予備備品室の幽霊最終章(終演)
また、なんか新しいのが出てきたっす、ですよぉ。あの雰囲気は、なんか危険な臭いがする、ですぅ。
五条二弦先輩は旅立った…
どこにいったのか? それは俺にはわからない。
だが、五条先輩は満足して行ってしまった。
最後の表情が忘れられない、忘れることなどできるはずはない……
悲しみにくれる霧先先輩と俺に、体育館の2階キャットウォークより声がかかる。
いったい誰なんだ?
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予備備品室の幽霊最終章(終演)
027
「かより、もういいでしょ?」
それは、幼い舌たらずな声で話す。
暗く見通せないが、キャットウォークの手すりの高さからして身長は高くなさそうだ。
発言後、その人物は手すりをよじ登り、体育館床に飛び降りた。
着地音をほとんどさせずに降り立ち、こちらに向かい歩いてくる。
「えぇ、ごくろうさま、ありがとう助かったわ…」
「いいよ、それが、僕とした約束だからにぃ」
その人物は、小柄で野球帽をかぶっている。
目深にかぶった帽子、薄暗いせいで表情は読み取れない。
「ところで、そちらが千丈さんですよね? 自己紹介をしないとね、僕は小尾盧岐凛といいますにぃ、以後よろしくにぃ」
「はあ? 千丈蔭です、俺の事はご存知なのですか?」
「もちろん、有名人だからにぃ。それと、同学年だから敬語なんていらないにぃ」
こんなの、同学年にいたかな?
まあ自分のクラスをほとんど出ない俺としては、知らないのは当然だろう。
正面に来て初めて顔つきが見えた。見た目は幼い顔つきをしていて、ショートカットの髪は帽子にほとんど隠れている。
苗字の”小尾盧岐”も一度聞いたら忘れないだろう。
「じゃあ、そうさせてもらうよ、小尾盧岐だね。君はなぜここに?」
「僕はかよりに依頼されていたんだ、結界を張って外部の干渉を抑えていたんだにぃ。おかしいと思わなかったのかなぁ、あれだけ盛大に暴れていて、誰も駆けつけないなんてありえないだにぃ」
そういわれれば、そうだな。
旧校舎とはいえ、教室を一つ完全に破壊しつくして、おまけに体育館もかなり損傷させてしまった。
普通に考えれば、かなりの数の人が飛んでくるだろう。
いや、警察沙汰は間違いない。
今でも物音一つしない、誰も訪れない状態が続いている。
「そうよ、凛には結界を張ってもらって、邪魔が入らないようにお願いしたの、結果は願った通りにならなかったけど、助かったわ、ありがとう。おかげでちゃんとお兄様にお別れが出来た」
「それは、よかったにぃ。身を削り、労を尽くした甲斐があったってもんだにぃ、ところでそろそろ限界になりそうだ、もちろん僕にも、もらえるんだよにぃ…」
そういって、小尾盧岐は俺の方を向いた。
こいつ目が、目付きがヤバイ。
それは、飢えた肉食獣のようで、帽子のつばに隠れている双眸が爛々と輝く、獲物を見る目でこちらを凝視している。
「何を言っているんだ? …小尾盧岐さん」
「小尾盧岐でいいよ、僕も千丈と呼ぶからにぃ…」
小尾盧岐は両手を左右に開いて、こちらににじり寄ってきた。
「楓ぇ」
「はい、ですぅ」
「小尾盧岐を止めてくれよ」
「うぇぇ、まだ働くっすかぁ、ですぅ」
ちっ使えない物だ。
楓に構っている隙に、俺の背中全体に触れる感触があった。
「……!? ぎゃぁぁあぁ」
「うわぁたまんない、独り占めはだめだにぃ、かより」
「あんまりやり過ぎないで。それに千丈くんは疲れているから」
霧先先輩のお言葉は庇うのか、そうでないのか判別がつかない。それに霧先先輩の声は、イラついているように聞こえる。
そして楓は拳を握りしめている。
駄目だぞ、ぶん殴ってはいけない。
同学年の生徒が一人赤い水溜まりになってしまう。
慌てて手で楓の動きを抑えた。
「ふう、ごちそうさまでしたにぃ。じゃあ千丈、座って……って! 準備がいいね、もう座ってるにぃ」
「うぐぅ…」
ごっそり抜かれて、立てないんだよ!?
