予備備品室の幽霊最終章(その壱)
ご主人の身をお守りするのは今。
これから、どのようなことが起こっても…
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予備備品室の幽霊最終章(その壱)
024
真っ暗な体育館に足を踏み入れた。
照明は当然落ちている……
だが、体育館上部の水銀灯が、ただ一灯だけ点灯している。
スポットライトのように丸く、明るく、幻想的に照らしている。それはまるで舞台照明であった。
照明の元に、ただ独り佇む人影がいる。同じ学校の制服を着ている。数時間ぶりの再会。
そう、五条二弦が、ひとりそこに立つ。
彼は下を向いて動かない。
そして姿、形は変わっていないように見えた。
だけど、ひとつだけ、大きく変わったところがあった。
それは、身に纏う気配だ…
威圧的で、かつ重厚な、濃密な気配。
俺には、はっきりと五条二弦の周りに渦を巻き、漂う気配を感じ取れる。正直に言えば手足が震えそうだ。
それを抑えているのは、俺の後ろにいる存在が大きく影響している。
同行四人……いや、2人と1台だから違うな。
忘れてくれ……そのぐらいに俺は心強く感じている。独りではとても立っていられる自信はない。
いつまでも五条二弦先輩を待たせるわけにはいかない。
待っているのかは、わからない。だが、こちらの動向に注意を払っている。
下を向いているが、確実に、こちらが視えている…
理由はわからない、だが俺に視線が突き刺さる。そう、今もここ、体育館に足を踏み入れた瞬間から…ずっとだ。
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「お待たせしました、五条先輩……」
「……」
「ずいぶん、身に纏う雰囲気が変わりましたね、お返事をしてもらわないと、まるで独り言を言ってるみたいですよ」
「……」
変化は起きない。このまま近づいて始めるか?
俺は声を潜めて、背後の楓に確認をとる。
「楓」
「はい、ご主人…」
「そのまま、行けるか?」
「難しいとお伝え致します。すでに、あれが持つ量は、楓の最大蓄積量を大きく上回ります、このままでは目的に達する事ができません。ご主人の魔波動を少しいただければ、粉砕するのは可能ですが……」
それじゃあ、意味がない。
「それは、絶対に、認められない。それ以外で方法はないのか」
「……楓の蓄積限界は決まっております。せめて、あれが、今の半分ほどになれば、なんとかなるかと考えます」
「半分……」
どうするか、霧先先輩にお願いするか……いや、だめだ。
あれの攻撃を受ければ、たとえ楓でもダメージを受けるだろう。
生身の先輩が、相対してなんとか抜き取るのは難しいと言わざるをえない。逆に取られる可能性が高い。
やはり、楓に『力』を与えて滅ぼすしかないのか……何のために、ここまできたのか…
「ご主人、よろしいでしょうか…」
「ん? どうした…」
楓が耳元で囁く。
「楓の蓄積容量は決まっていると、先ほど発言を致しましたが。それは、ご主人には当てはまりません。正直に申しまして、あの程度のエネルギーは、ご主人の普段お持ちの魔波動より、遥かに劣ります」
「…なに?」
「ご主人が『引き寄せれば』よろしいかと。さあ、"深呼吸なさって、意識を集中して下さい"。この場所の魔波動は千丈蔭さまに必ず従うでしょう」
「……深呼吸?」
楓の話に従い、俺は深呼吸を行う。深くする度に視界が変わっていった。
体育館内部のエネルギーが、まるで蛍の群れのように輝き始める。そして、俺に向けて動き始めた。
ひとつ光の粒が、俺の手の甲に触れた。次の瞬間、手の甲の内側に吸い込まれるように消えた。
そして、甲にほんのりとした温かみが残った。これが『引き寄せる』と言うことか…
近い光は集まるが、五条先輩の周りに漂う物は、そのままだ。
「これだけじゃだめだな」
「はい、共に行かせてくださいませ」
楓の言うことは分かる。
あれに、近づく必要がある。
だが、俺にできるだろうか?
楓には、"重量制御分の力"しか与えてはいない。近づけば、"取り込む"事ができる自信はある…
五条先輩は、そのままじっとしていてくれるだろうか?
