予備備品室の幽霊最終章(その弐)
ご主人を守るのは…この楓のお役目。
ご主人のお考えを達成させるために、あと少しです。
この体よ、もってちょうだい!!
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予備備品室の幽霊最終章(その弐)
025
五条先輩の脚が、俺の胸部中央に接触して突き破る。
その覚悟を決めた…
その瞬間、五条先輩の脚と俺の間に挟まれた物がある。
楓が、俺の脇の下から"短いままの左腕上腕"を精一杯伸ばして、五条先輩の足裏を止めようとした。
強烈な破砕音が体育館内に響く…
完全には抑えきれず、俺の胸に楓の腕が触れる。
それでも五条先輩が放つ力のほとんどを押し留めた。
だが、代償は大きかった。
楓の左腕は撓骨、尺骨両方が折れていた。
もはや細い腕を繋いでるのは、腕の皮膚と筋のみ。
左上腕は半分から先が"あってはならない"方向を向いてしまっている。
「楓ぇぇ!?」
「平気でございます、この程度は、なんでもございません」
なんでもないよう冷静に話す楓だが、腕が破砕されたとき噛み殺した小さな悲鳴と、背に触れている今もなお、僅かに震える感覚が伝わってくる。
ちっ!? 大丈夫なわけがないだろう。
楓の作ってくれた、守ってくれた、この時間を無駄にすることの無いよう、転がりながら五条先輩から距離をとった。
「あと少しだ頼んだぞ…」
「……はい、おまかせください」
これ以上の無理な負担をかけたくないが…
もう少しなんだ、耐えてくれ。
「霧先先輩どうですか?」
「ええ、あと少しよ、がんばって」
声援だけだが、今はそれでもいい。
この、折れそうで、不安な気持ちが前に向けられれば…
ずっと守勢態勢でいた、もう少しで、次に移れる。
ここらで、守りの体勢から、攻めの姿勢を取ろう。
楓には申し訳ないが、今一度、もう少し頑張ってもらわねば…
「楓の事は構いません……ぜひ、お使いください…」
「……ああ」
俺は、五条先輩に向けて走り出す。
この一瞬に全てをかけて。
「楓、離れるぞ……」
「はいっ」
楓を五条先輩の目前で切り離す。
小わきに楓を抱えた。
五郎○選手のように、楓を"ラグビーボール"として。
これには、五条先輩も動揺したようだ。
楓と俺の両方に視線が動いている。
「楓ぇぇ」
「はぃぃぃ」
楓の"無事な方の右手"をしっかりと握り締めた。
そのまま、俺の頭上で"振り回した"。
まさに楓大車輪。
楓の重量は、体感で約1キロほど500mlペットボトルなら2本分だ。
これなら別に怪力でない俺でなんとかできる。
「うぇぇえっぇぇぇ」
呻くな我慢しろよ!?