すると小尾盧岐は俺の背中に掌を当てた。
「…!?」
背に感じる暖かな感覚に驚く。
自分のムチャな行動で作った擦り傷の痛みが消えてゆく…
ずきずきとしたものが抜けてゆく…
「もう平気だね、よくあんな無茶して、よくこの程度ですんだにぃ」
「小尾盧岐なんで? お前はいったい…」
「ああ、僕も魔女なのさ、かよりとは違った能力をもつにぃ。さて、次はそこのだ、えっと楓ちゃん、だっけ?。こっちに来てにぃ」
「……? なんなんですかぁ、です、楓は別にお前に助けられなくてもへっちゃら、ですぅ」
「まあ、よくそれでへいきだにぃ。ずいぶんと"ぼっきり"いってるじゃないかにぃ、直してやるからにぃ」
楓はいぶかしそうにして、俺の方を向いた。
そのまま左腕が折れたままなのは、さすがに支障をきたすだろう。
自動的に修復されるのかわからないが、直してもらえるなら、なおしてもらったほうが俺的には助かる。
「楓、お願いしろよ、そのままでは問題があるだろう」
「うっ、です。時間をかければこの程度は、ですぅ……」
「はいはい、楓ちゃん折れた腕を出してにぃ」
その場を動かない楓に、小尾盧岐が自ら動いて折れている左腕に触れた。すると、楓は表情をゆがませる。
「うぇぇ、ですぅ」
「楓ちゃん、もう少しだからがまんしてにぃ、こんなのやったことないから難しいだにぃよ」
ずっとぶらぶらして痛々しかった楓の腕は、元の位置に固定された。いったい、これはどういう事なんだろう?
そんな俺の疑問に霧先先輩は答えてくれる。
「凛はね、癒しの魔女なのよ…こういった傷や心を癒したりする能力を持つのよ」
癒しの魔女? また新しいのが出てきたな。
視通す魔女に、癒しの魔女とは……
どうなってんだ? どんどん深みにはまっている気がする。
どうした? 先週までの日常はどこに行った?
だが、悩んでもしょうがない、なるようになるだろう…
「はあ、なんとなく分かりました。小尾盧岐ありがとう」
「礼の言葉は別にいいだにぃ、これからも定期的に”力”を貰えればそれでいいだにぃ」
やはり、代償は付くのか。
ギブ&テイクは世の基本だな。
「じゃあ、これで、僕の役目は終わりだにぃ、気をつけて帰るんだにぃよ」
「ええ、ありがとう凛、私たちも、もう帰るわね」
小尾盧岐は背を向けて体育館の出口に向かい歩き出した。
出口付近で、両手の平を合わせ打った。するとガラスが割れるような音が響き渡る。
きっとこれで、結界とやらが解除されたのだろう。
楓はじっと立ち去る小尾盧岐の背を見つめていた……
「それじゃ私たちも帰りましょう」
「はい、分かりました」
霧先先輩の手には、大事そうに五条先輩の”自転車”で唯一残ったサドルを抱きかかえている。
もう二度と五条先輩に会うことはないだろうか?
俺の生きているうちはきっと…
死んだ後の事は知るすべがない。
だが、俺はもう一度、五条二弦先輩に会うような予感がしている。
根拠のない直感だが、時々この直感は当たる事もある…
楓はまだ、小尾盧岐のいなくなった、出て行った体育館の入り口に目を向け続けていた。
「楓帰るぞ…」
「はい、です。二人のご新居にですよねぇ、ですぅ」
「いや、お前の帰る先は外国だろうが!?」
「? ですぅ」
ふざけるなよ、今日は本当に疲れた。こいつは強制送還して、魔法の踏ん張り棒を使う必要がありそうだ。
先に歩き出した霧先先輩、その後を俺が歩く。
続いて楓がついてきた。
怪我は小尾盧岐に癒してもらったが、破けた制服はそのままだ。
どうしたもんかな? まあ、なってしまったものは仕方がない。
人生諦めが肝心だ。素直に怒られよう。
楓が体育館の扉をくぐり、俺は誰もいなくなった室内を振り返る。ちょうどそれに合わせて、ひとつだけ灯っていた水銀灯が光を喪う。
真の闇に包まれた内部は何一つとして見えなくなった。
ここでの全てが今、終わった。
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いかがでしたでしょうか?
ここいらで第弐章『予備備品室の幽霊譚』本編は終わります。
次回"エピソードその後"を入れます。そちらもどうぞよろしくお願いいたします。
ご意見や、ご感想等、どんな些細な事でも入れて頂ければ、作成者としてこれほど嬉しいことはございません。
心よりお待ちしております。
最後にお読みいただきありがとうございます。
皆々様のお力でこのお話がここまでこれました事、深く御礼申し上げます。
菅康
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