予備備品室の幽霊最終章(その三)
なんかぶん殴ったら消えたっす、ですぅ。楓は言われた通りにしたっす、ですよぉ
五条二弦先輩の自転車を使って安定化をさせようとした。
以前、霧先先輩から『力』を安定させるためコアを使うと聞いてヒントを得た。
そのためにわざわざ、予備備品室より運び込んだ"自転車"だったのに…
楓に持たせて、五条先輩を絡めとるために”ぶん殴る”という方法を選んだ。
これで巻き込まれた先輩は再び安定化をして、物語はハッピーエンドとなるはずだった。が、…そうは上手く行かなかった。
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予備備品室の幽霊最終章(その三)
026
「えっと、楓」
「はい、ですぅ」
どうなってるんだ?
えっと、消えちゃったのかな。
首を傾げる楓がこちらを見ている……
今の俺には声をかける余裕はない。
「千丈くん……兄さんはどうなったのかしら」
すいませんわかりません。
「ご主人、この"チャリ"どうします、ですかぉ?」
そこに置いてくれると嬉しいな。
俺は力なく、楓の横を指さすと……
指さした延長線に"放り投げ"やがった!?
大きな金属音を出しながら、自転車は転がる。
「なにしてんだよぉ、壊れるだろうがぁ!!」
「うぇぇ、だって、あっちにやれってご主人がぁ、ですよぅ」
なにも言わず指差したが、投げ捨てるのは無しだろう!?
「ね…ねぇ千丈くん……兄さんは、二弦兄さんはどうなったの?」
「……はい、えっと、どうなったのでしょう?」
「兄さんにはもう会えない……の?」
凄く気まずい。
おかしいぞ!?
あの"自転車"が絶対に"コア"だったはずだ。
五条先輩の顕現も自転車の横に出来た。
放課後も自転車のあった予備備品室で再び現れた。
常に五条先輩の現れる所には、自転車があった……
「うっ…にいさん…」
霧先かより先輩は、楓の投げた自転車に向けて走り出した。
俺はその場を動くことができずにいた。
楓は自転車を"ぶん投げた"張本人だ。
だが、全く悪びれた様子は見せず、こちらを例の口角を上げて『ニヤリ』とした"ムカつく"表情をして見ている。
「……」
自転車にすがり付いて、泣き声をあげている霧先先輩の声が響く。
我々以外、誰もいない体育館でその慟哭は、俺に突き刺さった。
五条先輩の顔を思い出す。
始めは靄だった。
次は、眼鏡をかけた輪郭が露になる。
そして、俺そっくりの式神を作り出して…
襲われたな。
怖かった。生きた心地がしなかった…
そして、五条二弦先輩の話しを思い出す。
そう…
今も耳を澄ませば聞こえるような…
「…かより、心配かけたな…」
ん?
「楓、なんか五条先輩の声が聞こえないか?」
「あれっすか、です」
いつのまにか、霧先先輩の泣き叫んでいた声はくぐもったすすり泣く声に変わっていた。
楓の指差す方向を俺は見た。
そこには、倒れた自転車と人影が2つ。
ひとりは霧先先輩で、その肩は誰かに抱きしめられていた。
消えかかった薄い影だが、それは見まごうなく五条二弦先輩だった。
「五条先輩!?」
俺は慌てて駆け寄る。
「ああ、千丈か…どうした?」
「どうしたって、こっちが聞きたいくらいですよ」
「ああ、そうか、また暴れたのか……かよりに力を注がれてからの記憶はない。気がつけば横でかよりが泣いていた。泣き声だけが聞こえていた…」
良かった。
本当に良かった。
五条先輩もさぞかし驚いただろう。
これで、やっと霧先先輩の願いも叶う、形が違えど兄妹の関係は続いていく。
「かより…」
「…にいさん、もう行かないでくれるでしょう? 頑張ったのよ、みんなで頑張ったのよ」
「…ああ、ありがとう。だけどな、あの部屋で俺が言ったことを覚えているか?」
「もう、自転車にしっかりと固定されたのよ、力も安定しているわよ」
「ああ、確かにそうだ、あの部屋の状態よりは、しっかりと固定されている、だがな……」
なんだ、これで元に戻ったのではなのか?
「"コア"に負担をかけすぎたようだ、限界があるんだ。俺の意識はもうすぐ…」
「いやぁ、なんでよぉ…なんで…」
「すまん、かよりが立派になった姿を見れて、本当に俺は満足だ。それに、素晴らしい伴侶も見れた」
「伴侶?」
霧先先輩は"キョトン"として、五条先輩を見上げている。
伴侶ってなんだ?
「しかし千丈! 何があった? ずいぶんと変わったじゃないか。力の制御を取得しているじゃないか」
「はぃ? 力の制御ですか…」
「そうだ、だだ漏れだった"力"が今は体内で循環しているぞ。まだ甘い点があって完全にはほど遠いが、これなら近いうちに完全制御ができるかもしれんぞ」
あの深呼吸と、意識を集中させたことで、変わったのだろうか?