「うおらぁあぁぁあぁぁぁ!」
楓を斜め上、五条先輩に向けて"ぶん投げる"。
放物線を描いて突き進む楓に、五条先輩の目は釘づけとなった。
五条先輩は、その白眼で俺たちの動きを見ていた。
ここ体育館に入ったときに、視ていたのとは違って。
その白眼で対象を追いかける行為は、攻撃、防御のバリエーションを増やしもするが、同時に2ヵ所を見ることは出来ない弱点がある。
しかも上下は、目視が1番難しい。
人の視野は、左右200度、上下は100度以下となる。
必ずタイムラグが生じる。
そして俺には、楓の重量が少しだが掛かっていた。
数キロだったが、それは俺の動きに制限がかかっていたことに他ならない。
それが、完全に解けた。
僅か数キロ、されど数キロ。
それに背中に付けていた楓が離れると、出来なかった事もできるようになる。
おまけに、五条先輩の行動も事前に予測ができる。
空中を近づく楓に五条先輩は上を向いて、腕の光を集中させた。
それに、対処する方法を俺は選ぶ。スライディングという手段を講じて。
体育館の床を滑る。背に楓がいたときは、出来ない行為だ。
ささくれだった床を滑る俺の体は、更なるダメージを受ける。
だが、俺の起こした運動力を止めるほどの摩擦力はない。
こうして、上空の楓と、床"すれすれ"下を行く俺の布陣で、五条先輩の元にたどり着く。
そして、俺のとる手段はこれだぁ。
片手で五条先輩の足首を掴んだ。
こう1日で何度もやられると分かる。
この波動は、"心の力"が大きく影響する。
俺は願う、この『力』を取り入れたいと、吸い寄せたいと。
そうすれば、俺の願いに"魔波動は必ず答えてくれる"。
「ぐあぁぁあぁぁ」
五条先輩の叫ぶ声が体育館内部に響き渡る。
俺は更に手に力を込めた。
「もう良いわよ! 千丈くん」
霧先先輩の合図に合わせて、楓が落ちてくる。
俺は手を離した。
取り込む事に慣れていないため、微妙な調整はとてもできない。
ここでバトンタッチだ! 頼んだぞ楓ぇ。
「ふっ、ご主人以外の殿方に触れるのは不本意ですが、致し方ありません。お覚悟を……」
楓は五条先輩の背にしがみついた。
左手は使えないので、右手で首筋をしっかりと固定、両足は腰に絡めた。
「うがぁぁぁっあぁぁ」
もがく五条先輩、だが楓を振りほどく事はできなかった。
楓は全身が光に包まれている。
そして、大幅に五条先輩の力が減少しているのが分かる。
後は、霧先先輩の"見極め"にかけるだけだ。
「今よ、千丈くん!」
「楓ぇぇ、もういいぞ! もどれぇ!!」
「はいぃぃ、ですぅ! やりましたよぉ、ご主人ぃぃん、誉めてくださってもぉぉいいん、ですよぉぉ」
"ですぅ"か、戻ったな……
五条先輩から分離した楓は、飛び上がり空中を回転しながら戻ってくる。
「はい、千丈くん、ここで"これ"でしょう」
霧先先輩が俺の横にきて、予備備品室から運んできた、『五条先輩の自転車』を渡してきた。
「ありがとうございます。よし楓、もうひと働きだぞ」
「うぇぇ、まだなんかやるんすかぁ、ですぅ」
やはり、"ムカつく"な。
「さっさと、仕上げを行うんだよぉ!?」
「はっ!? はい、ですぅ」
楓は、その自転車の後輪荷台の金属部分を掴んだ。
そのまま、軽々と持ち上げる。
どういう腕の力をしているのだろう?
「よし、そのまま自転車で五条先輩を"ぶん殴って"こい」
「はい? えっえぇ、ですぅ。"ぶん殴る"ですかぁ」
「そうだ、わかったならさっさと行ってこい」
楓は片手で自転車を持ち上げたまま、駆けて行く。
かなりシュールな光景だ…
体操着姿の小柄な女子生徒が、自分より大きな自転車を片手で持ち上げて走っていく。
「千丈くん、本当にこれで良いのかな?」
「わかりません。でも、きっと大丈夫です」
「千丈くんが、そう言うなら信じるわ」
霧先先輩の心配は分かる、これしか思いつかなかった。
きっとこれで大丈夫なはずだ。
俺は床にうずくまる五条先輩に目を向けた。
「おりゃぁああぁぁ、ですよぉ!」
楓は自転車をまるで野球バットのように"フルスイング"した。
自転車が五条二弦先輩を打ち抜いた。
そして、五条二弦先輩は消失した。
「えっえぇぇ?」
やばぁ、消えちゃったよ。
どうしよう……
ひょっとして、取り返しのつかないことをしてしまったのか?
やっと戻れましたよぉ、です。
嬉しいですか?楽しいですか?楓は皆さんにお会いできて感謝感激、ですよぉ
最新投稿はTwitterで投稿時期のお知らせ、報告をさせていただきます、ですよぉ。
http://twitter.com/yasusuga9
ご意見やご感想は"楓"が責任を持ちまして、良いことだけご主人にお伝えするお約束をする、です。