思い悩むその隙を五条二弦先輩は見逃さない。
目を離したつもりはなかったが…気がつくと正面に立っていた。
そのとき、五条先輩の左腕に光が集まるのが見える。俺はとっさに左側に動く。
先ほどまで、俺が立つ位置を暴力的な力が走り抜ける。五条先輩の腕は、体育館の木製床を破壊した。
「なっ!?」
「ご主人、次が来ます」
目を凝らして五条先輩に注目する。今度は、五条先輩の左足に強い光を感じる。
その脚の方向に向かって走る。寸前で、また避ける。
体の構造上、振り上げる腕や脚は、肩など基点からみて半円状又は、直線の動きとなる。
事前に分かる今なら、避けることは無理じゃない。
それに、五条先輩が行う攻撃は、大量の『力』を放出している。近くで避けるたびに、俺は"取り込む"事ができる。
ただ…
代わりに1度でも触れれば、腕の1本や2本は、持っていかれるだろう……
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これで何度目だろうか?
五条先輩の攻撃は単調だ、避けて、かわしてを繰り返す。
振りかぶった腕で殴りかかる。脚で蹴りあげるなどを続ける。そのたびに"取り込ん"できた。
だいぶ、減らすことができたように思うが。霧先先輩の合図はまだない。
「霧先先輩、あとどのくらいですか」
俺は体育館の入り口付近で、こちらの動きにずっと注視している、霧先先輩に確認をとった。
「まだよ、ずっと見ていると、あと12回ぐらい避ければ、だいたい半分位になるわよ」
あと、12回だ…と!? 具体的な回数が明示されたのは良いのだが。ちょっと多くないか?その時、変化が起きた!?
その変化は……
「うあぁぁあぁぁあぁ」
「なんだぁ?」
ずっと沈黙の攻撃を行っていた、五条先輩が呻きだした。その身の雰囲気が変わる。
下を向いたままだった五条先輩は、正面を向く。相貌が、両眼がこちらを見つめる。
その目は、恐ろしいまでに……
濁っていた…まさに白眼で視られている、凝視されていた。
「おいぃいぃ、なんだぁぁお前はぁ……」
「……なんだ? 急に変わったぞ」
「はい、周りの力が内部に集約しております」
楓の助言通り、五条先輩の周りに漂っていた『力』は消え失せた。これでは、放出した"力"を取り込めない。
「んぁぁあぁん…ああぁあぁぁぉおお」
「なにぃぃ!?」
先ほどまでの動きと変わり、体全体を使う行動を起こした。
その白眼で、俺の動きを注視する。たったそれだけで、こんなにも違うのか……
腰を使う動きが伴う。それは、五条先輩が行う攻撃の"範囲と距離"を大きく増大させた。
先ほどまでは、体を"ずらす"、"かわす"だけで、なんとかなった。
だが、今のこの攻撃は駄目だ!?
地に伏せてギリギリで回避する、前方に飛んで転がる。まさに必死になって逃げ回るしかない。
「千丈くんっ!?」
慌てる俺は、霧先先輩の声が聞こえるも、返す返事もできない。
溢れだす"力"も微々たるもので、取り込んでもそれは僅かだ。
すでに転げまわる俺の体は、五条先輩が破壊してきた、ささくれ立つ床や、飛び散った残骸のおかげ傷でだらけだ。
シャツは破れているし、スラックスは裂けている。こりゃ帰れれば母親から大説教が確定だ。
背中にくっついただけの楓は、大丈夫だろうか?
あいつは、いまだに体操服のままだ。露出度合いが俺より多い。
「うわぁ!?」
五条先輩の放つ蹴りをかわすために下がった。
足元の削れた段差に脚を取られて、楓を背中にして仰向けに俺は倒れた。ヤバイ!?
「うがぁあぁぁあぁ」
「ご主人!?」
五条先輩の脚は覆い被さるように、俺を踏み潰すように、真っ直ぐに俺の胸元……胸部中央に向けて迫る。
このままでは、最悪の一撃を受けてしまう。防御は破れかけのシャツ1枚、非常に心もとない。
周りの破壊された体育館の床を思い出す。大穴が開いて、完全に貫通していた…
それに勝る強度は、俺の胸にないだろう。
迫り来る五条二弦先輩の足裏を、俺は見上げ続けた。
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