「完全制御ですか? なんとなく、視えるようになっただけですけど…」
「はっはは! それを制御と言わずなんていうんだ。お前には、そういった能力を備えているのかもしれないな」
そういった能力?
なんの事だ、だがそんなことより"コアの限界"とはなんだ。
「こんな奇跡は、そう何度もおこせないが、お前なら”引寄せる”のかもな」
「にいさん…」
「泣くな"かより"、お前は霧先家の後継者になったんだろう? いつまでもメソメソして情けないぞ! それに俺を安心させてくれ」
「にいさんを安心させる?」
「お前は幼い頃から、人前でちゃんと話せない、友達が出来ないと泣いてばかりいた。俺に一番心配をかけてきただろう。だがな、今日は、お前が初めて仲間と呼べる存在を連れてきて助けてくれた。これほどの兄孝行はないぞ、いつかはお前も一人立ちをしていく、それが見れたぞ…」
「まだ、まだよ。私はとても…」
「かよりぃ!!」
「はっはぃ」
「しっかりしろ! 何度も言わせるな、お前は俺を後悔輪廻の渦に入れたいのか? それとも自縛霊にでもするつもりか?」
「そんなこと… ある…あるわけないじゃない!!」
「なら、安心させてくれ、俺はもう終わった存在なんだ、それをしっかりと理解してくれ、でないと……」
五条先輩の最後は近い、それは明らかだ。
体の透過度は、時間が経過すると共に進んでいる…
最後まで俺たちを心配する先輩…
兄との別れを出来ないでいる妹……
本来は部外者である、俺にできることはないのだろうか…
「霧先先輩…」
「千丈君、分かっているのよ…わかったの。兄さんは本当にもう時間がないと」
霧先先輩は指差す。
その先には横たわる自転車がある。
自転車の車輪はすでに、消えている、どんどん消失していく…
まるで、固体が気体に変わるように、徐々に空間に溶け込んでいく…
「えっ? 消えて?」
ひょっとして、五条先輩の話す”コア”の限界とはこれの事だったのか。
"コア"の消失は、それに絡みつく存在の消失になるだろう。
永遠のお別れが近い…
「もう止められないのね、兄さん」
「ああ、だが後悔はない、千丈! 兄の手を離れて歩く妹を頼んだぞ!!」
”妹を頼んだ”と言われても、なんとも答えにくい。
なにしろ、霧先先輩と話したのは今日が初めてだ。
とても、妹さんは俺に任せて安心してくださいとは言えない。
「大丈夫よ兄さん、きっと私はちゃんと歩ける、支えてくれる人も出来たわよ……心配性なんだから」
「兄とは、そういうものだ。体は大きくなっても、俺にとって”かより”お前はいつまでも、後ろを泣きながらついてくる存在だ、自身のこれからはどうなるか分からないが、いつまでもお前の事を考えているからな」
「ええ、今までありがとう、五条二弦にいさま、かよりは、これからもしっかりと歩いていけるよ、当主としての責務はちゃんと分かっているよ」
「ああ、これでもう…ほん…とうに、こころのこりは…ない」
最後の言葉を残して…五条二弦先輩は消え去った…
”コア”となった自転車はここに消失をした…
自転車のサドルだけが、体育館の床に横たわる。
これだけが、消えずに最後に残った。
五条先輩の前で、こらえていたものが限界に達した霧先先輩のすすり泣く声だけが、唯一聞こえてくる音源となって響いてくる。
これでよかったのだろうか?
最後の言葉は、五条先輩に後悔はなかった、そう思うしかない。
生きている俺たちと、すでに死んでいる先輩は本来かかわることなどない。それは力が大きく影響していた。
この『力』は、いったい何なのだろう?
魔女の能力源、楓のような未来家電の動力、それは未だに解明されていないもの。
古くから、異能力として知られる。
人は昔からそれを、『法力』、『魔力』、『神通力』と呼ぶ。
根源はおそらく同じものだ、大気中に満ち溢れ、人の、生命の内部から放出される。
その意味は分からない、だが奇跡を起こす場面には、必ずこの『力』が働いている。直感だが俺はそう思った。
楓は俺の後ろで黙って立っている。
その表情には先ほどまでの”ムカつく”笑顔は無い、ただただ無言で俺たちを眺めている。
「終わったみたいだにぃ」
「!?」
それは、体育館上部ギャラリーの手すり内側から発せられた。
「かより、もういいよね、そろそろ解除するよ、僕はもう疲れたにぃ」
それは、われわれ以外に、ここ体育館に第三者がいたことが分かった瞬間だった。
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お読みいただきありがとうございます。新しいキャラの登場と、その後のエピソードを入れまして。あと2部で第弐章を終えたいと思います。もうしばらくのお付き合いをいただければ幸いです。
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