驚愕の変貌(その五)
ご主人は、楓の事をちゃんと考えていてくださいました。
これほどの嬉しいことがあったでしょうか?
いや、ありません。
造られてから、初めての…この気持ち。たとえ、粉々に破壊されても、失うわけにはまいりません。
旧校舎内から、楓を無事に回収することができた。
外に出ると『ヤンデレ楓』が霧先先輩と口論を始めた。仲良くするように諭した、俺に対して急に楓は噛みついてきた。
そして、霧先先輩も参戦して俺は臨死体験をしてしまった。
そんなこんだで、もう夕暮れを通り越して、薄暗くなり始めた。
校舎からは物音ひとつない。早く五条先輩のところに向かわねば……
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驚愕の変貌(その五)
023
「じゃあ霧先先輩、五条先輩の所まで案内してもらえますか?」
「え…えぇ、もちろん……こっちよ」
霧先先輩は先頭に立ち、案内を始めた。背中に楓を装着した俺は、その後に続く。
いったいこの先どうなるだろうか?
俺の考えが間違っていたら…ふと考えると、不安が尽きることは無かった。
校舎内部に入るためには、先ほどの元予備備品室内に戻り、瓦礫を片付けながら入り口まで行くか、外周を通り正面玄関に周るしかない。正直、両方手間がかかる。
幸いにも、霧先先輩が選んだのは、校舎に沿って歩いていくことだった。
「ここね、中にいるわ」
そこは、夕闇が訪れた体育館だった。
正面入り口の扉は閉まっていたが、まだ施錠はされてないようだった。太い金属製の鎖と、大きな南京錠が取っ手に掛かったままになっている。
「ご主人、ここからは楓が先に入らせていただきます」
「いいんだ、俺が先に入るよ、楓はそのままでいてくれ。……えっと、霧先先輩は相手の力を視ることができるんですよね。そう、話してくれましたよね」
「ええ、相対するものがどのくらい『力』を持つか、わかるのよ。それが、私の持つ"魔女の力"ですもの」
「心強いです、実は先輩には、見極めて欲しいんです」
「見極める?」
「五条先輩は『力』の過剰摂取状態で自我を失っているはずです。朝もそうでしたから。そして、夕方に出会ったときは意識がしっかりしていて、意思疏通が図れました。つまり、それが適量だと考えました」
「確かにそうだったわね。その状態にすれば、もう一度兄さんは戻れる、そうことなの?」
「恐らくです。なので、なんとかしてその状態に戻します。そうしたら、ここまで運んだ"これ"で、もう一度安定をさせます。その際ですが、減らし過ぎないように、注意して下さい」
俺は、ここまで運んできた、例の物を横に置く。
「…ええ、わかった。その状態にまで、お兄さまの力を減らすのね。そのタイミングを千丈くんに伝えればいいのね」
「流石です! それでお願いいたします」
楓は黙って背中に張り付いたままだ。そろそろ説明が必要だろう……
「わかっております」
考えていることを見通すのは凄いな。
「じゃあ頼んだ。タイミングは俺から合図する」
「はい」
よし、これで、今できる準備は終えた。
後は実践あるのみだ、全てが予想の行動だが動き出した以上やり遂げるしかない。一人と一台の協力があっての成功と心に誓い、全力を尽くそう。
俺は物音がしない、誰もいない体育館に通じる、重厚な鉄製の2枚スライドの扉に手をかけた……
**
ここに至るまでの間に色々あった……本当に。
困惑、疑念、猜疑、孤立、驚愕。
人生の中で、これ程までに濃密な出来事が集中したことは、1度もなかった。これが全て、1日で起こった出来事だ……今でも信じられない。
困難?、トラブルゥ?、だいっ嫌いだぁ!?
平穏無事。昨日の続きに当たり前の今日がある。非日常を考える必要のない毎日を過ごせるのが、俺の願いだ。
だが、この願いのために、目の前の問題から目を背けるような気持ちは……今はできない。
知り合ったばかりの、霧先かより先輩、幽霊になっている五条二弦先輩に関わり、考えを変えるきっかけをもらった。
二人の兄妹を見てしまった。
二人の絆に触れてしまった。
先輩の優しさに触れて、そして……
俺に"力"の事を、五条二弦先輩は教えてくれた。自分の最後の時間を削ってまで…もう充分に、俺が動く理由が揃っている。
さあ、最終局面だ! 長かった、文字量が90.000字にもうすぐ達する。
開けてしまった、扉を今こそ閉じよう。
『予備備品室の幽霊譚』に決着をつけようじゃないか。最強のメンバーが俺の横に揃っている。
心強さを感じて、俺は最初の1歩を真っ暗な体育館内部へと踏み入れた。
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ご意見やご感想は"楓"が責任を持ちまして、ご主人にお伝えするお約束をいたします。