地内の隅に置くようにお願いした。
そして、内部を見てあることに気がついた。
「階段がある!?」
そこには、ひと一人が余裕を持って降りられる、地下への階段がある。
「えぇそうよ、この中に兄さんのお骨は納められているのよ、入りましょう」
嫌だな…お墓の中に入るのは。
まさか、こんな風になっているとは…
祖父の葬儀では拝石のすぐ下に骨壷を収めていて、階段など無かった。
そんな俺を置いて、霧先先輩は真っ暗な納骨棺内部の階段に足を踏み入れてゆく、慌ててその後に続いて内部に足を踏み入れた。
お読みくださりありがとうございます。
エピソードを1話で納めきれず、2話に分けさせていただきました。
明日には投稿を予定しておりますので。
最終結末につきましては、しばらくお待ちください。最後までおつきあいくだされば幸いです。